オサナナジミ

え?
あれ?

その時俺は、初めて気づいた。

学校の帰り道。
いつものように、ダラダラと校内に残り、幼馴染の部活動(?)が終わるのをなんとなく待ち、それから当然のように、同時に校門を通過した。

気がついたのは、いつ閉鎖に追い込まれてもおかしくない商店街を、くだらない話をしながら歩いている、その時だった。

まったくいつもと変わらない、いたって普通な状況下。

何故に?
と、自分でも思ったが、それでも、気づいてしまったものはしょうがない。
急に、ハっ!と、きたのだ。

あ、ちなみに、いったい何に気づいたのかと言うと・・・


『アレ?もしかしてこいつ、カッコいくね?すんげ見た目イイんじゃね?』


ってことで。

今までそんなこと、一瞬たりとも思ったことなどなかったのに。
唐突に、するるっと、そう思ってしまった。

思わず二度見した。
しかも、二度目は一度目よりも眩しく感じて。

とはいえ、というか、実は・・・、確かに、昔っから、周りからは言われていた。

『彼と幼馴染とか、羨ましすぎ〜っ』とか
『あんなのがいつも近くにいたら、他は全部、イモ・カボチャっしょ?』とか。

まあ確かに、周り中イモとまでは言わないが、俺にとって人の顔とは、個性あるへのへのもへじであることは事実だった。
で、横のこいつも、その内の一人だった。

ように思う。

だから、んなこと言われても、ちっともピンとこないし、改めて見てみても、え〜?そうかぁ?どこが?どのへんが?普通じゃね?と思うばかり。
どうして、小さい頃からいつも隣を歩いてるこいつが、そんな風に言われるのか、ちーっとも、さーっぱり、理解できなかった。

なのに、この薄暗い駅前通を歩いていて、ふと目が合った瞬間、アレ?んんんっ?!と、思ってしまったわけで。
2Dからいきなり3Dの世界に入り込んだみたいな、そんな感覚。


この幼馴染は、俺より一学年上で、誕生日は半年だけ兄貴なのだが、身長は最近一気に俺が追い抜いていた。
今は、5センチほど俺のほうが高い。
だからだろうか、いつの間にか、まともに顔を見れなくなってたのかもしれない。

や、でも、それは、今日だって、おんなじだぞ?
そもそもいったい、何がどう、いつもと違うんだ?

ダラダラ歩きつつ、適当に話を合わせながら、頭の中は、目まぐるしく働いていた。

ちょっと薄暗い商店街の街灯だって、電車を待つホームも、いつもと同じ。
なのに、さっき感じた印象が元に戻ることはなく。

昨日と今日で、そうそう季節が変わったわけじゃない。
なのに、昨日と今日の彼だけが違う。

なんだろう???

俺は、チラチラ・とっくり、彼を観察した。

んんんんんーーーっ・・・・・・
やっぱ・・・

可愛い

んじゃないか?
な、おい。

ん?
あー・・・いや、“可愛い”ってのは、またちょっと違うか?
違うわけじゃないが、それだけじゃない。

美人?
うーん・・・
まぁ、そうともいえる。

整っている?
確かに、てる。

恰好いい?
も、ちょっと含まれてる。

綺麗?
だな。

いい男?
だったのか?
もしれない。

好きな顔?

・・・・・・・・・
嫌い
では
ない
な。
うん

そりゃ、ようっく見てみれば、肌も白くて毛穴ある?ってくらいにトゥルっトゥルだし、目鼻立ちもクリクリ・シュッとしてる。
ちょっとタレ目気味なとこなんかは愛嬌がある。

・・・ように見えてきた。

髪の毛はサラサラのフワフワ。
そういや、昔は、何かにつけ触ってたなー。

唇は何も縫ってないのに赤くてツヤ光ってるし、頭はちっちゃくて手足はほっそりと長くて8頭身ぐらいありそうだし。

ははーん
へー
ほー
なるほどなー
そうかー
そうだったのかー

つか、俺・・・

どうして、今の今まで気がつかなかったんだろうか?
今となってはむしろ、そっちのほうが不思議でならない。
こいつのこと、さんざん見てきたつもりだったけど、ほんとは、ちっともちゃんと見てなかった、ってことなのか?


