昼下がりのジョージ

「あ・・・っ、あぁっ、だめっ、あぁっ、ちょ・・・っ、あ、そ・・・そこ・・・っ、いいっ、あっあっ・・・もぉっ、だめ・・・って、あ、ああっ・・・っ!」
「ここか・・・っ?・・・うっ、ちょっ、あっ、あ、まっ、まてっ、て・・・っ、うっ、い・・・っつ、く・・・ぅううっーーーっ!」




昼下がりの柳生邸。

気温はポカポカ、天気は上々。

ここ最近は、妖邪共の出現もなく、不気味なほどに平和で平穏な日々が続いている。


伊達征士(1◎才)は、昼食後の腹ごなしの鍛錬を終え、次は読書でも・・・、と、屋敷へと戻ってきたところだった。


そんな折、耳にしたのが、この珍妙なる声。
である。


征士は念のため真正面にある壁時計を確認した。


間違いなく、真昼間。
外の明るさに見合った時間帯だ。


遼、秀、純、ナスティの4人は、昼過ぎから買い物に出かけており、今、この邸内にいるのは、残りの3人。


で、あるからして、征士を除く2人が誰かというのは、必然と決まってくる。


征士は考えた。

自分は先ほどまで外にいた。
だからだろうか・・・。
屋内には誰もいないと思っているから、これほどに誰彼憚ることなく、二人してこのような声をあげいるのだろうか?


と。


そう。


カタイだの、ニブイだの、ジジクサイだの言われているこの伊達征士ではあるが、そうはいっても無知というわけではない。
そして、あんな声を聞いておいて、素通りできるほど全てにおいて無関心な奴でもいない。
何事にも動じない性格といえども、彼もまだピチピチの十代であることに変わりはないのだ。
酷い言い方ではあるが、彼の場合ただ単に、その年齢にしては“ジジクサイ”というだけのこと。
それなりのお年頃なのである。


そんなわけで彼は、とあるドアの前から、自分の意思とは関係なく、動けなくなってしまった。


素振りでかいたのとはちょっと違う汗が、生え際から一筋落ちた。




ここ、1階の客間の扉は、いつもだいたい閉まっている。

普段この部屋に入ることがあるのは、主に屋敷の主であるナスティと、掃除をする伸だ。




それが今は、どうだろう。
どう考えても妙な取り合わせの2人が、どう考えても疑わしげな声を、2人してあげている。




「ちが・・・っ、あぁっ、当麻っ!・・・もっと、もっと奥・・・っ、あっ、だめっ、そんなっ、あっ、ああっ、ああっ、壊れる、って、あーーーっ」


「く・・・っ!うぅっっ、し、伸っ!こ・・・、ここかっ?おっ、あっ、ああっ、あっ・・・った・・・っ、おあっ、や、ば・・・!うっくっ・・・っ」




征士はいまだ、いわゆるア○ル○ビ○オというものを観たことがない。
観たいと思ったこともない。
がしかし、だいたいどんなもんなのかは知っている。


きっと、こういう↑台詞だらけなのだろうな・・・。
という程度には。


征士の頭頂部から、目に見えない湯気が勢いよく立ちのぼった。
同時に、並大抵のことでは変化をみせない彼の心臓が、両耳から飛び出すほどに大きく跳ねた。
とはいえ、傍目には、なんら変化は見えないし、そもそも傍目はここになかったが。


征士は自分のこの思考回路が信じられない思いだった。
この自分の思いつき・・・というか想像と、自身の身体の反応に愕然として、彼はいったん目を閉じ、頭を振った。
何度も振った。
瞼の裏に星が瞬いた。




あの二人の声を聞いて、そんな不埒なことに思い至ってしまうなんて!

自分はなんと短絡的且つ、低俗な人間なのだ!
そんなのは、伊達の跡継ぎとしてあるまじきことだ!(←?)

と、そんな感じ?


彼は年齢のわりに、あまりにも潔癖症すぎた。
しかも、方向がちょっと違っている。


しかし、必死な征士をからかうかのように、聞こえてくる声は、さらにその大きさと激しさを増してきて、否応なく彼の耳と心と身体を刺激した。


「あっ・・・!そこっ、そこっ!んんっ、いいっ、いいっ、いいよっ、とーま・・・!あっ、あっ、も、ちょ・・・っ、あっ、あ、あああーーーっ、だめっ、だめぇえええええっっ」


「こっ、ここ・・・っ、かっ?ううっ、きっ・・・つ・・・っ、ああっうぁっ、いっ・・・あっ、あっ、ちょ、ま、まてっ、まてって、いっ!あっ、い、いきそうだっ、っつ、ぅうううぉーーーっ」





