僕 の 彼

僕の彼は、フリーのエンジニアだ。
細かいことはよく知らないが、在宅勤務なうえに、気に入らない仕事はしない、という我侭&贅沢極まりないスタンスのわりには、そこそこ順調らしい。
とはいえ、仕事の閑繁は激しく、めちゃくちゃ忙しい時には、恋人である僕のことすら、その視界・・・、いや、彼の世界から消えてなくなる。
そしてある日突然、現実に戻ってくるのだ。
どういうわけか、しっかり仕事の締め切り前に。
ちょっと・・・、いや、かなり気味が悪い。


昔は色々心配もしたけれど、頭の中は別として、食事もするし歯も磨く、トイレも行くし風呂も入る、時間は滅茶苦茶でも睡眠もとっている。
もちろん、腹の立つことも多々あった。

けど、結局のところは、そういうところも含めての彼なのだと、諦めもついて今に至る。
とりあえず、生きていればいいか、と。




惚れた弱みとは、決して、絶対に、言わない。




そんなわけで、僕にとって独り言は当たり前で。


この日もそういったサイクルの一日。
運動会日和な皐月晴れ。




「あー・・・、今週で、もう5月も終わりかぁ。なんか、あっという間に梅雨入りって感じだなぁ・・・」


「んあ?・・・お前、今何てった?」


「あ、おかえり〜」




ちなみに、この『おかえり〜』は、物理的な帰宅ではなく、精神的な現実世界への帰還に対するものだ。




「いや、そうじゃなくて・・・っ、お前、今・・・、今、何てった・・・?!」


「はぁ〜?なんだよ・・・、そんな慌てて」


「いいからっ!頼むっ、さっきの台詞、もっかい言ってみてくれっ」


「んだよ、もぉ〜・・・、だからぁ、あーもう5月も終わりだ」


「えっ?!」


「は?」


「え?!マジで?!?!」


「何が」


「マジで、5月、終わりなのかっ??」


「え・・・あー・・・、・・・ぅん?」


「いやっ、だから・・・っ」


「当麻・・・、君の中では、今、何月?」


「さ、さん、がつ・・・」


「はぁ〜ん、ふーん・・・なるほどねぇ・・・」




どうしてこれで、仕事の締め切りがちゃんと守れているのか、世界の七不思議に加えていいと思う。


それにしても・・・


そうか、2ヶ月もぶっ飛んでたのか・・・。
それに慣れてる自分も自分だな。




「なぁっ、なぁっ、伸っ!もしかして・・・だっ、まさか・・・だっ、もしかまさか、エイプリルフールも、ゴールデンウィークも、終わっちったのかっ?!」


「そうだねぇ、終わっちゃったねぇ」


「え゛え゛え゛え゛え゛え゛っっ、マジで―――――っっ!?!?」


「マジで」


「〜〜〜〜〜〜っっ!」


「何、そんな悲壮な顔してんだよ、2ヶ月飛ぶくらい、いつものことだろ?」


「違うっ!俺にとってこの2ヶ月は特別なんだっ」


「はぁ?特別ぅ?」




4月&5月に、僕らの祈念日はひとつもない。
仲間内の誕生日もない。
しいて言えば、5月にならば、昔世話になった人の誕生日がある、というていどのもんだ。




「あーーーっっ、ちくしょぉーーーっっ、んだよっ、もぉっ!今年もお預けかよっっ」




は?




「・・・何が?」


「・・・え?」


「何が、『お預け』なわけ?」


「あー・・・え?」


「え?じゃねーよっ」


「あー・・・ぅん?」




なるほど。
この典型的なワザとらしいほどのばっくれ方。
・・・こりゃおそらく、碌なこと考えてなかったに違いない。
ったく、しょーもな・・・




「まさかとは思うけど、4月1日には僕を騙くらかして楽しんで、GWにはベッタベッタしまくろう、とか、そんなアホなこと考えてたわけじゃないよね?」


「ぬぬぅっ」




ズバリかよ・・・
どうしてこいつは、仕事にはその尋常じゃない能力を存分に発揮して、人の思いもつかないようなことを軽々とやってのけるくせに(たぶん)、私生活においては全くもって逆、スッケスケに底が浅いんだろう・・・。

そこんところも、世界の七・・・(以下略)


ま、そこが可愛いっちゃ、可愛いんだけどさ。




「去年もこの時期・・・?」


「・・・一昨年も、その前もだ・・・」


「あれ、そうだった?・・・ふーん・・・そっかー、そういえば、そうだったっけねぇ・・・ふぅん・・・そぉかぁ・・・」


「なっ、なんだよ・・・」


「いやさ、僕も残念だったなー、って思ってさ」


「へっ?!」


「あ、勘違いすんなよ。僕は別に、エイプリルフールに君を騙したい、とか、GWはずっと君とベッドの上にいたい、とか、そういうくっだらないことができなかったって、後悔してるんじゃないからな」


「うぅ〜っ」




まったく、目の下にクマ作って、こんな会話でそんな泣きそうな顔すんなって・・・。




「そうじゃなくて、僕はね、君と一緒に桜の下で一杯やりたかったなー、とか、新緑の公園を歩きたかったなぁ、とか、そういうことを、残念に思ったわけ。わかる?」


「し、・・・―――っ!」




ああ!
見ろよ、この顔!
切れ者なんて言われてるくせに、この単純さ!


めっっちゃ、カワイイ!




「ま、緑濃い木々の下、雨間の散歩も悪くないけどね」


「この仕事、速攻終わらすっっ!!」


「はいはい、頑張ってね〜」




あ〜あ、これだから、いつまでもこいつから離れられないんだよなぁ。








END





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