俺の彼氏はデキル男だ。

普通人間は、年齢を重ねると丸くなる、なんて言うが、彼の場合ちょっと違う。逆だ。

彼はどちらかというと、元々丸い人間だった。
一部に置いては辛辣な部分もあったが、それでも総じて、特に対外的には丸い奴だった。

それが、年月を経て、社会の荒波に揉まれ、責任ある地位に上るにつれ、年々険しさを増していった。
もちろん、いい意味でだ。
そのため、甘さを全面に押し出していた昔の雰囲気に比べて、今は程よい渋みを醸し出している。

同期の誰より早く出世し、時に優しく時に厳しく部下をまとめ引っ張り、部署の営業成績は、常に上位。
石頭の役員連中にも懐柔しつつも自分の意見を通せるスゴ腕の持ち主。
(この情報をどうやって入手したかは伏せておく。)

しかも、世間的には、シングルだ。
まさに花の独身貴族。
生まれ良し、育ち良し、性格良し(?)、顔良し、スタイル良し、仕事がデキて、稼ぎも良し。
ついでに、というか、何より、アッチも抜群に良しときた!
これでモテないわけがない!
少なくとも俺なら放っておかない!

ま、俺の恋人ちゃんなわけだが・・・。

そして実際モテモテだ。
何故それを俺が知っているかと言うと・・・

彼が自分で言っているから。

若い頃はそんなことはなかったが、近頃は隠そうともしない。
俺はそれを嬉しく思っている。
確かに、昔だったら、そんなことを言われようものなら、不安のあまり何をするかわからない俺だった。
けど、今はそうではないと、彼は認識しているのだ。
彼の俺に対する気持ちが揺るぎないものであるということを、俺がちゃんと信じていると、彼は理解している。
だから彼は、あえて、自分が外でどう見られているかを、俺へ正直に言うようになった。
俺にはそれが嬉しい。

外の奴等は、彼が家でそんな話をしているなど、思いもよらないだろう。
それどころか、彼の帰る先に、俺という恋人がいることも、決して知ることはあるまい。
家での彼を知っているのは、俺だけなのだ。

ほら、ちょうど我が永遠の王子のご帰還だ。

「ただいまぁ」

ここではまだ、彼は外モード。
僅かながらも険しい気を纏ったままだ。
通勤電車の中だけでは拭いきれないのだろう。
それほど彼の背負っているものは、重いってこと。

「よぉ、おかえり」

時間は既に23時。
彼は毎日多忙だ。

「ただいま」
「お疲れさん」
「ああ」

高級な鞄を置き、高級な靴を脱ぎ、きちんと揃えて、再び鞄を持って玄関をあがる。
まだ半分以上、仕事のことが彼を占めている。

「夕飯は?」
「もう腹ペコ通り過ぎた」

驚くなかれ、この会話、前者が俺で、後者が彼だ!

「簡単なのでよければ作るけど、軽くつまむか?付き合うぞ」
「・・・うーん・・・そうだね、ちょっと食べようかな。・・・わるいね」
「何言ってんだよ」

彼は春風に舞う花びらのような笑みを残して、自室に入った。
ここまでで、帰宅した感75%くらいはいったか。

よしよし。

俺は早速キッチンに向かい冷蔵庫から適当なものを選び出し、手際よく調理する。
味付けは、彼直伝だ。
とはいえ、やっぱり彼が作るほうが数段美味いけれども。
それでも他人に食べさせても恥ずかしくない程度には上達した。

そう、全ては彼のために!