そうして、『そこ』だの『ここ』だの、『いい』だの『まて』だの、意味があるのか、ないのかな奇声と、什器が揺れ動く耳障りな音が暫し続いた後、ぱたっとそれは止み、途端辺りは静寂に包まれた。


相変わらずドア前で立ち尽くしたままの征士の頭の中は、真っ白けっけだった。




か・・・ちゃっ




「あ〜・・・疲れたぁ〜」
「何言ってんだよ、突っ込む俺のほうがよっぽど疲れたっつーの」


「あ、あれっ?征士?こんなとこで、何してんの?」
「よぉ〜・・・って、おい、お前、だいじょぶか?」




内開きの扉の向こうから、何食わぬ顔で呑気に現れた二人は、じっとこちらを凝視し、ただでさえ色白なその面をいっそう青白くして蝋人形と化している仲間を発見し、一時停止した。


「こんなとこで精神統一?それとも具合悪い?」


「・・・・・・・・・・・・」


「ふんっ、こいつの考えてることはいまいちよくわからん」
「なに自分のこと棚に上げて言ってんだよ」
「あー、そーいや、お前も腹に一物あるタイプだな」
「だからっ、人のこと言えないだろ、この腹黒智将が」
「いやいや、大猫かぶりの信将殿には敵いませんですわー」


そーんな嫌味の応酬を繰り広げながら、2人は何の反応も示さない征士の前を通り過ぎ、リビングへと向かった。


完全に征士はドア前の置物状態である。


が、遠のく声に、ぼんやりと彼らの後姿を目で追った征士は、そこではたと気が付いた。


仲間の前だというのに、その辺頓着しないのか、当麻の服装はかなりクシャクシャで随分乱れている。
さすがに伸のほうは、もう少しまともに整ってはいるが、シャツの裾が一部、はみ出している。


そのだらしのない2人の様に、征士の頭は、瞬時に覚醒すると同時に怒りも沸点へと達した。


みなで暮らすこの館で、あのようなことを・・・っ!
断じて許すまじ!


と、いったところ。


「ま・・・、待てぇ―――――いっっっ!!」


「うわぁあっ!びっくりしたー、何?征士」
「なんだよお前、急にでかい声出しやがって」


突然背後から呼び止められた2人は、文字通り飛び上がり、揃って振り返った。


「きっ・・・き・・・っ」
いつもはほとんど感情の読み取ることの出来ない完璧なほどに端整な顔が、引きつっている。
その形相に、当麻と伸は、覚えず後ずさりした。


「き・・・『き』?」
それでも伸は、彼が言わんとしていることを読み取ろうと小首を傾げ伺った。
が、導き出した答えは・・・


「・・・あ、当麻、君じゃない?あーあー、ほらぁ、こんなに服、汚くしてー」
「うげっ!ほんとだ、やばっ・・・って、これは主にお前のせいだろう」
「えへっ」
「何が『えへっ』だ」
「ごめんごめん、だって、君が一番いいと思ったからさー」
「んだよっ、調子いいな、ったく〜」


こんな方向違いな言い合いをしながら、伸は当麻の服をポンポン叩いて皺を伸ばしてやっている。
当麻はまるで、子供のようだ。


そしてこのやり取りに、征士は思った。


何だ何だ何だ・・・っ!
こやつら、いつからこのように親しくなったのだ?
しかも、しかも、だ!
そのように乱れた態で人前でベタベタ・イチャイチャしおってからに!
そればかりか、まだ学生という身分でありながら、あ、あ、あのように・・・あのようにふしだらな行いをしておるとは・・・!
うぬぅううううううううっっ!
トルーパーとしてあるまじきことだ!
言語道断であるっっ!




なお、かなり今更ではあるが、ここで一言弁解をば・・・。
この随所に見られる彼の台詞の言い回しが、伊達征士という少年の評を前述のようなものにしているのだが、それは彼の人格とはまた別問題なので、今回においては揚げ足は取らないであげてほしい。




握る竹刀がミシリと手の中で軋んだ。


「きっ、貴様ら〜・・・っっ」


たぶん続くのは、『そこに直れーーーっっ!』であろうと思われる。

しかしながら、


「えっ?何?征士?」
「 はぁ?“貴様ら”だぁ?なんだそりゃ」


やはりこの2人には、その辺の征士の怒りor憤りは、全く理解できていないようで。


と、そうこうするうち・・・




ガチャガチャっ
ガタン!


