こんなそんなも好きのうち 「君とはもうやっていけない」
突然言われた羽柴当麻の顔には、何も浮かんでいなかった。
“喜怒哀楽一切合財の抜け落ちた”とは、こういうものなのか、という顔である。
それは、目の前の人間からそう言われることを覚悟していたからとか、そういうわけではなく、あまりにも唐突過ぎて、超高速回転を誇る彼の脳内神経が完全停止してしまったからに他ならない。
要するに、顔にも何も浮かんでいなかったが、頭の中も空っぽだった。
だが、相手はそう捉えなかった。
「何も言うことはないんだね?・・・そう、わかった」
僅かに首を傾げ(彼の癖のひとつだ)、真剣な眼差しで問うと、ひとつ小さな溜息を吐き、立ち去った。
そして当麻は、去りゆく彼を引き止めることもできなかった。
脳内神経の停止に伴い、運動神経への指令伝達も行われなかったからだ。
そんな彼が向かいの空気を凝視しておよそ30分。
喫茶店の店員が訝しげに横を通り過ぎたその時、ゆっくりとではあるが、漸くその深い藍色の瞳が何かを探すかのように左右に動いた。
「あ、あれ・・・?伸?」
誰もいない空間に向かって呟いた。
「それで?」
「それで?とは?」
「いや・・・、だからそれで、結果としてお前たちは別れたのか?」
「え・・・えぇ―――っ!?そっ、そうなのか!?!?」
「当麻・・・私が今それを訊いているのだ・・・」
その夜、伊達征士の自宅では先ほどから埒の明かない会話が続いていた。
半年前に転勤で東京にやってきた征士宅に当麻が訪れたのは、22時過ぎのこと。
それから彼は、翌朝出発の遠距離出張を控え、労働に疲れた体に鞭を打ち、この友人の話に根気よく耳を傾けてやっていた。
しかし、わかった内容はと言えば、今日当麻が伸に呼び出されたことと、そこで上記の言葉を告げられたこと、それだけだ。
ちなみに、当麻にただならぬショックを与えた、かの台詞を吐いたのは、同じく征士にとっては友人の、毛利伸という男である。
そもそもこの羽柴当麻と毛利伸という組み合わせ、知り合った頃は、決して仲が良かったわけではない。むしろその逆で、征士からしてみれば自分のほうがよほど伸とは仲が良かったという自負がある。
だが、色々すったもんだがあるうちに、いつの間にやらあちらの二人が深い関係になっていた。
彼らのこの成り行きについて征士は、“嫌い嫌いも好きのうち”の発展版だと解釈し、己を納得させた。
で、現在はというと、同居はしていないものの、週末婚のような状態を二人は続けているらしいのだが。
その片割れが、『もうやっていけない』と言ったという。
それはつまり、別れを告げられたも同然だと、こういったことに殊更疎いと言われる征士ですらそう思うのに。
何故か言われた本人はわかっていないらしい。
さてどうしたものか・・・
征士は腕組みをして考えた。
が、しかし、いかんせんこの類の話、征士という男には向いていなかった。
そして彼には、その自覚があった。
「当麻」
「あん?」
「言っては何だが、このような話、私ではどうにもならん」
「・・・・・・・・・」
「涙目になっても仕方あるまい。そもそも貴様が不甲斐ないから、伸にそのようなことを言われるのだ」
「な―――っ!ふっ、ふがっ、ふが・・・っ?!」
「そうだ。あれほど伸に纏わり付いて今の関係を築いたのは貴様ではないか」
「う・・・っ」
「ならば彼を悲しませるようなことはするな。いいか、もしそんなことをしたら・・・」
「し、したら・・・?」
「ぁ・・・あー・・・いや・・・、とにかく、だ、己の胸に手を当てて、ようく考えてみるがいい。智将なら、自らの力で解決しろ」
以上、一刀両断。
了
結果、23時、当麻は征士の家を後にした。
「えええっ?!本当にっ?!ほんとに伸が、お前にそう言ったのか?!?!」
当麻は、こくりと頷いた。
征士の家を出て、とぼとぼふらふらと歩いておよそ10分後、当麻の携帯がブルブルいった。
それは、とある友人からの電話だった。
しかし、その人物、友人とはいえ、これまではほとんど自分に電話など掛けてきたことのない相手である。
それは・・・
真田遼だった。
何故今、よりによってこのタイミングで掛けてきたのか、とか、何故奴が俺に掛けてきたのか、とか、本来ならば色々疑って掛かるであろう相手。
何せ、この真田遼という男は、当麻からしみれば、最大にて最強のライバルであるからだ。
遼は毛利伸の信奉者であり、伸もまた遼の崇拝者だった。
・・・いや、これは『だった』という過去形ではない、ばっちり現在進行形だ。
そんな危険人物からのアポイントであったにも拘わらず、だがこの時の当麻ではそんなことにすら頭が回らなかった。
彼の脳内回線は、数本切れていたし、先ほど征士に投げつけられた言葉がオートリバースでリプレイし続けていた。