「おいっ、当麻、聞いてるっ?」
「あ?あー、いや・・・ぜんぜん」
「ぇ、ぜんぜんて・・・」

眉間にしわ寄せて、こんな呆れた顔してても・・・なんだ?
なんか、整ってんなー・・・、などと、思いつつ。

「なあ、伸、お前、さ」
「はあ・・・、なに?」

俺がこうして、人の話を適当に聞き流し、自分お言いたいことを言い出すのはいつものことだから、特にツッコんでこない。

気軽な幼馴染。

「お前、なんかあった?」
「は?」

だって、そうだろ?そうとしか考えられないじゃないか?
じゃなきゃ、こんな風に、急に目につくか?
こんな突然にキラッキラして見えるか?
しかも、そのキラキラ度が、見る間に増してゆくなんて。
そんなこと、あるか?
昨日まで、いや、今朝までは、どってことなくて、なんてことない、ただの幼馴染だったのに・・・!

「えー・・・なんか、って、なんだよ」
「や、訊いてんのは俺なんだけど?けど・・・まぁ、そうだな・・・、むー、んー、あー・・・、そうだなぁ、そりゃあお前・・・」

と、見下ろすと、目がシパシパした。
どの街灯のせいだろうかと、上を見上げ、思いついた。

「さてはお前っ、宝くじが当たったな!」

伸が俺を見上げた。
吸い込まれそうな目だと気づいて、なんでだか唇に目がいってしまって、そしたら、ふわ〜っと、顔の真ん中へんが暑くなって、焦った。
伸は、少しだけ目をすがめてから、顔を正面に戻した。

「・・・当たってないよ・・・。てか、そもそも宝くじなんて買わないし」
「なんだ、そうか・・・ま、だよなっ。んじゃ、とすると、ぅんんんーっ・・・ハ!こないだのテストの結果がめちゃめちゃよかったとか」
「こないだのテストって・・・いつのだよ・・・先週の?今さら?」
「ぁ、だ・・・だよなー、ハハハハハ・・・」

しかも伸は、だいたいいつも、テストの点は“めちゃくちゃいい”。
だから、そんなことでいちいち、ウキウキ・キラキラするわけがない。

へー、ごもっともで。

「でも・・・なぁ、なんか、イイコトあったんだろ?」
「えー・・・特に、ないね」
「いいや、ウソだ」
「ウソだ、ってたって・・・根拠わかんない・・・。ていうか、そもそもどうしてそんな風に思うんだよ」
「だって・・・、だって伸、なんかお前、いつもと・・・違う、から・・・」
「はぁ?別に、違わないよ」
「でも違って見える!」
「ええーっ、そう言われても・・・なぁ・・・」


最寄り駅から家までは、徒歩10分もかからない。
でも俺たちは、確かめ合うことなく、遠回りとなる公園に、脚を向けていた。
たぶんそこからさらに、川沿いの土手に行くだろう。
19時。
10月半ばも過ぎたこの時間は、もう真っ暗だ。
家の傍の住宅街を通り、途中、小さい頃よく遊んだ、やたら遊具の多い中規模の公園の中を抜けた。
その間、俺たちは無言だった。

別に、険悪なムードにはなったりはしていない。
ただなんとなく、二人で歩き続けていた。
川に近づくにつれ、ただでさえ、さほど多くない人の数が、いっそうまばらになってきた。

「どんな風に・・・違って見えるわけ?」

小さな声で、伸が言った。
不機嫌な声じゃない。
いつもの、耳にホっと落ち着く声。

「んー・・・なんてーか、そのぉ・・・その・・・だな・・・」

あ・・・




どうした俺っ?!
なんか、急にこっ恥ずかしくなったぞっ!

「え、えーとー・・・ぉ」
「宝くじに当たったり、テストでいい点とったように見えた、と?」
「ん〜、ま、そんな・・・感じに、ってことだ」
「ふん・・・なるほど、そうか。てことは、・・・」

うん!
て、ことはっ??

唾を飲み込み、次の言葉を待った。

「てことは、なんか、良いことがあったように見えたんだ?」
「う、うん・・・ま、そういう、ことになる、な。うん」
「ふーん・・・。嬉しそうに見えた?」
「嬉しそお?んー、いやぁ・・・とは、・・・ちょと違うかなー」
「ふん・・・なるほど、じゃ、浮かれて見えた?」
「んんんー、とも、違うなぁ」
「なるほどなるほど・・・。んー、じゃあ、」

じゃあ?

「キラキラして見えた?」
「!そうだっ、ああ!そう、そのとおりっ」

まさに、ズバリだっ!

「ほーん、なーるほーどねー」

今だって、やったらキッラキッラで、どんどん眩しくなってきて・・・。
困るっちゅーねん!