「「「たっだいまーーーっっ」」」
「いやいや、相変わらず街中はすんげー人だわ・・・」
「純、疲れてないか?」
「うん、ボクは全然っ、大丈夫だよっ!遼兄ちゃんこそ、気分悪そうだったけど大丈夫?」
「えっ!?・・・あ、いや・・・っ、俺は、そのっ、もう、大丈夫だ!」
「遼は、人ごみに弱いからなー」
「そっ、そんなこと・・・っ」
「やっぱり男手があるって違うわねぇ・・・助かっ、って、あら?」


外出していたご一行様が賑やかに、そして唐突に帰還した。
先頭を切って入ってきたこの館の主は、客間とリビングの間で立ったままの奇妙な3人を目にして立ち止まった。


「あ・・・、やあ、おかえりナスティ」
「ただいま。・・・どうしたの?なんか、険悪なムード」
「あー・・・まぁ、険悪なのは、こいつ一人だけ、だけどな」
「な・・・っ!」
「どうしたの征士、また当麻が何かした?」
「おいおいおいっ、何で俺だけなんだよっっ」
「あら、だって彼を怒らせるようなことするの、あなたしかいないでしょ?」
「あははははっ、さすがナスティ、わかってるね!」
「伸!このやろっ、てめぇ、さっきまで俺に・・・」
「―――っっ!ととととっ、当麻っ、貴様―――っっ!!!」


征士は咄嗟に、持っていた竹刀を当麻の喉元に突きつけた。
彼の堪忍袋、というか、脳みそは、もうパンク寸前だった。


先ほどのあの破廉恥極まりない情事について、ナスティに話そうとするなど、こやつの頭はどうなっておるのだ!


と。


「おわっ、征士!お前なんなんだよっ突然っ」
「やっぱり征士を怒らしてたの当麻なんじゃん?」
「身に覚えねーよっっ」
「『身に覚えがない』だとっ?!貴様よくもそのような・・・っ!伸っ、お前もだっ」
「え・・・?え―――っっ?!僕もなの?!?!なんで・・・っ」
「『なんで?』とは・・・っ、伸、まさかお前があのような・・・っ」
「『まさか』って、何がまさかなんだよっ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい征士!いったい何があったの?」
「・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・」


3人はゴクリと唾を飲み征士の次の言葉を待った。
しかしこういう場合の期待は裏切られると、相場が決まっている。
なので・・・


「・・・・・・・・・言えんっ!」


「「「はあ〜〜〜〜〜??????」」」


当然、こうなるわけで。


「「なんだなんだなんだ、どうした?!喧嘩か!?」」
「わー征士兄ちゃんがあんなに顔真っ赤にして怒ってんの珍しいね」
「ほんとだ!真っ赤だ」
「あいつ、普段真っ白けっけーだからなー」


呑気に残りの3人が登場。
そうしてここに、全員集合とあいなった。


「おーおーおー、どうしたんだよ」
こういう時の秀は、何故か楽しそうだ。
兄弟喧嘩の仲裁には慣れたものなのだろう。


「どうしたもこうしたもねぇよ、征士の奴、突然ブチキレやがって・・・」
「どうやら僕らが悪いらしいんだけどさ、どーにも思い当たるふしがないんだよねー」
「客間から出てきたらこいつがまん前に立っててさ、話しかけても答えねーから」
「通り過ぎたんだ。そしたら後ろから呼び止められて」
「唐突に竹刀を突きつけられた」
「ってわけ」
「そこに私たちが帰宅したのね?」
「「そう」」
「うーん・・・なるほどなぁ、そら、わけわかんねーなー・・・」
「でも、征士がこんな怒るなんて。しかも伸にもだろ?」
「そーなのよねー、そこが不思議なのよー」
「お前ら、どうして俺が怒られることは不思議じゃねーんだよっ」
「「「「そりゃ、普段の行いの違いだろ(でしょ)」」」」


なお、このように埒の明かないこの会話が続く場合には、場面転換の切欠として、子供が地雷を踏むことになっている。




「ねぇねぇ、当麻兄ちゃんと伸兄ちゃんは、客間で何してたの?」




じゅ・・・っ、純ーーーーーっっ・・・!!!
お前はいきなり、何を言うか!!!
それは禁句だ―――っっ!


征士は慌てて心の中で叫んだ。
何故、声にならなかったかというと、衝撃が大きすぎたから。
とはいえ、傍目には、さほどの変化は見られない。
相変わらず白い顔を赤くしているだけである。


「あ、そうだよな、当麻と伸て、けっこう珍しい取り合わせだよな」
「んー、確かに、言われてみりゃ、だなー」


「「あー、それは・・・」」


まままままま待てぇ〜〜〜〜〜〜いっ!
何故、貴様らは平然とそれを言おうとするのだっっ!!


と、残念ながら、これも音声にはならなかった。
そして、物語は先に進む。


「あー、それは、私がお願いしたのよ。伸に、征士でも当麻とでもいいからやって、って」




はい?




