通学電車から U
俺の学校で、偶然に顔を合わせてから、二ヶ月が過ぎた。 あれから電車の中で会えば軽く頷きあうようになって、そのうち声を掛け合うようになって、今では、そこそこ会話をするまでになっていた。 電車で会う確率自体、以前より上がった気がする。 別に、待ち合わせてる、ってわけじゃないけれども。 朝練に向かう以前の俺の頭は、とにかく眠くて眠くて、立ったままほぼほぼ寝こけていた。 それがなぜだか、最近は冴えているのだ。 彼は、俺とは違い、そもそもすごく真面目。 俺の読み通り、生徒会の役員をやってるそうだ。 あの日の彼は、バスケ部の部員ではなく、急遽ピンチヒッターでの出場だったらしい。 だから、彼が、俺の学校に来たのは、たまたまだった。 彼は、童顔だけど、実は俺より1学年上だった。 落ち着いていて、聞き上手で、話し上手。 頭の回転が早く、思考も柔軟。 本人曰く、かなり頑固だそうだけれど。 見た目は可愛い系だが、結構キツイことも言うとこが面白い。 つまり、彼はいままで俺の周りにはいないタイプの人間だった。 それは向こうにとっても同じだったようで、一昨日言われた。 『君って面白いね。僕の周りにはいないタイプだ』 と。 たっそれだけなのに、なんだかすごく嬉しくて、その日は一日気分が良かった。 珍しく帰宅したお袋に気味悪がられるほどに。 彼とは・・・ 親しい仲になったわけじゃないが、知らない仲というわけでも、もうない。 で、友達か?と言われれば、それもまだじゃないか?という感じかするから、友達になりかけ、ってとこだろう。 もちろん、俺としては、もっと仲良くなりたいし、友達、と呼べる間柄にもなりたい。 ただ、これ以上、どう親しくなりようがあるのかが、わからなかった。 いかんせん、彼と会うのは、通学電車の中だけ、なのだから。 練習試合なんて、そうそうあるもんじゃないし、彼が他の部のピンチヒッターになることも滅多にないらしい。 それに、彼の学校には弓道部がない。 だから俺があっちに行くこともない。 そんなわけで、目下、俺の目標は、<電車以外の場所で彼と会う!>だ。 ・・・いや・・・・・・しかし・・・ しかし、だ。 しかしなんで、俺はこんなに彼に会いたいんだろう。 どうしてそんなに仲良くなりたいんだろう。 そりゃ、彼といると楽しいけれど・・・。 なーんか、変なことを考えてしまいそうになって、俺は慌てて頭を振った。 いやいやいやっ、違う違う違うっ! そんなんじゃないっ! 何が違って、何がそんなじゃないのか、そのことも考えちゃいかん! ・・・なんか、疲れたかも・・・。 「よーっ!どうした、恋する乙女っ!」 「○※△□×〜っっ!?!?!?!?!?!なななななんだってっ???」 「おお、おお、おお、なんだなんだー、そんなアセっちゃってぇ〜。だってお前、近頃話題よ?」 「ーっ!なっ、なっ、なにがだよっっ」 「なにが・・・って、お前、絵に描いたようじゃねーかよ」 「えっ?絵?」 俺の数少ない友人である秀は、校買で売っている菓子パンを頬張りながら言った。 「先ず、最近ボーっとしてる時間が多いだろ?前なら寝てたのによ。それから、ニヤ〜っとしたかと思うと、急に眉間に皺を寄せたり、頭抱えたり、首振ったり」 「・・・・・・・・・え・・・、俺、そんなことしてたか?」 「ほらなー!それをまた自覚してないとこなんか、もー、少女マンガだっつーの!」 少女マンガなど読んだことのない俺には、なんのことだかさっぱりだったが、今まで必死に意識しないように、考えないようにしていきたことを、いきなり、投げつけられた気分だった。 