待ち合わせ
のオマケ
僕の恋人の、現在のマイブームは、『待ち合わせ』らしい。
数年がかりで口説かれて、落とされた・・・というか、根負けした・・・、というか、ほだされた・・・、というか、まぁ、色々あってそういう結果になった相手が今ハマっているのが『待ち合わせ』のようなのだ。
いったい何が楽しいのか、僕にはさっぱりわからないが、天才となんとかは紙一重というし、そもそも相当変わった人間だから仕方ない、と思っている。
僕は自分で言うのもなんだけれど、時間にはきっちりしているほうだ。
生活全般においても、できれば常にきちんと規則正しくありたいタイプで。
つまり恋人とは正反対。
そんな僕は、当然、やんごとなき理由がない限り、絶対に遅刻はしない。
相手にもそれを許さない。
恋人になったからって、甘い顔をするつもりも毛頭ない。
が、付き合い始めて約1年、彼が遅刻してきたことは、驚くべきことにいまだに一度もない。
“彼”・・・そう、僕の恋人は“彼”だ。
出会いやこうなった経緯については、バッサリ割愛させてもらう。
で、話を元に戻すと・・・
最初の頃の僕等の付き合い方は、ごくごく一般的なものだった。
普通に待ち合わせして、普通に買い物やら映画を観たりして。
なんら奇妙なことはなく、待ち合わせ場所も適当で、だいたい同じ。
「どこで待ち合わせる?」なんて聞いても、いっつも「お前に都合のいいとこでいい」ってな返事しか返ってこなかった。
なのに、そのくせに。
それがある時から、やたら積極的になり、待ち合わせ場所も、多様になったのだが。
その理由はほどなく判明し、僕はげんなりした。
ただまぁ、彼が楽しいのなら、暫くは付き合ってやってもいいかなぁ・・・、と、今のところは思っている。
ただ、暑さを避けるために夏の待ち合わせが屋内になることが多いのはわかる、けどじゃあ、何故、寒さを凌ぐために冬も屋内にしてくれないのだろう。
しかも手指がかじかむほどに寒い日は、100%屋外だからいやんなる。勘弁して欲しい。
でも、どうせ待ち時間なんて、ものの10分程度なのだと思うと、強くも言えず。
と、まぁ、とにかく、だ。どうやら、今彼は、『待ち合わせ』ること自体を目的とし、満喫することに熱中しているらしい。
・・・というか、単に、彼を待つ僕を見るのが楽しくて仕方ないのだ。たぶん・・・。
ちなみに、本人は、僕に全く気づかれていないと思っているようだが、大変残念なことに、バッチリバレている。
彼は、僕が来るより先に、やや離れた場所に陣取りこちらを窺っている。
一方僕は、見ては・・・見つけてはいけない、と思いつつ、毎度、到着すると辺りを見回してしまう。
で、大概、彼はいて、ガッカリすることになる。
だが、相方はこれを楽しみにしているみたいなのだからしようがない。
なのであとは、彼がここに来るまでの時間つぶしに入るわけなのだが。
まれに僕は、ついつい周りの会話に耳がダンボになり、それがあまりにアホな内容だと、うっかりそちらを向いてしまうことがある。
あまりよろしいことではないので、すぐに視線を戻すのだけれど、そんな僕を、あいつがまたポカーンと口を開けて見ているのが視界に入ると、なんとも居た堪れない気分になる。
彼はきっと何かを勘違いしている。
そのだらしのない顔といったら・・・、こちらが恥ずかしくなるほどにマヌケで・・・。
普通にしてたら見た目は、上の上なの・・・まぁ、それはいいとして。
一度など、乾いた血を鼻の横にくっつけたまま、何食わぬ顔をして現れたことがあった。
近くで見なきゃわからない程度だったし、指摘するのも可哀想なので、そのままにしておいたけど、なんでそんなことになったのやら・・・。
考えるのも恐ろしい。
さて彼は、約束の時間の5分前に登場する事にしているようだ。
そうすれば僕に怒られることはないと、付き合う前の経験から学びとったに違いない。
高い学習能力を誇るならそれは当たり前の朝飯前だろう。
それに、遅れてくればその分、一緒にいられる時間も減る。
あいつはとことん僕に惚れているから、一分一秒でも長く傍にいたいはず。
そういう意味でも、遅刻は彼にとって、なんらメリットとならないことを理解しているのだ。
ただたまに、予定よりも早く僕の元へやって来ることはある。
それは―――、
僕がナンパされたり逆ナンされたりした場合。
お前それ、明らかに見てただろ・・・的な、絶妙のタイミングで現れるから。これまた笑えるんだな。
しかもすっごいスカしてのご登場ときたもんだ。
きっと、恰好いい自分をアピールしたいんだろうな、と考えれば可愛くなくもないので許しているけど。
そんな演出しなくても十分・・・コホン。
相手がしつこくても奴に任せておけば、適当にかわしてくれるところはありがたい。
聞いた事もないような学会や研究会の名前やらがスラスラと出てくるのは、さすがだとも思う。
お陰で、9割9分の確率で、向こうはドン引きして去っていく。
だが、そのあとのドヤ顔はいらない、と常々思っているが、口に出した事はない。
で、こういったことがない限りは、頃合を見計らっての、約5分前のお出ましとなる。
最近彼は、やたら気取って、しかも何故かいつも斜め後方から声を掛けてくる。
わざわざ遠回りしてまでの、この位置からだ。
・・・『何故か』と言ったけれど、たぶん、理由はこんなところだ。
僕を振り向かせたい。
そこに何の喜びがあるのかはさっぱりわからない。
でも、そういうことなのだろうと、推察している。
まぁ、付き合い始めの頃みたいに「しぃ〜〜〜んっっ!!」なんつって、飛びついてこないだけ相当ましだと思うことにしている。
ほんとのところ、僕としては、もっと普通にしてほしい。
僕が思うに、奴は自覚が足りない!
奴は僕しか眼中にないからいいのかもしれないけれど、僕のほうはいかんせん、周りの目が痛いのだ。
ただでさえあいつは目立つ。
そこのところをちゃんと理解してほしい。
誰だって、モデルみたいな男に、「悪い、待たせた」なんて、間近で渋甘声で話しかけられたら、小っ恥ずかしいに決まってるだろっ!
それに、ゾクっとし・・・あ〜・・・ゲホゲホゲホっ
な、もんだから、どうしてもつっけんどんに返してしまうのだけれど・・・。
彼もあれで一生懸命僕に気に入ってもらおうとしているのだと思うと、少々哀れ且つ申し訳なく・・・。
はぁ・・・困ったもんだよ、まったく・・・。
どう?
僕のこの『待ち合わせ』苦、理解してもらえるだろうか。
とにかく僕は今、彼が飽きること、彼に訪れているこの『待ち合わせ』ブームが、一刻も早く立ち去ることを祈るばかりなのである。
・・・いや待てよ・・・。
それもまた次が怖いかも・・・。
ぅぉあぁ〜っ!
な・・・なんか、悪寒が・・・っ
END
目次にモドル
リビングにモドル