と、ここで、俺は、ある重大なる可能性に行き当たった。

「・・・伸・・・!お前、まさかっ」
「へっ?びっくりした。まさか、なんだよ?」
「まさか・・・っ」
「だからなに」
「・・・・・・コ、コッ、」
「コケコッコー?」
「アホぅ!ちゃうわ!だからっ、こっ、こっ、告られたんじゃあるまいなっ!」
「コ・・・ッ、はあっ?」
「・・・ち、違うのかっ?そうじゃないのかっ?だから、キラキラしてんじゃないのかよっ!」

ほとんど灯りのない土手に上がる階段の下。
細かい表情まではわからないけれど。
伸は、ポカンと口を開け、それから、ガクリと頭を落とし、首を振った。

「まったもぉ・・・、何を言い出すかと思えば・・・・・・」
「おいっ、答えろよ!」
「当麻、声、大きい・・・」
「五月蝿いっ!誰もいないだろっ。で?どうなんだっ?!」
「五月蝿いのは、明らかに、君のほうだけどね・・・」
「答えろっ!」
「・・・あのさ、ひとつ、言っていい?」
「なんだよっ」
「もし、僕が実際、誰かから告られたとして、」
「そうなのかっ!?」
「だから、聞け、って」

俺は渋々無理矢理口を引き結んだ。

「もし僕が告られたとして、それ、当麻にいちいち報告しなきゃいけない?それに、こんな風に、責められなきゃいけないことだと思う?」
「うぐぅっ」

文字通り、言葉に窮した。

そらそうーだ。
そうだとも。
ごもっともだとも。

だけど、
釈然としない。
納得いかない。
了承できない。

つまり、
イヤだ!

俺は口を尖らせて、その意を表した。
伸がチラリと視線を寄越し、苦笑した。

「・・・そりゃあ、たぶん、言うよ。カノジョができたらね。まー、告られてるのは、いちいち、報告してないけどさ」
「されてんのかっ!?」
「だから・・・、されちゃいけないのかよ、って」
「うううううっ」
「・・・そういう当麻だってさ」
「え゛、俺っ?」
「そ。当麻だって、僕に言ってないだろ?」
「何をだよ」
「一昨日、告白されたらしいじゃないか」

なんとっ!

「知ってたのか?!」
「学校内の噂は大概耳に入ってくるからね」
「・・・だ、よな・・・」

に、しても、早くね?

「僕に言わなかっただろ?」
「う・・・」

彼がふっと息を吐くのがわかった。
ちょっと笑ってる?

「だからさ、そんなもんなんだよ。いいじゃないか、別に」

いく・・・・・・ない。
なんだか、納得できない。
なんか、ムカつく。

「・・・・・・」
「ただなぁ〜・・・」
「・・・なんだよ」
「振るなら振るで、もうちょっと、言葉を選んだほうがいいよ?」
「エッ?」
「なーんてね」

お得意のニヤリ笑いが見えた気がした。

実際見えた。
流れる雲間から、月と星が覗き、短い時間、辺りが明るくなった。

伸は知っている。
そうだ
伸は、いつでも、なんでも、お見通しなのだ。
俺がいま、理由なくスネてるのも、わかってるに違いない。
俺はいつでも、いつまでも、伸にとっては弟分のガキなんだ。

あ、ちくしょ、更に虚し哀しくなってきた。

土手の砂利を踏む音だけが響く。

と、後方から、足がたてるのとは違う音が迫ってきて、光が足元で揺れたかと思うと、ベルを鳴らさない自転車が二人のすぐ横を猛スピードで過ぎていった。

「ゥワっ、アッブないなーもおっ」
「俺たちが音楽とか聴いてて、気づかないでぶつかったら、どっちが悪いんだろうな」
「そりゃ、向こうだろ」
「だよな」
「・・・風、出てきたね」
「寒いな」
「うん、ちょっとね」

セーターだけの彼は、ジャケットを着ている俺より寒いに違いない。

手、握ってやったほうがいいかな・・・

な・な・な・な・なんてことはないよなっ

・・・そんなんやっぱ、高校生にもなって、変、なんだよな?

小さい頃は、よく繋いでたけど・・・。
そういや・・・、随分と伸に触れてない。
もちろん、掠めたりすることはあるし、どつき合ったりもしてる。
けど、そうじゃなくて、そういう触れ合いじゃなくて、小さい頃、普通にやってたような、手を繋いだりとか、抱きついたりとか、そういうのを、もう随分長いことしてない、と、気がついた。

気がついたら途端に、ギュっとしたくなった。

どうして、今はしちゃいけない気がするんだ?
別に、今、ここだったら誰もいないし・・・

なんて考えてたら、指先がムズムズしてきた。

「あのさぁ」
―――っ!なっなんだ?」

びっくりした・・・。

「あのさ、言っていい?」
「なんだ」
「んー、・・・ずっと・・・思ってたんだけどね」
「ぁ、ああ」

彼の言葉が、脳内で勝手に『想ってた』に変換されて、ひとりでドギマギしてしまった。

「ぁ・・・いや、いいや、やっぱヤメとこ。うん」
「おいおいおい、なんだよっ、そこまで言っといて。ヤメんなよっ。言えよっ」
「いや、いい」
「いやいや、いいじゃないだろっ、いくないだろっ」
「えー・・・」
「えーって、お前・・・。・・・頼むっ、言ってくれ!俺のためを思うなら言ってくれ!」
「大袈裟だな、もー。あー・・・、じゃあ、なおのこと言えないかなー」
「えええッ?!そらないだろっ」
「えー、だってさぁ・・・」

