うたたねの園
「おいっ、おいっ、当麻!ちょっちょっちょっ」

夜11時過ぎ。
野郎5人、プラス女子1名、児童1名で共同生活をおくるこの館で、智将、羽柴当麻は仲間の一人、戦隊モノならば間違いなくイエロー担当キャラの秀麗黄に呼び止められた。

「んあ?」

ちなみに、羽柴は、コミュニケーション能力はゼロで、戦隊モノで言うと、黒と青と緑を足して5で割ったようなキャラである。

チームプレー重視の戦いにおいても、群れる事を嫌い、唯我独尊タイプで、甚だ扱いにくい人物だ。
しかし、そんなことはイエローには関係ない。

「ちょっちょっ」

LDの入り口から、しつこほどに手招きしている。

「んだよ・・・」

一方、(黒+青+緑)÷5は、あからさま、これみよがしに、“面倒臭せぇな”という顔をしてみせた。
彼は、リビングに隣接するキッチンに、コーヒーを淹れに来ただけで、別に、リビングにもダイニングにも用はない。
カップへの焦茶色の液体の補充が終われば、すぐさま書斎に引き篭もりたいのである。

「いーからいーから、ちょっと来い、って!」

だが、ちょっとばかし気になるのは、この、秀の様子だ。
いかにも、“ちょいとあんさんっ、めっさオモロイもんめっけましたでぇ〜”な空気をバンバン醸し出している。
声の出し方が、力の入ったウィスパーなのも気になるところで。

そして、普段クールをぶっている羽柴であるが、そこは元来生粋の大阪人。
“オモロイもん”には、基本目がない。
というわけで、若干の鬩ぎ合いはあったものの、結果は、若さという好奇心にあっさり軍配が上がった。

「どうした」

ワザとらしくため息を吐き、秀に近づく。

「シーっシーっシーっ」

秀は、お決まりの人差し指口前ポーズで声を落とすよう制し、次に、その手に持ったコーヒーカップをキッチンに置いて来いとジェスチャーゲームで指示を出し、羽柴がその通りにすると、またもやコイコイをやって、彼を呼び寄せた。

で、内心ウキウキの恐る恐るLD入り口から中を覗くと・・・

「なんだ、何も見え・・・っもががっ」

実際何も見えなかったため、普通レベルの声で文句をたれようとしたところ、急に後ろから押さえ込まれた。

で、そのままズルズルと中に引きずられように、ダイニング方面へと連れて行かれ。

で、そこにあったのは・・・


確かに、めったにお目にかかれないシロモンだった。


「なっ?珍しいだろ?」

イシシシシっと押し殺した笑いを零す秀に対し、羽柴は返事ができなかった。
物理的に、半ば羽交い絞めにされ、口を封じられていたせいもあるが、例え、自由が与えられていたとしても、彼は言葉を発する事は出来なかったに違いない。


何故なら彼は、―――


彼は、心奪われてしまっていたから。


彼らの視線の先、

そこにいたのは、、、


ピンクとイエローを足して5で割って、腹黒を9割6分足した、このチームの飯炊き番、・・・もとい、癒し系家事全般担当、毛利伸であった。


彼は、大概いつもキリキリしている。
羽柴の前では。

何かっちゃあ、ガミガミ言ってくる。
羽柴には。

ちっとも癒し系なんかじゃない。
羽柴にとっては。


だが、今、目の前にいるのは、彦ニ○ン、くま○ン、顔負けの、無防備極まりない油断しまくり、全開で満開のゆるキャラ。(※)

食卓の椅子に座った彼は、テーブルに本を広げたままで、手はだらりと横に落ち、斜め後方に頭部を仰け反らせて、居眠りしていた。

銜えた歯ブラシが絶妙なバランスを保って呼吸に合わせて揺れているのもたまらない。
ヨダレが垂れていないのは、歯磨き粉を米粒大しかつけないという、彼のこだわりの賜物だろうか。

おそらく、全ての家事を終え、歯を磨きながら本を読む、という、僅かな自分だけの時間を過ごしていたら、つい、うっかり、うとうとしてきてしまったのだろう。

とにかく、いつも周りを気にして隙を見せないこの御仁が、これほどまでに無警戒な姿を晒しているのは、非常に、もんっのすごく、稀で、というか、これまでは誰も目にしたことがなく。
だから彼らも今初めて目撃したわけで、それを見ることが出来たのは、まさに奇跡に近い出来事なのである。

