君が僕を好きなわけ
ん???
と、思った瞬間には・・・
僕は、当麻とキスをしていた。
それは、僕が大学1年の冬の出来事。
「24日、行くから〜、よろしくなー」
いつもは予約なんかなしに、有無を言わせず押しかけて来るくせに、この時は何故か事前連絡が入った。
完全に一方的だったけど。
その時点で、薄っすらと、・・・いや確実に、胡散臭さは感じていたのだ。
羽柴当麻という男とは、およそ普通では有り得ない状況で知り合った。
主な面子は計五人。(プラス女性と子供も一人ずついた。)
僕らはとんでもなく悪い夢のような体験を乗り越えて、また、めいめい夫々の人生に戻っていった。
一風変わった友情を残して。
そしてあの出来事は終わり。
の、はずだった。
のに、そうはならなかった。
その後、うち一名が、無理くり他人(ひと)の生活に、割り込み食い込んできたのだ。
そう、それが、羽柴当麻。
奴は先ず、僕が始めた都内での一人暮らしの住まいに、なんじゃかんじゃ理由をこじ付けちゃあ毎週のように訪れるようにった。毎週末、大阪から。
当時の僕は、まだどこか気持ちが不安定だった。だから最初は、奴が来る度、あのことは決して夢や幻ではなかったのだと突きつけれ、決して忘れるな、と言われているみたいですごく嫌で・・・。
なもんだから、結構これみよがしに邪険にもしてみたのだけれど。
ところが奴は、ヘコみはするものの、ヘコたれなかった。
そうするうち、僕の心境にも変化があらわれた。
うざいなー程度へ。
さらに気付けば、毎週末、奴が僕の家にいることは当たり前の状態になり、しかも驚くべきことに、たまに来ないことがあろうものなら、心配なぞしてる自分まで出現し・・・。
そして、そしてそしてなんと!
あろうことか、とうとう僕は、あることに思い至ってしまった。
これまでは、薄ぼんやりとしか感じていなかった疑念が、突如はっきりとしたカタチとなって見えたのだ。
奴のこの、不審極まりない行動の数々の、その原因。
これは・・・もしや・・・まさか・・・まさか!?!?
と。
その衝撃たるや、ハンパなく、マジで眩暈がした。
で・・・、続けて閃いたのだ。
じゃあ、僕はどうなんだ?
と。
その年の12月24日にあったことは、そんな頃の出来事だった。
予約までして来るっていうから仕方なく、それなりの食事を用意した。野郎二人でそれを食べ、そこそこ楽しい時間を過ごし、且つ、どこか釈然としないままに片づけを済ませた、その頃合を見計らったかのように、当麻がベランダから声を掛けてきた。
「おーい、お前もこっち来いよー」
「ヤダよっ、んな寒いとこ」
「いいから上着持って来いって、星が綺麗だぞー」
しつこいなぁ。
この寒い中、男二人ベランダに並んで、キラキラ光るお星様を見上げる?
はっ、笑っちゃう!
・・・って、言ってもなぁ・・・、ここで変に我を張ったって、結局どうせ押し切られるに決まってるんだよな〜。
それに、寒いのを我慢して綺麗な星空を見る、それ自体は、別に悪いことでもなんでもないんだし。
奴もせっかくご機嫌なんだから、こんなことで損ねさせても後が面倒だし。
僕は、ちょっとだけ小っ恥ずかしい、ほんとにほんの少しだけむず痒い、それだけなんだから・・・。
―――よしっ、仕方ない、付き合ってやるか。
そう割り切って、僕はベランダへ出て、彼の横に並び、冷たい手摺に腕を凭せ掛けた。
奴の言うとおり、その晩の夜空は、都会のわりには、えらい沢山の星が見えた。
「ああ、ほんとだね、珍しくよく見える」
「な?綺麗だろう?」
「ぅん・・・」
で、奴の方を向いた、その時だった。
ん???