と、まじまじと俺を見上げ、首を傾げ。

「だってなんだっ」
「だって、たぶん、まだ早いと思うんだよねぇ」
「はぁ?早い?早いってなんだよ」
「んー・・・」

それから、暫く俺たちは立ち止まり、睨み合い(?)を続けた。

「・・・ほんとにほんとに、本当ぉ〜に、聞きたい?」
「おうっ」
「後悔しない?」
「しない!」

つか、ここまで引っ張られたら、聞かないほうが、気になって気になって、よほど後悔するわ。

「ま、それは聞いてみなきゃ、わかんないか」
「ぅ・・・そうだな・・・」

てか、そんなヘビーな話なのか?!
ここで?
この人気のない土手で?
急に?

「わかった。じゃあ、言う」
「ぉ、おうっ」

人気がないのを改めて確認するためか、伸はきょろきょろと辺りを見回し、そしてピタリと俺に視線を合わせて言った。

「・・・・・・・・・当麻はさ、」
「ぉ、おう・・・っ」

「当麻は、」
「俺は?」


「当麻は、僕のことが好きなんだよ」


「へぃ?」
「あ、この“好き”って、LOVEのほうの“好き”のことだから」
「ぉお・・・」
「しかも、たぶん、ずっと昔から、ね」
「へぇ〜・・・」
「・・・・・・て、当麻、ちゃんとわかったか?今の話」
「ん?今の・・・はなし、て、え、え、え、えええええッ?!?!なんだそりゃっ、ままままマジかっ?!」
「当麻、声デカ」
「ふんがっ」

俺は両手で自分の口を塞いだ。(鞄はサブだけを肩に掛けている。)

「もがが?もががが?」(マジか?マジでかっ?)

伸が鼻から息を吐いた。
ゆっくりと。

「うーん・・・やっぱり、だよなー」
「ゴゴゴゴゴゴッゴ、モンゴ!(やややややっぱりって、何だ!)」
「やっぱ、無自覚だったんだな」
「も、もーごっ?(そ、そうなのかっ?)」
「そうだね」

伸が手振りで、口から手を退けろと言った。
俺は指示通りに動いた。

頭の中は、白に近い。
いや、何かが爆発したみたいだ。
いや、ヒヨコが飛んでる。
いや、ハリケーンが直撃だ。
いや、ブラックホールに飲み込まれたみたいだ。
いや、雲の中か?
いやいやいや!

・・・・・・・・・・・・・・・
なんだ???
なにが
どーなったんだ

「て・・・・・・ぇ、で、で、俺は・・・、じゃあ俺は、俺は・・・っ」
「君?」

首が痛くなるほど頷いた。

「俺はっ、どどどどどどうすりゃいいんだ?」

この口すら、自分のものじゃないみたいで。

「どうすりゃ・・・、って・・・、ぅーん、まぁ、ねぇ・・・、そうだなぁ・・・、とりあえず、考えてみれば?」
「カンガエル??」
「そ。時間かかったってしょうがないからさ、この際、じーっくり、とーっくり、考えてみたらいいんじゃないか?」
「え、でも、考える、って、何をだ?」
「そりゃ、もちろん、僕を好きなことについて、だよ」
「そ・・・そうか・・・なるほど」
「そう」
「そ、そ、か。わかった。なるほど、そうする」

何がナルホドなんだかは、全っ然、わかってなかったが。

すると、伸がニッコリと笑った。

「うん」

あまりの眩しさに、俺は目を細め、つられて笑った。

「ぇへっ」
「よし!じゃ、しっかり考えろよ」
「ぉ、おう、わかった」
「あ、今日、夕飯食べてく?」
「いや、早速、このことについて、じっくりとっくり考えたい」
「ふーん、そっか、おっけ。でも、ちゃんと食べろよ?」
「うん・・・ん?」
「・・・わかった、後で差し入れてやるよ」
「さんきゅー」
「いいって」

気づけば、もう家の前だった。

「じゃ、またあとでなっ」

手を伸ばし、俺の頭をクシャっとやって、彼は門扉の向こうに駆けて行った。


答えはもう、でているような気がした。



END 

 


目次にモドル
リビングにモドル