お前が不甲斐ないから
お前が不甲斐ないから
お前が不甲斐ないから
そんなわけで二人は早速再会することになった。
朝までやっている当麻の顔なじみの店で待ち合わせ。
「いやー実はさ、いつも通り帰国一番で伸のとこに掛けたんだ。なのに、あいつ出なくて。いつもなら、俺からの電話だったら絶対出るのに、おかしいなぁと思ってさ。そんで仕方なくお前んとこ掛けてみたんだ」
この台詞、暗に、というか、かなりストレートに、『俺と伸はいまだに特別なんだぜ』&『お前のせいで伸が携帯に出られないんじゃないかと疑ってたんだ』という内容なのだが、彼の口から発せられると、どういうわけか、さほどに嫌味に聞こえないから不思議である。
「そっかぁ、なるほどなぁ、だからかもなぁ」
「・・・何が『なるほど』なんだ」
一人頷く遼に、当麻はちっともついて行けなかった。
なんせこの二人、はなから会話の噛み合うタイプではない。
“戦友”という偶然の出会いに基づく前提がなければ接点はなく、“伸”という鎹がなければおそらくほぼ交流は途絶えていたことだろう。
だから今、ここにこうして、さしで飲み屋にいるだけでもかなり無理がある二人なのだ。
俺は何故こいつと会うことにしたのか・・・、今になって漠然と思い至った当麻である。
目の前の遼はどういうわけかやたら上機嫌になりはじめた。
「よしっ」
「何が『よしっ』なんだ」
一人小さくガッツポーズを決める遼に、当麻は困惑した。
「え?あー、いやっ、なんでもない。こっちのことだ、こっちのこと」
「『こっちのこと』って、どっちのことだ」
「まーまーまーいいじゃないか。で?」
あれほどに純粋だった遼の、何か腹に一物あるオヤジのような物言いに、当麻は嫌な予感を覚えた。
「『で?』」
「で、と、いうことは?」
「と、いうことは?」
「お前と伸は、“別れた”んだなっ?」
人が悩みを打ち明けているのに、何故こうも嬉しそうなんだ・・・。
いや、そこが遼が遼たる所以なのかもしれない。
だが、今の当麻にそう思うゆとりはない。
それに何より『別れた』は、禁句だ。
「はぁあ?!『別れた』だぁ???何を言うっ、誰がんなことを言った!あああっ?!」
「えっ?えええええっ?!ち、違うのか?!?!だって・・・」
だって、『君とはもうやっていけない』と言われたら、そら普通は振られたも同然だろ。
しかも何も言い返せないままに相手が立ち去ったって、それはもう、“君とはこれでお仕舞いさようなら〜”と言われているようなもんじゃないか。
と、思うのは当然である。
しかし、
「だってもクソもあるか!もういいっ、お前とは話にならんっ!」
「はあっ?!何だよそれっ」
「いや、お前なんかに話した俺がバカだった・・・」
「あっ、おいっ、待てよ!とーまっ、当麻っっ・・・・・・・・・・・・・・・なんなんだよ、あいつ・・・・・・・・・つか・・・、勘定、俺持ちか・・・?」
伸てばこんな奴とよくここまでやってきたな・・・と、つくづく感心した遼であった。
飲み屋の席に着いてから、17分48秒。
この二人にしては長く持ったほうと言えるかもしれない。
「ったく、ぁにやってんだよっ!アホか?おめー」
「ア・・・っ、ア・・・っ、アホぉ〜?!?!アホぉ〜?!?!」
遥か昔、某マンモスお笑い番組にて某出っ歯の関西芸人が変な被り物をして言っていた台詞の如きテンションで当麻は返した。ちなみにこの言い回し、本人が意図したわけではない。
(平成生まれの方、お笑いに全く接点のない方は、恐れ入りますが、年長者もしくは周りの知っていそうな人にお尋ねください。)
只今の時刻、夜中の00時半ちょい前。
場所は、下記友人宅が経営する料理店である。
ちなみに、店は既に本日の営業を終了している。
明日は定休日なので、仕込みに残る店員もおらず、薄暗く閑散とした店内で、端にある小さな四角いテーブルを挟み、二人の男は向き合っていた。
「おいおいおい・・・、あのな、ほんな悠長なボケかましてっと、あっ!ちゅー間に他の奴等に掠め取られちまうぜ?」
「アッチューマ?カスメトラレール??」
当麻の、この全く状況を飲み込めていない言動。
腕を組み、目の前に座る旧来の仲間を見つめる男の目に、若干の哀れみが浮かんだ。
嗚呼・・・智将の名が泣くぜ・・・
こりゃ相当の打撃を受けてやがるな。
が、男が腹の中でそうつぶやいた瞬間・・・
「・・・ん?んんんんんんん???―――っ!!なっなっなっ・・・!なんだって?!?!ほ、ほか?!?!『他』ってなんだっ、なんだよっ、誰だそりゃ!!!」
当麻は突然目覚めたように立ち上がった。
「うわっ・・・って、・・・『誰』ってそら〜、・・・“誰でも”だぜ!」
「『誰でも』―――っっ?!!?なんで?!なんでだっっ!!!」