自分の唇にあたっているものが、奴のそれと気付くのに、結構時間がかかった気がする。
そして、どんだけその状態をキープしていたのかについては、全く記憶がない。
無音だった世界に、心臓の音が、ドンとひとつ、大きく響いた。
「ななななななにすんだよっっ」
「“何”って?キス」
「んんなこたぁ、わかってるよっっ!だから、僕が言いたいのはっ、“なんで”ってことっ!」
「んなもん、したかったからに決まってるだろ?」
「し、しっ・・・したか・・・!・・・って、あのね、当麻、“したかったから”したんじゃ、犯罪者と同じだろうがっ」
「伸は、嫌だったか?」
「はへっ?何言って・・・って、いやっ、だからっ、嫌とか、そういう問題じゃなくって・・・っ」
「じゃあ、何が問題だ?」
「だから、問題は、どうして、突然、こういうことを・・・だねっ」
「あ、いきなりだったのがマズかったのか?んじゃ、事前に言っとけばいいってことだな?」
「あぁっ?」
「伸、キスしていいか?」
「えぇっ?ちょ・・・っ、とっ、とっ、―――――っっ」
で、いきなり二度目。
しかも、感想付。
「やっぱ、伸の唇って柔らかい」
―――そうですか。
ん?
―――はっ!
ちっ、違う!そうじゃないっっ
「・・・・・・・・・・・・当麻、ちょっと、こっち来い」
僕は、この満天星空オープンスペースでの説教および説得(?)を断念し、場所を移すことにした。
「はい、ここ座るっ」
「あ?ぁあ・・・」
奴をソファに座らせ、自分はその向かいに腕を組んで腰掛けた。
ひとつ、深く呼吸をして。
「もう一度訊くけど、なんで、僕に、あんなことしたわけ?」
「あんなこと、って・・・」
「“あんなこと”だろがっ!」
「なんで?普通のキスじゃないか」
「ふっ、ふっ、ふーーーっ?!?!野郎同士のアレがどこが普通なんだよっっ」
「野郎同士だろうが、異性同士だろうが、キスはキスだろ?」
「―――っ・・・!・・・・・・・・・わかった、この議論は、もういいよ。僕が聞きたいのは、どうして、僕に、キスなんかしたのかってこと」
「なんか、って・・・。ま、いっか。だからぁ、したくなったから、って言ったろ?」
「言った。で、その理由は?」
「その理由?・・・ん〜・・・さぁなぁ〜・・・」
「『さぁ』!?『さぁ』ってなんだよっ」
「だってなぁ・・・うーーーん・・・なんでかなぁ・・・。あ、でも、これは別に、今日だけに限ったことじゃないんだよなー。うんうん」
「はいぃ?」
「俺さ、どういうわけか、お前見てると、触りたくなるんだよなぁ・・・。こう、ぎゅーーーっ、やって、ちゅーーーっ、ってしたくなるんだわ。そうそう、うんうんうん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
をいっ!
なにを独り、納得顔で頷いてんだよっ!
『ぎゅーーーっ』して、『ちゅーーーっ』だぁ?
なんだよそれっ!
よくも恥ずかしげもなくそんなこと言えたもんだな。
しかも、何気なくを装って、論点をずらそうとしてやがる・・・。
よし、戻してやる。
「あー・・・で?それは、なんでなのかな?」
「んー・・・さぁ〜、なんでだろうなぁ?」
なんだ?これは、禅問答か?
「わかった、じゃ、当麻、質問を変えよう。なんで今日は、事前連絡してきたわけ?」
「そらお前、来てみてお前がいなかったら意味ないじゃないか、今日はX’masイブだぞ?」
「んなこたぁ、わかってるよ・・・。だからっ、僕が言いたいのは!どうして、X’masイブに、僕と、過ごそうと、思ったわけ?」
―――あ、あれ・・・???
おいおいおいおい・・・っ
ちょっと待て!
待てよ、おいっ!
これはなんかおかしくないか?
おかしいよな?
―――――――っっ!
そうだよっ
こ、こりゃ、禅問答どころか、誘導尋問じゃないかっ!
これじゃぁまるで、僕が、奴に無理やり『好きだから』って言わせようとしてるみたいだ!
マズイマズイマズイ!
そりゃ違うっ!そうじゃないっ!
ああっもうっ!なんなんだ?
もしかしてこれは、僕のほうから告らせようという、こいつの罠か?!