征士は困惑した。大いに、大いに、困惑した。
そう。
彼の解釈では、先ほどの伸の相手は自分でもよかった、と、そういうことになる。
そのうえ、そもそもそうすることをナスティが伸に『お願いした』というのだから、そらもう混乱困惑当惑して当然であろう。
実のところ、彼はもう、立っているのがやっとの状態だった。


「え?お姉ちゃんが?」
「ええ」
「そうだよ」
「俺は、そのとばっちりを受けただけだ」
「とばっちり、ってなんだよ」
「つか、どっちみちやっぱ、話が全然ちっとも見えねんだけど?」
「俺も、さっぱりわからないや・・・」
「ボクも・・・」
「あー・・・、じゃあ、こんなとこで口で説明すんのも面倒臭いから・・・」
「来てくれ」


と、いうことで、一同場所移動。
問題の客間へGo




「きゃーっ!ジョージぃ〜〜〜っっ!」




「え・・・?譲二???」
「いや、ジョー爺だろ」
「・・・違うよ、ジョージ」
「うわぁ・・・」


遼、秀、純は、目の前の物体、伸曰くの“ジョージ”を前にして、言葉に詰まった。
征士は黙って後ろからそれを眺めていた。
ナスティひとりがハイテンション。


「すげーだろ?」
何故か自慢げな当麻である。


「すげぇ・・・っつーか、なんつーか・・・」
「いや・・・確かに、ある意味、スゴイな・・・」
「うわぁ・・・」
「な?途轍もなく汚ねぇだろ?これ全部、俺が、あそこの裏から引っ張り出したんだぜ?」


当麻が指差したその先には、広い客間の壁際に、ででーーーん!と構える年代物のチェストがあり、手前の床には、風呂敷がひかれ、ぬいぐるみ(と、思しき諸々の物体)が、山と積まれていた。


「まぁっ、当麻ったら失礼ねっっ!こんなでも私にとっては宝物なのよっ」
「しかも、頼まれたのは僕で、君は手伝っただけだろっ」
「何言ってんだよ伸、てめーは後ろからライト照らしながらあーじゃこーじゃ言ってただけじゃねぇかよっ」
「仕方ないだろ、ムカつくけど君のほうが腕が長いんだから」
「んだよっ、その『ムカつく』って・・・、お前、いっつも一言多いんだよ、こっちのほうがよっぽど『ムカつく』っつーの!」
「君の場合、そもそもその存在自体が『ムカつく』んだけどね〜」
「何だとっ!それが、手伝ってもらった人間に対する言葉かっ!この野郎〜っ」


「あーあーあー、やめろよ、おめぇら・・・いつもいつも飽きねぇなぁもぉ・・・」
「“喧嘩するほど仲が良い”って言うけど、あの二人には当てはまらないな」


そんな傍観者たちと、ひとりはしゃぐナスティの後ろで、征士は灰と化していた。


そしてこういう場面において、気付かなくていいところに気付くのも、何故かいつも子供なのだ。




「あ!ねーねーねー、見て!征士兄ちゃん、今度は白くなってるよ!」




途端、いっせいに彼に視線が注がれた。


「あ、ホントだ」
「おっ、いつの間に元に戻ったんだ?」
「つか、いつも以上に白くね?」
「白いっていうより、土気色してるよ。やっぱり具合悪いんじゃないかな」
「そーね、赤くなったり白くなったり、熱でもあるのかもしれないわね」




「「「「「「征士、大丈夫()?」」」」」」




征士には、全ての声が遠かった。




「・・・・・・・・・す・・・すまん・・・、少し、休ませてくれ・・・・・・・・・」




そうしてカスカスの声でかろうじて応えた彼は、フラフラと客間から去り、トボトボと階段を上がり、部屋の中へと姿を消した。




心配した面々は階段下まで彼の後をついて行き、その様子を見送ったが、征士(と当麻)の部屋のドアが閉じられたことを確認すると、再び客間へ戻った。



「いやぁ、それにしても征士の奴が風邪ひくなんて珍しいよなー」
「今朝までは元気そうに見えてたのにな」
「征士兄ちゃんて、風邪ひくとあんなに顔の色が変わるんだねー」
「後で看てあげなくちゃ」
「お、ナスティ、で、そのジョー爺だけどよ」
「ジョージ!」
「あ、ジョージは、ネズミか?」
「違うわよっ、ウサギっ」
「ねーねー、お姉ちゃん、これは?これは団子虫?」
「それはクマ!」
「ナスティ、これは?化石か?」
「あー・・・それはー・・・なんだったかしら?」




いや、全員が戻ったわけではなかった。
階下に残り、誰もいない階上を見上げ並ぶ影が2つ。




「なんか・・・征士に悪いことしちゃったみたいだね・・・」

「そうだな・・・」


「・・・客間のドア、閉めといてよかったよ」
「・・・そうだな」


「後で、おかゆでも作って持ってってあげようかな」
「そうしてやってくれ」




哀れ!
伊達家の征士!





END






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