『恋する乙女』 その言葉が、脳内で木霊した。 この俺が? 誰にだよっ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 んなわけないないないないない!! 「いやっ、秀、それはだな」 「で?どこのどいつなんだ?その、お前の心を射止めた女子は?」 ・・・・・・・・・女子・・・・・・・・・? じゃ・・・、ないんじゃ、・・・ないか・・・? ―――――って!! いやいやいやっ、だから、そうじゃないって! 「あーっ、もしかしてお前っ、また年上なのかぁ?」 「え?あ、まぁ・・・」 俺には、弓道部に入る理由になった女子の先輩に玉砕した経緯があった。 そうか・・・、俺って、年上好きだったのか・・・。 ―――って、だ、か、らっっ! がうーーーーーーーーっっ!! 「おいおいおい、おまー、マジでダイジョブかぁ?」 「へ?」 「え・・・・・・本気で自覚なし、かよ・・・」 「なっ、なんだよっ、なんなんだよっ、さっきからっ。いいか?俺は別に、何も変わってないし、それにっ、今は好きなヤツなんかいねーっつのっ」 「・・・ふうぅ〜ん・・・」 「・・・んだよ、その目は・・・っ」 「なーるほどなー、ふむふむ、こりゃ、マジだな」 「え」 「わかったぜ!当麻っ」 何が『なーるほーどなー』で、何が『わかった』なんだ!? 「いやっ、だから俺はだな、秀っ」 「いいっ、もう何も言うな!」 「あ?」 「これほど真剣なお前を、俺は知らない!」 「は?しんけ・・・て、はあっ?」 「相手が誰かは知んねーけど、俺ぁ、心から応援してるぜっ」 「え、いや、だから・・・」 「そーかー、あの当麻が、とうとう・・・くっ」 「おいっ、『あの当麻』って・・・、つか、なに、泣いてんだよ・・・」 「幸せになれよっ」 呆気にとられる俺の肩をグッと掴み、袖で洟を拭うと、秀は教室から出て行った。 「そうか、そういうことか・・・秀・・・」 奴め、女子共に買収されやがったな・・・。 菓子パン一つで俺に探りを入れてこいと言われたのに違いない。 しかも、俺にはどうやら本命ができたらしい、と報告できれば、今後、こんな面倒なことに巻き込まれずにすむ。 そのうえ、普段俺が辟易としている、女子共からの攻勢も減るだろう。 「・・・なかなかやるな、秀・・・」 だが、女子共が秀を使ってまで探りにくるということは、実際俺の様子は変なのかもしれない。 どうしたら、彼と電車以外で会えるか、今の俺の悩みは、たったそれだけのことなのに。 でも、別の場所で会いたいと思っているのは、俺の方だけかもしれない。 彼の方は、別に、電車の中だけで十分、と思ってるんじゃないだろうか・・・。 玉砕したくない! けど、もっと会いたい! 車内で、周りに気を使いながら話す彼じゃない彼を知りたいし。 彼が何が好きで、好きなものを見たときにどんな顔をするのか知りたいし。 微笑む彼もいけれど、声を上げて笑う彼も見てみたい。 俺のことも、もっと知ってほしい。 俺の好きなものも、苦手なものも。 彼の目に俺がどう映ってるのか、知りたい。 俺が彼をどう想っているか、知ってほしい。 ・・・・・・・・・どう、想ってる、か? 先ずは“友達”になってほしい、って思ってる! よしっ! 明日だ! 明日の朝、彼に聞いてみよう。 学校帰りに寄り道でもしないか?とか、休みの日とかにも会えないだろうか、って。 そう、決心したら、急にドキドキして、空気がキラキラし始めた。 「おす」 「おはよう、あれ?」 「ああ、えっと・・・今日は朝練ないんだ」 「ぁ、そうなんだ。