なんて日ダ!

忍足で廊下を進み・・・

「た」

っだいまぁーーーっ!

と、続くはずだった声は、その人物の後ろから現われた男の、年の割には分厚い手によって遮られた。
何事かと抗議しようとしたが、さらに後ろからやってきた男の鋭い視線によって、別の方角へと促され。

そして、広いリビングの入口で三人の男は、黙って立ち止まった。

リビングには、二人の男がいた。

・・・男、とはいえ、まだまだ大人の男には達していない。
かろうじて、やっと少年の域を出たばかり、といった年頃の男子だ。

その二人は、ソファを挟んで、立っていた。
いや、ただ突っ立っていたわけではない。
睨み合い、対峙していた。

この時間リビングにいるであろう人物を驚かせてやろうと、そっと入ってきたために、中の二人は、入口に佇む三人に全く気付いていなかった。

と、

突然、リビングの、ソファの背もたれの後ろ側にいる方の一人が言った。
しかも、かなり大きな声で。


「僕は、女の子が好きなんだよ!」


入口の三人はビックリした。

なんせ、およそ彼は、普段そんなことを口にするタイプではない。
のは、もちろんのこと、それをまた、この目の前の相手に対してしているところが、沢山の疑問符がつくところで。

しかし、驚きはこれで終わらなかった。

なんと、ソファとローテーブルの間に立つ男が切替した台詞が、


「ほんなん!俺かて、同じやわっ」


だった。

なんなんだ、この会話は?!
しかも、喧嘩腰??

いったい、ぜんたい、何がどうなって、この会話になったのか。
三人は考えた。

しかし、途中参加の三人組の想像力は、この状況にまったく追いつくことはできなかった。

“僕”が、すぐに返した。

「おっかしいだろっっ!」

“関西弁”も間髪いれず、言い放った。

「おかしないっ!」

「じゃあ、なんで“僕”なんだよっ!」
「ほんなん、“お前やから”に決まっとるやろっ」

ここで漸くまた一時停止がかかった。

全員に。


入口の三人は、のちに語った。

『あの時の、“僕”の顔は、一見の価値があった』

と。

怒りによるものか、羞恥によるものかはわからないが、普段白い面が、真っ赤になった。
大きく見開かれた瞳は、これまた憤怒によるものか、ショックによるものかは不明だが、明らかに潤んでいて。
口は、顎が落ちる・・・というほどではないものの、“あ”の字に開いている。

ともかく、そうそう見せることのない、“大混乱”を体現していた。

面白い。

三人の共通した感想だった。


一方、向かいにいる“関西弁”も、ついぞ見たことのない、表情をしていた。

真剣。
一分の隙もなく、大真面目。

三人は思った。

この男が、ここまで真剣になったことがあったろうか。
いや、ない。

いつでも、ちょっと相手を見下して、いつでも、俺には余裕がある、という態この男が。
それこそ泣きそうなくらい、いっぱいいっぱいに見える。

なんだこれ。
面白い。

三人は思った。

で?
これからどうなるどうなるっ??

三人の心臓がバクバク言い出したところで、この張り詰めきった空気を破ったのは、“僕”のほうだった。

音を立てて空気が抜けたのだ。
大きな大きな溜息が、室内に響き渡った。


それから、この日一番の爆弾発言が飛び出した。

三人にとって。

“僕”は、がっくりと首(こうべ)を垂れ、ソファの背に両手をかけた。


「あああっ、もぉっ、なんでっ?!なんで、僕が、野郎から、こんな・・・っ、こんな熱烈な告白されなきゃいけないんだよ・・・ッ!」


はいっ??


コ〜
ク〜
ハ〜

・・・・・・・・・

クぅううう〜〜〜っっ?!?!?


「しゃあないやろっ!好っきなもんは、好っきなんやからっ、しゃあないやんけっ!」


おおおおおおっ!!!
言った〜〜〜っ!
漢だぁー!
ハッ!
いやいやいや
ナニガ??

「もぉおおッ、だ・か・らっ、なんで、僕なんだよぉっ。理由を言えっ、理由を!具体的に、だぞっ」
「ほんな・・・えっと、そらあれや、料理美味いしー、それに・・・料理美味いし、・・・料理」
「それか?それ“だけ”かっ?!それだけが、理由なのかっ?なら・・・っ」
「やややややや、待てやっ!待てっちゅーねんっ。“だけ”やないわっ。ほん、ほんなことあらへんわっ、えーとえーと、」

そこでまた、“僕”がギロリと向かいの男を睨んだ。

戸口に立ったままの3人は、ごくりと生唾を飲み半歩後ずさった。

コっっっワ!