そして、男の胸倉を掴まんばかりの勢いで食って掛かってきた。
「えっ、いや、なんでって、だってあいつ〜・・・、なんつーの?外面いいし、顔もまーまー可愛いし、綺麗好きだし、何より料理上手ぇし、・・・って、今はそこじゃねーだろっ!」
一部褒め言葉とは言えない台詞を交えながらも、ここでぽぽぽっと、耳とホッペを赤くした男、秀麗黄は、片手で当麻を制しつつ、コホンとひとつ喉を払い、妙な空気を一掃すると、一気に核心へと踏み込んだ。
「・・・んで?」
「ん?で?」
しかし、当麻の脳みそは、いまだ部分的機能停止状態にある。
「っだーーーっっ!だぁからよぉ〜、あいつがそんなこと言う原因!なんもねーのに、伸が、おめぇに、そんなこと言うはずねぇだろ?原因は何なんだよ。なんか思い当たることがあんだろが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「え・・・?」
「え?」
「あー・・・もっかい言うか?」
「頼む」
そこで秀は、噛み締めるように同じ内容を繰り返した。
「あいつが、お前に、んなことを言った、その原因は、何だ?」
「・・・え?」
男が二人、真っ直ぐに互いを見合ったまま、奇妙な十数秒間の沈黙が流れた。
先に再起動したのは秀だった。
「え?・・・・・・・・・・・・ええええええええっっ?!?!」
「えええ?!?!なんだ?何故そんなに驚く?」
驚く秀に対し、ほぼ同じリアクションを返す当麻。
「なんでって・・・だっておめ・・・っ」
「お前が驚くことじゃないだろう。あいつに言われて驚いたのはこの俺だ。そしてその原因がわからんから、こうしてわざわざお前のところに来てるんじゃないか」
こちらも、さも再起動したかのように思えた当麻だったが、実は、最初にブチ切れた回線は、いまだ修復できていないのだろう。
このなんだかよくわからない論法に、秀の頭も瞬間混乱をきたしたが、彼は当麻よりはまだましだったようで。
「いや・・・そらまそーなんだろうけどよ・・・って、いやいやいやっ、それっておかしくね?言ってる意味わかんねーよ・・・。当事者であるお前がわかんねぇこと、なんで俺がわかんだよ・・・んなわけねーだろが」
そうして、ふうっと息を吐き、気を取り直すと、ひとつひとつ確認した。
「当麻・・・」
「なんだ」
「おめぇ、浮気でもしたか?」
「いいや」
「大事な約束を破ったか?」
「いいや」
「あいつの作ったもんに文句つけたか?」
「いいや」
「また変なモン買ったのか?」
「いいや」
「あいつの嫌がることしたか?」
「いいや」
「あいつを悲しませたか?」
「いいや」
「あいつを傷つけたか?」
「俺がそんなことするわけないだろうっっ!何を言うんだっ」
「・・・な?これじゃ俺にわかるわけねぇだろう・・・?」
「うぬ・・・っ・・・ぬぬぬぬぬっ・・・なるほど。確かに。お前の言うとおりだ」
「・・・当麻ぁ、しっかりしろよぉ」
「う゛う゛う゛〜っ」
「それにおめぇ、誰に何言われたって、あいつを諦めるつもりないんだろ?」
「『諦める』だあ?!それこそ何言ってる、だ!そもそも諦めるも何も、やっと・・・やっと・・・っ」
誰よりも理論派で、常に冷静沈着な男の両目に、じわり涙が浮かんだ。
がくりと項垂れたその姿が、いつもより小さく見える。
彼の気持ちは秀にもわかる。
伸は当初、戦いの収束とともに、当麻との関係を清算しようとしていたようである。
だが当麻のほうは違った。
始まりは火遊びのようなものだったにもかかわらず、彼はいつの間にか伸という奴にのめり込み、溺れていった。
だから戦いが終わった後も伸を“諦めなかった”。
だから今の状況まで漕ぎ着けたのだ。
故に伸も、当麻との関係を前に進めようと決心したはずだった。
なのに、それなのに、今になって急に件の言葉である。
しかも理由も何も明されないままに。
当時から、何かっちゃあ双方からの相談(という名の愚痴)を受けていたがため、かなり細かいところまで知っている秀である。
そらぁ、悲しくも惨めにもなるだろうな・・・。
そして、すぐ相手に同情してしまう秀は、ここでもその性質を存分に発揮してしまった。
「ともかく、だ、こういった話は、当事者同士で話し合うのが一番だと思うぜ?おめぇ、一方的に言われただけなんだろ?じゃ、ちゃんと理由を訊け。“あの”激烈天邪鬼のことだ、おめぇを呼び出して態々んなこと言ったのも、本当はその“理由”を聞いてほしいからじゃねぇのか?わりいけどよ、俺がおめぇに言ってやれんのは、こんくらいだ」
「し―――秀・・・っ!!!」
「ほらほら、こんなとこで、涙ためて俺にグチってねぇで、はよ行けや」
「すまんっ秀!この恩は、一生忘れん!―――やっぱりお前は・・・、一番の友だっっ」