ガチャ

彼が自室から出てきた。
下はグレーのスウェット、上は白Tに紺のカーディガン。
足元は裸足。
いたって何の変哲もなくごくごく普通の恰好だ。
カーディガンの前は開きっぱなしで、普通の奴だったら、ただのだらしないオッサンに見えることだろう。
だけど、俺の彼は何故かそう見えない!
何を着てても、スタイリッシュだし、いつ見てもキレカワで、惚れ惚れする。

洗面所の水音を聞きながら、テーブルセッティング。
こんな時間の軽い食事は、ソファに座って、ローテーブルでいただく。

タイミングはバッチリだろう。
酒については、たいだい予想はついても、必ず確認をとる。

「ふぅ・・・、おっ、美味しそうだね」

首から下げたタオルだって、オヤジ臭なんか一切しないことを俺は知っている。
きっと彼は、永遠にオヤジ臭とは無縁に違いない。

「こんなもんでいいか?」
「十分だよ。上等」
「酒は?」
「んー、ちょっと飲みたいかなぁ」
「なら、昨日の残りでいいか?」
「そっか、そうだね、それがいい。うん」

俺はまた冷蔵庫をあけて、白ワインと、棚からグラスを2つ取り出した。
テーブルを挟み、俺と彼は、それぞれ二人掛けのソファに腰を降ろす。
もうふたつある誕生席の一人掛けに誰かが座ることはめっきりと減った。
特に乾杯もせず、小さくいただきますをして食事開始。
ぽつりぽつりと今日の出来事を話す彼に耳を傾ける。
逆に何か聞かれれば、ちょっとユーモアを交えて返す。
おざなりにしたり、ぼんやりしてはいけない。
というより、そんな気にはならない。
これこそが、彼との貴重な時間なのだから。

昔みたいに、過剰に自分を押し付けあったり、無理に相手に求めすぎたりすることは、ほとんどない。
たまに情熱的な夜があれば幸せだ。
つくづく、良い関係を、いい年月を重ねてきたなと思う。

食事は15分ほどで終わり、ワインの便は空になった。
皿を片付け、ちゃちゃっと洗う。

テーブルには、ふた口ほど残ったワイングラスが1つだけ乗っている。

「あ〜、やっとひと心地ついたぁ〜」

言いながら彼は、上半身を横向きに倒した。
俺はソファから下り、彼の傍へ寄って、ラグの上で片膝を立てて胡坐をかいた。
ちょっと屈めば、視線は彼と同じだ。
頭の近くに肘を着き、軽く髪を梳くと、彼はうっとりと目を閉じた。
ようく見れば、目尻にはうっすらと笑い皺がある。
それも今の彼の魅力のひとつだ。
だが、この距離でなければ気付くまい。
彼は童顔だ。
本人は、この歳で若く見られるのはマイナスだと言うが、それが彼のキャリアを邪魔したことはないのだから、
いいんじゃないかと思う。

だらりと投げ出していた腕がゆっくり持ち上がって、俺の手の動きを止めた。
そして、ぎゅっと指先を握り、自分の頬に押さえつけた。

彼がゆっくり自分をリセットしているのがわかる。

彼は、俺の指が好きなのだそうだ。
どうかどういうふうに?と訊いたら、全部だと。
いまだに俺は、彼の言葉にキュンとする。
おめでたい奴、と思われようが構わない。
どうだ、幸せ者だろう!と自慢したいくらいだ。

「グラス取って」
「飲むのか?もうぬるいぞ」
「いいの」

言われた通りに渡すと、気だるげに起き上がって、唇をつけ、傾けた。

「ぅ、ぬっる・・・」

ほーら、言わんこっちゃない、なんて無粋なことは言わない。
眉間に皺を寄せた彼の手から、グラスを受け取り、テーブルに戻し、彼の横に座った。

すると、彼が俺の肩に、頭を預けてきた。
俺は、鼻先を彼の髪に埋め軽くくすぐった。
彼は小さく笑い、ふぅ・・・と、溜息を吐いた。

見よ!
この甘えっぷりを!!
どうだ!
この甘えられっぷり!
ん十年を経て、漸く俺はここまで辿り着いたのだ!

近年、何度そう心の中で雄叫びをあげたことだろう。
幸せすぎて、泣きたくなることすらある。

彼が俺の指に自分のそれを絡めてきた。
俺は優しく握り返し、言った。

「シャワー、浴びるか?」

彼は、パチリと目を開けて、上目使いに俺を見て答えた。

「一緒に?」

俺は、ニヤリと笑った。



END

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