「顔っ!!」
「へ?」
「それに、声っ!」
「は?」
「それに、それにっ、仕草もええ」

ひとり頷く男。

「しぐ、さ?」
「掃除も洗濯もきっちりやるし、肌は白いしスッベスベやし、髪の毛ふっわふわやしっ」
「・・・でもっ、それ、僕の内面とは、全く関係ないよね?」
「ナイメン?」
「そう、ナイメン」
「頭は・・・ええほうちゃう?」
「違う」
「ん?」
「それも内面ではない」
「え、あ、そ?・・・あー、ああ!はいはいはい、性格な!なるほどなるほど〜。せやなー、性格なぁ・・・性格はぁ・・・んんんーっ」
「んな悩むことかっ?」
「うーん、・・・うん、まぁまぁやな」
「なんだって?」
「え、せやから、まぁまぁ」
「まあまあ?」
「ふむ、可もなく不可もない、ってやつや」
「か・・・ふ、なっ、なっ、な・・・っ」

プピーッ!

3人には、“僕”の頭のてっぺんから、蒸気が立ち上っているのが見えた。

気がした。

しかし、“俺”のほうは、一向に構う素振りも見せず、ひょうひょうと続けた。

「だってなぁ、それが一番なんちゃう?少なくとも、俺にとってはそうや。怒りっぽくても、高飛車でも、優しいとこもあるし、オモロイし。結果、プラマイゼロやろ。とにかく俺は、お前とおんのが、いっちゃん居心地ええねん」

「!」

意外なことに、“僕”ほっぺがピンク色になった。

出たー!
再びの殺し文句ーッ!

「納得したか?」
「えっ、な・・・なっとく、とかっ、そ、そん・・・っ、すっ、するわけないだろっ」
「なんでやねんっ」

うわー、本場の『なんでやねん』だー!

と、感動したのは、外の3人。
中の当事者は、それどころではない。

「なんでやねん、て・・・、だから、最初からっ」
「じゃあ聞くがなっ」
「なっ、なんだよっ」

「ならなんでお前、なんでお前は、俺とチューしたんやっ」

「そっ・・・それ、は・・・っ」
「お前は、好きでもない奴と、平気でキスするんかっ?ああッ?」
「そ・・・っ」

「ぁっ、おわッ」

ガタタン!

「「!!!」」

リビング内の二人は、文字通り飛び上がって音のしたほうを振り向いた。

と、ごっつい腕に押さえ込まれていた体の持ち主が、その腕をすり抜けるようにして、床へと崩れ落ちたところで。
瞬間、軽く白目をむいているのが見えた。

傍にいた二人は慌てて屈み、名前を呼び、とりあえずはどうしようもないと悟ると、顔を見合わせ、ゆっくり頭を廻らせた。

いつもなら、“僕”も駆け寄っていたことだろう。
それこそ、誰よりも早く。

だが、今回は、状況が状況だった。

先ほど以上に形容しがたい表情をその顔に貼り付け、固まったていたが、クルリと踵を返し、リビングから続くウッドデッキへと向かい、大きなガラス窓をやや手間取りつつ開け放つと、裸足のまま外に出て、転げるように駆け出した。
実際、途中いっかいコケた。

あ、逃げた。

気を失った一人を除いて、他の3人は、その後姿を眼だけで追っていた。

どこへ行くつもりなのだろう・・・。

たぶん、湖。
そこしかないから。

そして夜には帰ってくる。
蚊がハンパないから。

と、リビング内で、瞬間立ちつくしていた男が、スタスタと窓に近づいた。


そして・・・

叫んだ!


「おとんはっ、お前をそんなふしだらな息子に育てた覚えはないどーっ」


はぃいい?


「アホかぁあああああーーーーーッッ」 ・・・かぁあ・・・かぁあ・・・かぁあ・・・かぁ・・・

微かな怒声が、林の奥から、こだまを伴い、返ってきた。



さて、これから先、彼ら5人の運命や如何にっ!?



END 

 


目次にモドル
リビングにモドル