これまでで一番有効且つ温かな助言をもらった当麻は、辞去の挨拶もそこそこに、まさに飛ぶように立ち去った。
そうして、当麻が出て行ったドアを眺めていた秀は、その姿が見えなくなった途端、ガクリあたまを抱えて突っ伏した。
「っんだよぉおおおっっ俺のバカぁ〜〜〜〜〜〜っっ!!なぁにいいダチぶってんだよ!あーあ〜〜〜っっ!チキショーっっ・・・俺って、なんていい奴でお人好しなんだっ。あう゛う゛う゛〜〜〜っ・・・せっかくのチャンスだったのにぃいいい・・・くぅうううっ・・・あーーーっ、バカバカバカ!!!・・・・・・」
が、急に黙ると、椅子を倒して立ち上がり、無人の店内をうろつきつつ、ぶつぶつ誰にとなく話し始めた。
「・・・いやっ・・・いやいやいや、待てよ、待て待て待て!まだわからんよな・・・?そーだよな?ああっ、そーだぜ!これであいつらが纏まるとは限らねー。だろ?そーだろ?な?うんうんうんっ」
で、つい今しがた当麻が消えたドアを指差し、不気味な笑いを零し叫んだ。
「・・・ふっ・・・ふふふふふっ・・・うっし!当麻!今回は特別出血大サービスだぜっ!だがっ、次はぜってーねーからなーーーっ!」
人通りもほぼ絶えた深夜01時過ぎ。
「・・・・・・・・・・・・・・・『一番の友』・・・か・・・ちぇっ」
風に吹かれて転がった空き缶の音が表に響いた。
さてさて一方、崖っぷちの当麻である。
ここまででかなりの時間を無駄にしてしまった。
それほどに彼はテンパっていたという証拠である。
とっくに終電時刻は過ぎており、人の家を訪れるにも誠に非常識な時間ではあるが、今の当麻はそれどころではない。
それに、これまでもあまりその辺を気にしたことはなかった。
なので彼は、迷わずタクシーを拾い、一路想い人の元へ直行した。
この時、彼が行き先の住所を正確に伝えることができたのは、帰省本能に近いものといえるだろう。酔っ払った旦那が、記憶もないのに朝起きたら自宅の玄関で寝ていた、という例のやつだ。
現在の彼は、何かを考えているようで、実は何も考えていない、カオス状態にある。
伸の『君とはもうやっていけない』宣言から始まった、征士の『不甲斐ない』発言、遼のあからさまな『よしっ!』の声と力の篭もったガッツポーズ、そして秀の有難いお言葉、それらの言葉と映像がとっかえひっかえ入り乱れ、脳みそという洗濯機の中でわっしわっしと掻き回されている、そんな感じ。
彼自身、常々不思議に思っているのだが、こと伸のこととなると、昔から何故か思考が纏まらず、しっちゃかめっちゃかになってしまうのだ。
そして今もまさにその状態。
「理由・・・理由・・・理由・・・理由・・・理由・・・」
タクシーの運ちゃんの訝しげな視線にも気付かない。
本人の口は無意識に動いていた。
およそ40分後、当麻は彼の家の玄関前にいた。
我が家同然に訪れ慣れたマンションの1室。
合鍵は持っている。
カードをポケットから取り出し、リーダーに通す。
甲高い音の後の解除音。
寒くもないのに指が震え、当麻は小さく息を吐いた。
たかだか玄関を開けるというだけの行為に、これほど緊張したことがあるだろうか。
ある。
東京で一人暮らしを始めたこの家を、初めて訪れた時。
あれ以来だ。
ドアノブを握る手に力を篭め、一息に手前に引く。
えええいっっ!
ガチャっ
―――真っ暗
当麻は、真っ白になったまま、ぽつんと玄関に立ち尽くした。
全く人の気配はない。
伸がいれば、喩え寝ていたとしても、空気でわかる。
しかし、この冷ややかに流れてくる気は、明らかに、誰もいませんよ〜と言っている。
では、いったい彼は今、この深夜にどこにいるというのだろうか。
会社という可能性がないわけではないが、おそらく確立としては低い。
当麻が来ることを見越して友人の家に避難しているのだろうか。
少なくとも、征士、遼、秀とは連絡すらとっていない。
かといって、めったに外泊することのない彼がそれ以外の友人宅に泊まるとなると、理由付けが面倒だろう。
当麻との別れを切り出したことによる後ろめたさ(?)に、泥酔して路上でダウン・・・なんてこともなさそうだ。
彼はいたって冷静だった。
いや、でも、究極の猫かぶりだ。本当のところはわからない。
―――――――!!!
そこにきて漸く当麻は気付いた。
俺ん家だ!!!!!!
踵を返し、猛ダッシュで階下に向かう。
表に出て辺りを見回した。
しかし、ここからタクシーを捜し、捕まえるなどという気分的余裕は彼にはない。
たった1駅分の距離なら走ったほうが速いと、転げるように彼は駆け出した。
約3キロを9分台という、陸上選手並のスピードで走破した当麻は、最上階という自らの部屋の位置に舌打ちする思いでエレベーターに乗り、呑気な到着音と同時にドアが開くのももどかしいとばかり、体を捩って飛び出した。
バンっっ!