と、思ったが、そんなのは杞憂だった。
「えー・・・、なんつぅか、別に、お前と過ごす、って言うよか、お前の作ったもん食って、X’masをおくりたかった、と言ったほうが、より近いな」
「・・・・・・・・・・・あ?」
あーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・・・・
はいっ?
え?
え?え?え?
なんだってぇーーーっ?!?!
なんだそれっ!
なんなんだよっ、それぇーーーーーっっ!
じゃ、何か?
こんなに浮き足立ってた僕は、とんだマヌケってことか?
―――――――ん?
いや待てよ。
そもそも、僕自身、そんな浮き足立ってただろうか?
なんか、すんごく、どうでもいい且つバカバカしい会話を繰り広げていたような気がしてきた・・・
「わかったよ・・・も・・・ぃ」
「なぁ、じゃあ、俺からも、もう一度訊くが、伸は、そんなに嫌だったか?」
「へっ?」
「うげぇ〜〜っっおえ〜っっ!ってなるほど、俺とのキスは嫌だったか?」
「え、・・・い、いや・・・まぁ・・・そ・・・そこまで言われると、そんなには・・・って気も・・・しないでも、ないでも・・・ない、よう、な・・・」
「嫌じゃないんだろ?」
「あー・・・えー、うーん・・・ぅん・・・まぁ・・・んー・・・」
「な?それほど嫌じゃなかったんだろ?じゃ、なら、なんで、嫌じゃないんだ?」
「へっ?え・・・―――えええっ?!」
「俺とのキスは、嫌じゃなかったんだろ?なんでだよ」
「なんっ、なんで、って・・・」
なんだ?!この唐突な切り替えしっ!
そそそそそれにっ、そんなに乗り出して、真っ直ぐ、見つめてくんなよっ!
あーーーーーっっもぉっ
ヤバイっ!
顔が熱いっ!心臓の音、五月蝿すぎっ!
わけわかんないっっ
「な、なな・・・なんで、か、なぁ〜・・・」
「だろ?」
「は?」
『だろ?』とは?
「そういうもんなんだよ」
―――――――――え?
えええええええええええええええええっっ?!?!
『そういうもん』
だぁ〜〜〜〜〜〜〜っっ?!?!
そんなことって・・・
好きでもないのに、したいからキスをする、そんなことって、あるんだろうか。
それに、好きでもないのに、嫌じゃないから、キスを受け入れる、そんなことも、あるんだろうか・・・
そして・・・まさか・・・
まさか、まさか、まさか!
とは、思うけど・・・
―――もしかして、
奴の感情の中には、“好き”という二文字は存在しないのか?!
この突如振って湧いて出た恐ろしい考えが、真実であったことを、後日僕は知ることになる。
それは、年を跨いで、正月の次に訪れる、いまや国民的イベントとなった日に判明した。
僕の悪い予感は的中し、この日に向けても、奴から事前の予約が入った。
断ってもよかった。
けど、僕は『わかった』と言った。
理由は訊かないで欲しい。
で、夕方いつものように、奴は僕の住むマンションへやってきた。
そして、ドアを開けるなり、ある物を僕に手渡した。
「ほいよ」
そう。
それは言わずもがなな・・・
チョコレート
―――ケーキを作るセット。
んだよっそれ!意味わかんねぇよっっ!
いや・・・違うっ、わかってるんだけど、認めたくないっ
「・・・何、これ?」
「あん?そりゃ、見ればわかるだろ」
「まー、そうだね、わかるね。で?」
「で?って?」
「何か言うことは?」
「言わなきゃわからないか?」
「言わなくてもわかるけど、そこをあえて言って欲しいと思って」
「なんで?」
「ムカつくから」
「なんでムカつくんだ?」
「わからない?」
「わからんな」
「じゃあ言うけど、どうして、僕がコレを作らなくちゃいけないわけ?」
「そらお前、俺が作るよか、お前が作ったほうが上手くて美味いからに決まってるだろ」
「そりゃ当然のことだけど、僕が言いたいのは、なんで、わざわざ、“今日”買ってきたんだ?ってこと」
「バレンタインだから」
「バレンタインの意味知ってるか?」
「知ってる」
「言ってみ」
「チョコをあげる日」
「まぁ、そうだね」
「そうだろ」
その台詞、何かが抜けてるけどねっ!