「とーまっ、当麻っ、おいっ、おーいっ」

気づけば、秀のごっつい手は、羽柴の口から外れていた。
どんだけ見とれていたのかと羽柴は内心焦ったが、それほどではなかったらしい。
相変わらず秀は、いたずら小僧な表情で、何か企んでいるのが丸わかりだ。

「なんだ?」

今度は間違えずにちゃんとヒソヒソ声で返すと、案の定。

「なっ、撮っちゃわね?」
「あ?」
「カメラ、持ってこようぜっ、で、このアホ面を」
「やめておけ」
「え〜〜〜っっ、んでだよっ、こんなおもしれえもん、めったに見れねえだろっ、他の奴等だって」
「もっともだが、後でバレたら、半殺しだ。脅迫に使えんこともないが、逆に脅迫返しを食らうのがオチだ。何食抜かれるかわからん。そんな博打には乗れん」
「う゛う゛う゛う゛う゛〜〜〜っっ」

なーんて、羽柴は言ってみたものの、本当は、喉から手が出るほどに撮りたかった。
アイドルの生写真並みに、いや、それ以上に、このアホ面の写真が欲しかった。
それを本人に見せた時、どんな反応が返ってくるかということにも興味が湧いた。


だが一方で、このゆるんゆるん顔を独り占めしたい、という思いにも強く駆られていた。


秀がこれを見つけてしまったのは仕方ない。
しかし頭のてっぺんからつま先まで筋肉&食欲に満たされている彼ならば、早々その記憶は薄れるに違いなく。
だとすれば、自分の優秀な脳みそでなら、瞼にしっかり焼き付けて、きっちり保管しておくことができる、そう彼は踏んだ。

「奴が気付く前に退散しよう」

二人の人間がこれだけの至近距離で、ゴシャゴシャ言っていても目覚めないということは、いつも物音に敏感な毛利にしてみれば、かなり深い眠りなのであろうが、歯磨きの途中とういことは、ただのうたた寝。
いつ、パチリ!と、目を開けるかわからない。

「ぅ・・・ん・・・っ」

現に、低く唸り眉間に皺を寄せだした。

「マズイっ」
「ヤッベっ」

二人は、慌ててその場を後にした。

他人に寝顔を見られるというのは、誰でも快いものではないが、そのなかでも毛利は人一倍嫌がる性質だ。

それを黙って、・・・、いや笑って見ていたとなれば、どれほどに恐ろしい空気がこの館を支配することか。
想像するだけで鳥肌が立つ。
そうなったら、たぶん今夜は、どころか、暫くは眠れない。
あまりの恐怖に。

秀は、LDを出てからも残念がってブーたれていたが、それでも彼なりに、よ〜く考えてみたのだろう。

「ま、しゃーねーか」

と、2階へ引き上げていった。
羽柴は、彼のケツポッケが異常に膨らんでいるのを見て、彼はどのみち毛利に怒られるであろうことを予測した。

それから彼は、キッチンに立ち寄り、冷え切ったコーヒーに溜息を吐きつつ、書斎へ向かった。


その日以来、羽柴は変わった。

何が変わったのかは、本人以外、誰も気付かなかったに違いないが、それでも確かに変化したのだ。



そして現在。
あの戦いから早十数年が経過した。


夜の11時過ぎ。
都内の某高級マンションの高層階の一室。

「ぎゃはははははっ!こいつほんまアホやなぁ〜っ」

羽柴は、50インチのTVでお笑い番組を観ていた。

「なぁ、伸、見とっ・・・おっと・・・」

彼はちょっとだけ音量を下げた。


傾いた頭。
絶妙に揺れる歯ブラシ。
今夜もヨダレは垂れていない。


よしよし。

羽柴の心は、ひとり、ホッコリする。


あの時、何故だかとても気持ちが和んだ。
それを、他の面々に話題にされて、笑われたくないと思った。
自分の中だけに、仕舞っておいて、時折開いて眺めたいと望んだ。
自分だけの安心毛布。
だから、写真になんか残させたくない、と。


羽柴は、この毛利の眠りのために、かの戦いを終結させた。

と、言うのは、ちょっとばかし言い過ぎかもしれないが。


そして羽柴は、次なる苦難、超長期戦も乗り越えて、漸く、このゆる顔をいつでも見られるという特等席を手にしたのだった。



END

※ 当時は、彦ニャ○も、く○もんも、ゆるキャラというジャンルすらも存在していなかったけど。


目次にモドル
リビングにモドル