ガンっっ!
どてっっ・・・
何故今、目の前にこんなに沢山の星が飛びかっているのか、当麻にはさっぱり理解できなかった。
心臓が破裂しそうなほど脈打ち、肺が血を吹きそうなほどに苦しい。
とにかくこのまま事切れてしまわないよう、懸命に呼吸を繰り返す。
―――と、
「・・・当麻・・・」
頭上から砂糖菓子が降り注いだかと思った。
伸がいた。
伸が、いる。
そのことだけで、当麻は何も考えられないままに安心した。
だがしかし、それもつかの間。
顔を上げ、視線を合わせると、彼はくしゃりとその表情を歪め、大きな荷物をぎゅっと抱えなおすと、当麻の横をすり抜けた。
ヤバイ・・・!
途端、当麻は何故ここに帰ってきたかを思い出した。
「ま、ま・・・っ、待ってくれ・・・っ!」
依然苦しい息のもと、尻餅をついた姿勢から四つん這いになり、既に背面を見せている彼を必死で呼び止める。
また自分の前から立ち去る彼を追うのはあまりにも辛すぎる。
肉体的にも、それ以上に精神的に。
伸がいなくなったら、自分はどうなってしまうだろう、当麻は恐ろしさに身震いした。
そんな想いが通じたのか、伸はエレベーター前でぴたり足を止めた。
「は・・・っ話をっ、話を、聞いて、くれ・・・っ」
「話?」
振り向いた彼は、まるで心の中を読むように、じっと当麻を見つめた。
この眼で見つめられると、いつも胸がぎゅっと締め付けられる。
当麻は無言で頷いた。
「・・・いいよ、わかった・・・」
言うと、先ほどよりは緩いスピードで当麻の横を通り、家の中に入っていった。
このやけに素直な行動は、やはり本当は当麻とちゃんと話をしたかったのかもしれない。
秀の言うとおり、この話を切り出した“理由”を聞いて欲しかったのかも。
いや、ただ単に、マンションの廊下というこの場所で揉めることを避けたかっただけなのかもしれない。
どれでも構わない。
当麻は彼の後を追って入り、後ろ手に鍵を閉めた。
そして今、当麻と伸は、ダイニングテーブルに向かい合って座っている。
あれから既に10分が過ぎようとしていた。
『話を聞いて欲しい』と言ったのは当麻。
だから伸は、こちらから尋ねてやるつもりはないのだろう。
ところが当麻からしてみれば、引き止めるためにああは言ったものの、聞かせるような話は何一つない。
逆に伸から話を聞きたかったのだ。
今回のこの一連の言動および荷物を運び出すまでに至った、その行動の理由を。
けれどここで「なんであんなこと言ったんだ」と詰め寄っても、きっと返り討ちにあう。
「話があるのは君のほうだろう?」
と。
だが自分には全く思い当たる節が・・・
「えっ?」
一瞬、頭の中の声かと思った。
が、どうやらそうではないらしい。
とうとう伸が痺れを切らしたのだ。
目の前の彼は、やや俯いて、溜息をついた。
まままま拙いっ!
このままいったら、昨夕の二の前だ・・・!
何か、何か話さなければっっ
「あ・・・いや・・・待ってくれ、その・・・話・・・って、だから、それが・・・・・・ええっと・・・」
視線を泳がせると、時計は02時を指していた。
なんだかどっと疲れが押し寄せてきた当麻である。
だが、それと同時に、す・・・と、何かが抜け落ちた。
「すまん・・・」
よくわからないけれど、悪いのは自分なのだ。
ここはひとつ、なんでもいいから謝ってしまって、丸く治めるのが得策だろう。
そう当麻は考えた。
だが、
「なんで謝るのさ」
不機嫌な声が間髪いれずに返ってきた。
「えっ?」
「自分の、何が悪かったと思ってるわけ?」
さすが伸!
ズバリ痛いところを突いてきた。
当麻の喉はへばりつき、何音も発することができない。
「ほんとは、悪いなんてこれっぽちも思ってないだろ?自分に落ち度はない、って思ってるんだろ?」
御尤もである。
弓の名手である当麻に、言葉の矢がズブズバ刺さる。
「あ・・・う・・・こないだ、待ち合わせの時間を間違えた・・・」
仕方がないので記憶の糸を手繰り、思いつく限りの反省点をあげてみることにした。
「そんなのしょっちゅうだろ」
「店の料理を褒めすぎた・・・」
「実際美味しかったんだからいいじゃないか」
「また新しいパソコンと周辺機器を買った」
「君の自由だよ」
「無理やりチューした」
「・・・昔からだろ」
「土曜のゴミを捨て忘れた」
「また?」
「おかんからの電話を無視した」
「それはよくない」
「お前のお気に入りのグラスを割った」
「知ってる」
で、あげてみたら、ちまちまとではあるが結構あって、当麻は驚いた。
驚くと共に落ち込んだ。
彼を大事にしているつもりだったのに、実はこんなにも嫌な思いをさせていたのかと。
塵も積もれば山となる。
こんな自分には嫌気がさしても無理はない、そう思えてきて、俺は悪くないのに!と思っていた己の傲慢さに当麻はがくり項垂れた。
だが、どうも伸の様子はおかしい。
前述の当麻の行為に対しては、さほど怒っていないようなのである。
確かに、いくら積もり積もったとはいえ、これっぽっちの内容で、別れを切り出すことがあるだろうか。
それなら、もうとっくに別れているだろうし、そもそも付き合うなんてことにすらならなかったに違いない。
彼はそんなちっぽけなヤツじゃない。
じゃあ、いったい何なんだ?!
