あいつが僕のマンションに出入りするようになって数年が経過した頃。

僕はとうとう言った。

それが、この後の僕の人生にどれほどの影響をもつことになろうかなどとは
考えもせずに。


「あのさぁ、当麻」
「あ〜?」

いつもの、のほほーんとした返答。
そう。

“いつもの”

「あー・・・、あのさ、ほんとはさ、こんなこと、言いたくないんだけど・・・」

いつもとは違う僕のトーンに、やっと彼はこちらを向いた。
目だけ。
言いたくないなら、言わなきゃいいのに。
と、その目が言っている。
僕は、内心、わかってるよ!と、反論した。
ところが、彼は、珍しくその後を無視することなく、「何?」と、先を促してきた。
このリアクションに、僕は若干戸惑ったものの、気を取り直して続けた。
今日こそは言おう!と、思っていた自分を思い出しつつ。

「あのさ、君がここに出入りするようになって、毎年毎年」
「あ、待って。それって、あれか?チョコのことか?」

さすが智将!
察するの早っ
つか、キモっ

「えっ?あ、ああ・・・ぅ・・・うん、そう、その、チョコなんだけども・・・」
「ああうんうん。いいぞ。先を続けてくれ」

彼は、寝転がっていた姿勢から起き上がり、胡坐をかいて僕に向き合った。
しかも、彼の瞳は何故か煌めいて見える。

どういうことだ???

いったい何を期待しているのだろう。
これからするる話は、おそらくそれを裏切ることになるんだけど・・・。
ただでさえ言い辛いことなのに、後ろめたさまで加わった。
僕は、一つ咳払いをした。

「毎年、君に泣きつかれて」

実際、彼は、僕の袖を引っ張って、メソメソ泣いて懇願した。

「手作りチョコ、あげてきたよね?」
「ふんふん、そうだな、そのとおりだ」

全く悪びれる素振りもなく、よく頷けるもんだ。

「なのにさ、僕の誕生日でもあり、且つ、ホワイトデーでもあるこの日に、君は、
 何かしてくれたことあったっけ?」

よしっ、どうだ!言ってやったぞ!やっと言った!
彼は、きょとんとこちらを見ている。
僕は強気になった。

「別にね、期待はしてないよ?だって、当麻だもん。それに、僕は別に君が好きで
 チョコ作ってるわけじゃない。頼まれるから作ってるわけで。でもさ、だったら、
 なおさら、じゃない?頼んで作ってもらって、そのまんま、って。だから、これからの
 君のためを思って」

「よしっ!わかった!」

人の台詞を遮って、彼はまるで『金○一』シリーズに出てくる、ダメダメ刑事のように
拳で手のひらを叩いた。

何がわかったのかよくわからないけれど、まぁ、僕の言いたいことは理解した、
ということなのだろう、と、僕も理解した。

そして、彼は満面の笑みを浮かべ言った。

「いやぁ〜、実のところ、俺も、いつ言ってくれるかって思ってたんだよなぁ」

はて?

『いつ言って“くれるか”』とな?

こいつの日本語は、たまにおかしい。

それを言うなら、『いつ言われるか』だろうに。

僕の困惑顔に、当麻は益々その笑みを深くし、それから、ちょいちょい、と人差し指で
僕を招き寄せた。

なんだろう?
実は、何年も前からこの日用に、なんかすごいお返しでも準備してくれいたのだろうか?
その着古したヨレヨレのスウェットのポケットの中に?

僕は、ちょっとウキウキしながら彼に近づいた。
僕も現金だなぁ〜、なんて思いながら。

だが、しかし、僕の期待は外れた。
場外に飛んでった。

彼は、まんまと近寄った僕の顎をとると・・・



と、まぁ、そういうことになった。
油断しまくっていた自分にも責任はある。
あるけど・・・っ

初チューで、
いっきなりベロチューはないだろうっっ!

それに、それまでそんな素振りは、なかったわけじゃないかもしれないけど、
でも、でも、

ぅわあああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!

僕は心の中で叫んで、そのまま部屋に引っ込んだ。
ドアの向こうから当麻の声が聞こえたが、全く耳に入ってこなかった。

それほどショックだったのだ。

なのに・・・

僕は・・・


今、僕はその男と同居している。

ベロチュー以上のことも、その生活に織り交ぜつつ。



END

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