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火さす? |
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真田
遼は見た。 だから、彼がそこに居ると分かって、そのまま素通りするはずがない。 この時点で、遼の気力はやや復活してきたといえるが、 大好きな彼の顔を見ることができれば、もっと回復するに違いないと思った。 伸が玄関に出て来ないということは、自分が帰ってきたことには気付いていないらしい。 遼は、廊下で一端足を止めて、考えた。・・・というより、想像・・・というより妄想した。 予定よりも早い帰宅に、ちょっと驚かしてみたりなんかしたら、どうだろう。 「遼・・・!」なんつってあの澄んだ色の眼(まなこ)をまん丸にしてびっくりした後、 「どうしたの?大丈夫?」なんて声を掛けつつ顔を覗き込んでくる。 そして、大丈夫だと答えれば、ちょっと困った表情をしつつも、 いつもの柔らかいフカフカ羽毛布団のような微笑を返してくれて、 「じゃあ、ソファにでも座って待ってて。一緒にお茶しよ?」と、なるだろう。 いい感じだ。 遼はそこまで想像(妄想)して、若干にやけ気味になった顔の筋肉を引き締め、 忍び足で再びリビングへ向かって歩きだした。 だが――― どうやら伸は一人ではないようだった。 リビングに近づくにつれ、伸以外の声も僅かばかりだが聞こえてきた。 それでもやっぱり、何を話しているのかは、さっぱりわからない。 怒っているのか、笑っているのかも定かでないほどに不明瞭だ。 テレビにツッコミでも入れるのか? 遼は、小首を傾げながら更に歩を進め、ひょこっと、リビングの入口から中を覗いた。 入口から向かって右手、リビングのTVの前にはラグがあり、 その周りにソファがコの字に配置されている。 ところが、声はすれども姿なし。 ぱっと見、伸がいない。TVもついてない。 おや?? 遼はもうちょっと身を乗り出して覗き込んだ。 と、入口から見て正面奥に置かれているソファの向こう、テラスに続く大きな窓との 間辺りにチラと足先が見えた。 あ、伸だ。なーんだ。いるじゃん。 ほっとしつつ、足を室内に踏み入れたその時。 ゴツっという鈍い音と、「痛っ!・・・ちょっ・・・あ、だ・・・だめっ」という独特の 鼻に掛かった声と共に、もう2本、ソファの向こっ側に足がにょっきり現れた。 で、計4本。 しかもなんだか、どっちのがどうだか、妙な具合に絡まっている。 一人が伸なら、もう片方は、今ここに残っているのは、当然、言わずと知れた、 寝坊すけ智将である。 遼の踏み出した右足は、再びそこで固まった。 えーーー!?う、嘘だろ!?!?あの二人が??まさか・・・! 遼は正直驚いた。 普段、あの二人を見ている限り、決して仲が良さそうには見えないからだ。 完全夜型人間で朝も遅く、皆と歩調を合わせようとしない当麻に対して、 いつも伸は小言を言っている。 そんな二人しか見たことなかったのに。なんてことだ・・・! ―――まさか・・・、あの二人が・・・・・・っ プロレスだなんて・・・! 真田遼@大将は、今時珍しい、それこそ超激烈、絶滅危惧種並みに、初心な少年だった。 そして、自分に正直な性格だ。 “まさか”な組み合わせの二人がプロレスしてるなんて、 そりゃ見逃すわけにはいかない。 そんなわけで、遼はいっそうワクワクしつつ、奥のソファへ。 往年の漫画に登場する泥棒よろしくな足取りで、ラグの上を通り、ソファに乗っかって 下を見た。 四の字固め? 技の名前はよくわからないが、どうやら、当麻のほうが攻勢みたいだ。 