何が原因だというんだ!
当麻はもうどうしようもなくて、子供みたいに泣いてしまいたいと思った。
すると、思いもよらない言葉が聞こえてきた。
「・・・ごめん当麻・・・」
「へっ?」
ごめん???
「僕が、悪いんだ・・・」
「へっ?」
伸が悪い???
伸が悪い、なんて、そんなことが、この世の中あるだろうか?!
運動によるものとは全く別もんの、イヤ〜な汗が、たらーりと背に落ちた。
「そ・・・・・・・・・・・・・・・それ、は、・・・どう、いう・・・・・・・・・」
まさか・・・っ
まさか、伸が?!?!
これまで思いもよらなかった疑念が当麻の内に湧き上がった。
すると伸は、抱えたままの荷物からガサゴソと何かを引っ張り出し、テーブルに置いた。
それはシャツだった。
しかも当麻の。
そして、そのクシャクシャになったシャツのある部分をめくって、当麻に見せた。
「ぅげ・・・っ・・・」
汗の量が一気に増し、額から生え際にかけても流れ落ちた。
そこには今時珍しいほどの真っ赤な口紅の跡。
が、襟ではなく、裾の部分に付着している。
それが何を意味するかなど、言うのも書くのも馬鹿らしい。
続けて伸は、まるで四次元ポケットから道具を出すかのように、ある物を取り出した。
写真である。
これを撮った人物は結構な腕前だ。
ここにあるものは全て、誰と見紛うことのない実に鮮明、且つ、また、疑う余地のないシャッターチャンスを捉えている。
「こっ・・・こっ・・・こっ・・・こっ・・・こ・・・っっ」
念のため明記しておくが、当麻の頭に鶏冠はない。
「わかってるよ・・・」
呆れたような重い息を吐きながら伸が言った。
「・・・誤解だ・・・っ、これは・・・っ・・・」
「ゴカイ?」
五回も五階も碁会もないだろう。
しかしこれには事情があった。
「だから・・・、これは・・・っ、は、嵌められたんだっ」
「ハメラレタ?」
嗚呼・・・こんな言い訳、通じるはずがない・・・、浮気男の常套句じゃないか・・・っ!
当麻は頭を抱え、掻き毟った。
けど、それが事実なのだ。
そう、事実なのである。
羽柴当麻はモテた。
ムカつくほどにモテた。
眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群。しかもそのどれもがズバ抜けているからなお嫌味である。
なもんだから、そらもう、モテないはずがない。
けれど周りの評価云々はどこ吹く風、当麻の伸に対する気持ちは、どっぷり嵌まったあの頃からずっと1本道だ。
だが、いくら気持ちは一筋でも、当麻も一人の人間の男である。
辛い茨道が続いていた時期には、持て余し気味の体力と空回りする想いに振り回されて、本人の意思とは裏腹に、甘い香りに誘われあちらこちらと横道に逸れたこともあった。
多々あった。かなりあった。相〜当あった。
とはいえ、当麻自身は、伸への道に光が見え始めた機を境に、その全ての横道脇道を封鎖したつもりでいた。
そして洗いざらいを彼に打ち明け、許しを得て、さぁこれからは薔薇色ロード!というところだったのである。
しかし、世の中そう上手くゆくものではなかった。
当麻は女という生き物を甘く見すぎていた。
ひーーーっ女って怖ぇ〜〜〜っっ!
などと慄こうが、今更後悔しようが、時既に遅し。
目の前にあるこれらは、捏造品だ。
当麻のシャツは、その規格外の体型により、ほとんどがオーダーメイドである。
しかし、高級ブランド物だろうが何だろうが、そんなのはサイズさえ分かっていればいいことで、その辺りのことに関して非常に目敏いのが女というもの。
で、出来上がった2枚目に、真っ赤な口紅を付けた彼女がキスをした。そゆこと。
写真も全部合成だ。
プロかもしれないが、アマでもオタクならこれ位の事など、ちょちょいだろう。
この首謀者の女のすごいところは、自分以外の女も全て調べ上げて、当麻を吊るし上げる材料に使ったところだ。
ともあれ、そこそこ良い出来であることは確かで、素人目には本物にしか映らないだろう。
当麻は、自分の非常事態はいったん横に置き、それにしても、本当に、よくぞここまでのことをしたものだと、感心すらしていた。
だが受け取った伸はこれを見てどう思ったか。
当麻は現在進行形で浮気をしている?
言ったように過去の清算など済んではいなかった?
喩えこれ等が偽物だとしても、そんな復讐を受けるほどに当麻は彼女に酷いことをしたのか?