なのに・・・」 「あっ、あのさっ」 「えっ?な、なに?」 「あの・・・っ、その・・・っ、だから、えっと、えっとええっと・・・うっ、オエっ」 やっべー! 心臓吐きそう〜・・・っっ 「わぁっ。どうした?大丈夫?次、降りる?」 「ぅうっ、え?・・・ぇ、あ、ぅ、うん・・・」 なんだよ俺っ、情けねーっ! カッコわりぃーっ! ったく、なにしてんだよぉ・・・。 「はい、水」 駅のベンチに並んで腰掛けると、彼はサブバッグの中から、ペットボトルの水を差し出した。 「すまん、悪い・・・あ、ありがと・・・」 「いいよ。別に。時間、まだ早いし」 「・・・そうなのか?」 彼がいつも早いのは、早朝に生徒会役員の集まりがあるからだと言っていた。 「今日は、ないのか?」 「え?」 「役員会・・・」 「えっ、あ・・・、あー・・・、うん、そう、今日は、ね」 「そう・・・なのか・・・」 「ぅ、うん・・・」 ・・・・・・・・・ん? じゃあ、なんで彼は、今朝もこの時間に? 俺たちは暫く互いを見合って、そっからなんだか急に恥ずかしくなって、下を向いた。 手の中の水が揺れて眩しい。 「もう、大丈夫?」 3分に1本くる電車の2本目を見送ったところで、彼が言った。 「え、あ・・・ああ、大丈夫、だ」 「そっか、よかった・・・あ、あのっ、さ・・・っ」 「え?なんだ?」 「あのっ、・・・羽柴君て、学校何時頃、終わる?」 「へっ?」 「あっ、いやっ、あのっ、学校帰りの寄り道とか、やっぱり禁止?」 「え、い、いや・・・そんなことは・・・」 「じゃあ、あのっ・・・もし・・・、もし、迷惑じゃなかっ」 「ああああああのっ!」 「えっ?!」 「あっ、あっ、あのっ、ほ、ほ、ほ、放課後っ、どっかで会えないかっ?」 「え・・・、えっ?」 「放課後がダメならっ、休みの日とかっ」 「えっ、えっ、え?」 「通学電車以外で・・・っ、会わないかっ?」 「え・・・え・・・ぁ・・・う、うん・・・うん!」 かくして俺は、この日、放課後の約束を取付けることに成功した。 まぁ、半分・・・以上は、彼のお陰だったけれども・・・。 以降俺たちは、部活や委員会がない日は、放課後に会うようになり、携帯番号とメアドも交換し、休みの日にも会うようになった。 「よぉー、恋する乙女ちゃ〜ん、ほの後調子どうだぁ?」 「ああ?」 「どうやら順調なようだにゃーっ、このヤロこのヤロっ」 「おぐっ、ぐえっ、秀っ、・・・っめろ、マジ、死ぬっ〜っ」 「あー、わりーわりー。で?」 「は?『で?』ってなんだよ」 今日もまた秀は、新商品の菓子パンを頬張っている。 「その後、想い人のカワイコちゃんとはどうなったよ?」 「・・・・・・あのな秀、お前はなにか誤解を」 「ほーかほーか!よかったなーっっ」 「はあ?」 「いやー、そりゃあメデタイ!漸くお前にも春が来たんだなーっ!」 「春?って、いや、春・・・、ちが」 「くぅーーーっっ、にいちゃんは嬉しいぜっっ」 「いやっ、だから、だなっ、っておーいっ!」 手首で鼻を押し上げつつ、ブリックイチゴミルクをズズズズズーっと吸い込みながら、秀は教室から出て行った。 「だから・・・っ、・・・付き合ってとか、ねーし・・・」 だって・・・ んなわけないだろう! 男同士だぞ、俺たち・・・。 ・・・って、え? ええええええっっ?!?! でも最近、毎日が楽しくて楽しくて、空気も何もかもが眩しくて仕方ないのは、否定のしようない事実だった。
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