普通、この日にチョコをあげるのは、日本では、義理チョコ、友チョコ、自分へのご褒美チョコを除けば、《女の子→好きな男の子》であることが主流だ。
でも、それを僕らに置き換えた場合、
1.当麻:チョコケーキの原材料購入
↓
2.僕:チョコケーキ製作
↓
3.当麻:主に食べる
となる。
なっ?
ほらっ!
≪あげる⇔もらう≫の関係、おかしくね???
おかしいだろっ
これじゃまるで、僕が当麻にチョコを贈るみたいじゃないかっっ!
そう僕が心の中で叫んでいると、奴はさっさと家の中にあがりこみ、勝手知ったるで、コートをかけ、お気に入りのいつもの場所に座った。
その長いおみ足を優雅に組んで。
僕はその後を追いかける。奴が持ってきたチョコレートケーキ製作キットを抱えて。
このシチュもムカつく。
「ひと月前あたりからやたら世間でチョコがFeature(フィーチャー)されててさー、そしたら、無性にお前が作ったチョコケーキを食いたくなったんだ」
「へー」
「で、せっかくなら、“バレンタイン”つぅ日があるんだから、その日にあわせてみようと思ったわけ」
はいっ!そこ!そこそこそこーーーっ!
そこ、変!
変だからっ
『チョコ売ってるから、バレンタインに作ってもらおう!』
おっかしいだろがっ!
バレンタインがくるから、ひと月も前から、チョコがフィーチャーされてんだよっ。
思考回路が逆回転だっつーのっ
「あのねっ、と―――」
「なー、伸」
「なっ、なんだよっ」
急にクルリとこちらを向いて、ソファの上に膝をつき、背もたれに腕を乗せて、僕を見上げてきた当麻。
僕は若干戦いて、少しだけ後ずさった。
「お前さ、こないだから、やたら、『なんでだ』『どうしてだ』って、キリキリ訊いてくるけどさぁ・・・」
「・・・えっ?」
「そんなに、俺の行動の全てに理由が必要か?やることなすこと、全部解説付きじゃなきゃいけないのか?」
「・・・え・・・っ?」
「俺はさ・・・ただ、」
伸と話したい。
伸の笑顔を見たい。
伸の作ったもんを食いたい。
伸に触れたい。
伸と一緒にいたい。
お前といると、俺は自分が空気になったように感じる。
お前といる俺が、一番俺として存在してられるっていうか・・・。
そう思うから、そう感じるから、こうして行動を起こしてる。
けど、これじゃ、お前には理由にならないのか?
この言葉で、僕は完全にやられた。
まさに、心臓を一撃だ。
そうか。
なるほど。
そうなんだ。
“好きだから”は、理由じゃないんだ・・・。
今、当麻が言っているのは、立派に、“僕を好きな理由”だ。
たぶん僕は、もし最初に『好きだから』と言われたら、それはそれで、『どうして?』『なんで?』と問い詰めたことだろう。
結局、『好き』というこの言葉に振り回されてたのは僕のほうで。
誰かとそういう関係になるなら“好き”っていう、表現がなくちゃいけないって、そうじゃなきゃ、なにも始まらないってそう思ってた。
それで固執して、どうにかして言わせようとして・・・。
じゃあどうして僕は、そんなにも奴にその言葉を言わせたかったのか。
そうなんだよな・・・。
その答えは、もう、言わなくてもわかってるんだ。
しかもかなり前から。
これはもう認めざるを得ない。
ああっ、チクショー!
「あー・・・、で?いつからそんな風に思ってたわけ?」
「あ?あ、あー・・・そうだな、柳生の家に住んでた頃から、かな?」
「そらまた、随分前からだね」
「ああ・・・そう、そうだな・・・。・・・で?」
「で?とは?」
「チョコケーキ、作ってくれるか?」
「・・・ああ、いいよ。わかった。作ってやる」
「・・・俺の、ために?」
「そうだね、君のため・・・、君と、僕のために、ね」
さて、次にやってくるイベント、“僕の誕生日”には、どうなることか。
すごく、楽しみであり、少しだけ、不安・・・かな。
END
目次にモドル
リビングにモドル