当麻に対する疑いの念は尽きないだろう。
この時、当麻は、過去の己の愚行を心から悔いた。
そして一瞬でも彼を疑った自分を責めた。
「すまん、伸、すまん・・・っ、やっぱり悪いのは俺だっ」
しかし・・・
「違うよ・・・」
「・・・はっ?!ち・・・違う??」
「そう、違うんだ、当麻・・・」
「―――なっ、何が違うっていうんだ!こんな・・・こんなことされて・・・っ、俺が悪いに決まってるだろう?これじゃ、お前に愛想尽かされんのも無理な―――」
「だからっ・・・だから、違うんだって!違う・・・逆だよ、当麻。僕が君に愛想を尽かされたくないから、・・・だから、あんなこと言ったんだ・・・」
伸にしては大きな声で当麻の言葉を遮り、後はどんどん尻窄みになって、手荷物に顔を埋めてしまった。
「???」
もう当麻には、何がなんだか、さっぱりである。
この俺が、伸を・・・だって?!
そんな馬鹿なこと、あるはずがない!
・・・じゃあ、どういうことなんだ?
「伸・・・、お前、こんなことされて・・・、俺を、嫌いになったから、あんなこと言ったんじゃ・・・」
頭の整理がつかないままに言葉を綴る当麻に対し、伸は、愚図る子供みたいに俯いたまま、首を小さく横に振った。
当麻の言葉を否定した、・・・と、いうことは、だ、伸は、当麻を嫌いになったわけじゃない。
そういうこと?
そういうことだ・・・よな?
脳内でもう一度このやり取りを再現してみて、当麻は、小さくほっと息をついた。
伸は俺を嫌いなったわけじゃない。
このたった一言で、当麻は自信を取り戻した。
同時に、沸騰しっぱなしだった脳みそもすっと冷え、昨日の夕方から混線・断絶状態の思考回路も、やっと繋がりはじめた。
嫌われたんじゃない、それなら、絶対別れてなんかやるもんか!
そうだ、これはある意味チャンスだ。
付き合い始めたとはいえ、なんとなくずるずるとした感じで進めてきた関係と、二人の本当の気持ちをはっきりさせよう。
互いの腹のうちをガッチリ割って話す、良い機会だ。
そう当麻は判じた。
当麻は息を吸い、姿勢を正し、言った。
「分かっているだろうが、俺はお前が好きだ。ずっと好きだ。じゃあ、お前は?」
元来こういったことをオープンに口に出して言うタイプではない伸に、あえて問う。
今ならきっと答えてくれると、確信があった。
やや間を置いて零れ出た伸の声は、小さく消え入りそうだった。
「僕も・・・だよ」
よっし!
腹の中で、小さくガッツポーズをする当麻。
「じゃあ、何が問題なんだ。このことは全面的に俺が悪い。だろう?」
テーブルの上の物を忌々しげに掴んで当麻は続けた。
「これは全部偽造されたものだ。そういう意味では誤解だが、誤解でもない。俺は、別れた女からこんなことされるような人間だ。だから、お前が、俺を、見限るっていうなら、それならば話はわかる。あ・・・って、いやっ、そうは言っても、別れたくなんてないが・・・っ・・・。それなのに俺がお前に愛想を尽かす、ってのはどういうことなんだ」
伸が徐に話し出した。
「これが、本物か偽物かは関係ない。当麻が本当に浮気してたのかどうかだって、関係ない。とにかく僕は・・・、今回のことで思い知ったんだ・・・」
「思い知った?何をだ?」
「・・・自分がいかにダメダメな奴かってこと」
「伸が?ダメダメ??」
荷物に益々深く顔を埋め頷く伸。
「覚悟、してたつもりだった。どうせいつかはこんなことも起こるだろうって思ってたし・・・」
伸がちらと目線をこちらに向けた。
「え・・・っ?」
『こんなことも起こるだろうって』って???
やはり、さすがは伸である。
相方のことは、本人よりよくご存知だ。
当麻は内心ビックリガックリした。
一方伸は、再び項垂れて告解を続けた。
「どんなことがあっても笑い飛ばせるだろうって、そう思ってた。・・・でも、実は本当のところは何にも考えてなかったんだ。君に想われていい気になって、君の気持ちの上に胡坐をかいて、君が僕と付き合いながら浮気をするかも、なんて、現実としては全く想像してなかった。だから・・・」
「だか・・・ら?」
「だから、今回、これを目の前に突きつけられた時、・・・僕は真っ白になった。何も考えられないほどのショックで・・・、あまりにも衝撃を受けた自分に驚いて・・・もう、何がなんだか分からなくなって、グチャグチャになって・・・っ」
これがいつもは1学年上なことをひけらかしつつ、上から目線で話す男だろうか?というほどの落ち込みっぷり。
そんな希少価値的伸を見て、当麻はキュンキュンしまくっていた。
可愛すぎる・・・っ!