伸は当麻に完全に押さえ込まれ、当麻の肩甲骨辺りの服を左手で掴み引っ張りながら、 眉間に皺を寄せ、きつく眼を閉じている。息も相当上がっていて。 一方、当麻。こちらはかなり余裕のようで、伸の左脇下から右腕をねじ込み、 左手で相手の右手首を押さえ、頭を伸の首元に埋めていた。 伸は足で抵抗を試みているようだが、ラグではなく、直にフローリングの上なので 靴下が滑るし、先にも見えたとおり、よくわからん状態で互いの脚が絡み合っていて、 上手く技を返せないようである。 遼は、その二人の様を眺め下ろしながら、一人判定した。 こりゃ当麻の圧勝だな。 そして、心の中でカウントした。 1・・・2・・・3・・・ で、 「当麻、お前、柔道でもやってたのか?」 途端、二人は、がぶぁあっっ!!と、擬音の文字が見えそうな勢いで起き上がった。 伸の上から飛び退いた当麻は、その勢いで床に転げ、尻を打ち、「あがっっ」と、 なんとも情けない悲鳴をあげ、伸は、白いシャツの襟元と裾を押さえながら上体を起こし、 唖然とソファの上の遼を見上げている。 その頬は、見たこともないほどに真っ赤になっていて、声も出せないようだ。 ちょっと可愛いな・・・どと、思ってしまった遼だが。 「伸、大丈夫か?もしかして、落ちる寸前だったか?」 一応、心配なんかしみたりして。 一方、伸はというと・・・ 堕ちる?・・・いやいやいや、そうじゃない!と、心の内で全否定しながら、 ブンブンと首を横に振った。 そして、自分の横を四つん這いでソロ〜リソロ〜リ逃げをうとうとしている当麻に気付くと、 デニムの裾をガッチリ掴んで、この場に拘束した。 その段になって、漸くどうにか、状況も掴めてきた伸は、やや引き攣りながらも笑顔を作り、 遼に向かって聞いた。 「りょ、遼、早かったんだね?かい、買物は?・・・と、みんなは?」 「あー、俺、人混みで酔っちゃってさ。とてもじゃないけど、お買物なんて気分じゃ なくなっちまったから、先に一人で帰ってきたんだ」 照れ笑いを浮かべつつ、ポリポリと頭をかく遼。 「あ、あー、そーなんだ。・・・大丈夫?」 やっぱりだ。 始まりのシュチュエーションは考えていたのとやや違ったが、遼は、予想したとおりの 伸の反応に気を良くして。 「ああ!もう大丈夫だ。伸の顔見たら、もっと元気になった」 と、my脳内台本どおりに太陽のような笑顔を返した。 「チっ・・・」 ごつっ! 「んがっっ」 何故か舌打ちした当麻に、伸の拳が飛んだ。 が、伸は、手と顔は別物と言わんばかりに、ちょっと困ったように眉尻を下げつつも 遼のお気に入りの微笑を崩すことなく、 「じゃあ、お茶にしようか?」 と、これまた妄想通りの誘い(?)を掛けてきた。 もちろん遼の答えは決まっている。 「ああ!ありがとう!伸が淹れた茶を飲んだら、きっと全快だ!」 後ろにはハートマークが軽く10個は付いているだろう。 「チっ・・・」 再び小さな舌打ちが鳴った。 が、今度は、鉄拳が飛ぶことはなく、伸は当麻のトレーナーの襟をわっしと握り、 言った。 「こいつさー、寝すぎで身体鈍ってんだって。だから、疲れてるとこ悪いけど、遼、 お茶飲んで、も少し回復したら、コレの相手してやって?プロレスでも、柔道でも、 なんでもいいみたいだから」 その満面の笑みは、まるで天使だ。 遼にとっては。 「ああ!わかった!まかせとけ!!じゃあ、当麻、後で勝負だ!」 その後の当麻は、まあ、伸の目論見通りの結果とあいなった。 若干ドロドロしつつも、のどかな柳生邸の、とある一日。 その平和(?)は、やはり、我らが大将:烈火の遼が、守っているのである! END |
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