「伸・・・っ」
「自分が・・・自分が、こんな奴だったなんて、すごいすごいがっかりした・・・」
「伸、何言ってるんだ。・・・それは、ちっともおかしなことじゃないと思うぞ?俺からしてみれば、今の伸の言葉は嬉しいくらいだ。・・・って、いやっ、だからって浮気なんてしないが・・・っ」
やっと伸が微かに笑った。
しかし、突いて出る言葉は相変わらず自虐的、自己嫌悪の塊だ。
「でも僕は、ビックリするほどもんのすごく傲慢で、嫉妬深くて、醜くくて、君が思うようなできた人間でもないんだ・・・。君の期待に応えたいし、努力もするけど、でも・・・」
「俺が思うような?俺が思う“できたお前”ってどんなだよ。確かに、俺は、何事にも真面目で懸命なお前が好きだ。けど俺は、こう言っちゃなんだが、お前が思うほどに、お前を完璧な奴だなんて思ってないし、完璧であるお前を求めてるわけでもない。人間なんて所詮不完全な生物だし、そこがまた愛おしかったりするもんだ。それに、俺は、こんなでも、そんなでも、どんなでも、全部ひっくるめてのお前が好きだ!いや、好きとか愛してるとか、そんな言葉じゃ足りなくらいに想ってる。そんな俺が、お前を見限るわけがない、そうだろう?」
俺、今、ものっそええこと言ったんちゃう??
相当にクサイ台詞を言い切った当麻は、ちょっとばかし悦に入った。
で、そんな彼を、伸は、全くもって驚いた!きょとーーーん!という表情で眺めていた。
おいおい、そら失礼だろうっ、と、ツッコミたくなるほど。
まぁ、当麻がこんな風に愛情というものについて語るとは思ってもみなかったのだろう。
言葉に窮している伸を他所に、当麻は畳み掛ける。
「伸が、俺に想われていい気になった、ってことは、俺にそんだけの価値があるって、お前が思ってくれてるってことだろう?それに、伸がそこまで思い詰めるってことは・・・、そんだけ俺のことが好き、ってことじゃないか、だろ?」
「当麻・・・」
「伸が傲慢だって?俺のほうが傲慢だ。嫉妬深い?俺のほうがよっぽど嫉妬深いし、そのうえ執念深い。醜いだって?伸が醜かったら、世の中の9割9部9厘が醜い奴だ!」
「・・・・・・・・・・・・」
伸の頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。
どや〜、惚れ直したやろ〜っっ
よしっ、もう一押しだ!
意気込む当麻。
「なぁ伸、お互い、愛想を尽かすのはまだ早いんじゃないか?そりゃ、こんなことが切欠なんてのは申し訳ないが、けど、お陰でそれぞれの気持ちをこうしてちゃんと確かめ合えた。なのに別れるなんて、もったいなすぎだろう。少なくとも俺は、ぜっっっっったいに、別れん!俺のお前に対する執着をナメるなよっ!ストーカーと言われたって諦めないからなっっ」
「ぷっ・・・、や、当麻・・・それは・・・ちょっ」
「今回のことは、本当にすまなかった!心から謝る!だから、だから伸っ・・・昨日の言葉、撤回してくれ・・・っ!頼むっ・・・頼むっ!」
「―――っ!当麻・・・」
かなり大袈裟だとは思ったが、身体が勝手に動いた。
気付けば膝をつき、椅子に座る伸の両手を握り締め、額を擦り付けていた。
彼を手放さないためには、この程度のことはなんでもない。
これまでの努力を、俺たちの幸せを、あんな女のせいで水の泡になんかさせるものか!
きっと伸は困った顔をしているだろう。
伸の手は冷たい。
当麻は、再び握る手にぎゅっと力を籠めた。
すると、彼の強ばっていた指先が、ふっと緩んだ。
そして、
「ああ、まったく・・・・・・。・・・当麻、君がそんな風に跪くから、僕はつけあがるんだよ・・・分かってる?」
ちょっと鼻にかかった優しい声が耳に響き、心に沁みる。
「分かって・・・ない・・・」
いいや、喩え分かっていたのだとしても、彼の前ではそうしないではいられないのかもしれない。
上目遣いに伺うと、伸は泣きそうな顔で笑っていた。
「頼む!前言、撤回してくれ・・・っ」
もう一度彼の手の甲に額を乗せ懇願する。
当麻を見つめ続ける伸。
当麻はいくらでも待つ覚悟だった。
何時間かかろうとも、何時になろうとも。
しかし、答えは案外あっさり返ってきた。
「・・・・・・わかった、撤回する」
顔を上げた当麻の表情には、驚愕・安堵・歓喜、いくつもの感情が浮かんでいた。
「おでこ、赤いね」
そう言うと伸は、当麻の額に柔らかな唇を落とした。
外は、まだまだ暗い午前3時半。
これにて一件落着。
めでたし、めでたし。
“みんなが伸を大好きで、伸が幸せな 当伸
または
ちょっとした誤解から関係壊れる寸前まですったもんだ→仲直り(仲直りのしるしは額へのKISS)
どちらか、はも。さんの書きやすそうな話でお願いします。”
と、このように寛大なリクを頂戴したにもかかわらず、またもやびみょーーーーな話・・・(汗汗っっ)
しかも、若干内容が以前書いた『Selfish〜』とかぶってるし・・・はも。の限界。。。。。がふっ