カレハシラナイ

私は、自負している。

彼が誰よりも“頼りにしている”のは、己であると。

それは決して、成り行きによるものではない。
私が自ら望み、作り上げたものだ。

常に彼のことを慮り、彼を支え、彼の苦しみに寄り添ってきた。
そうすることによって、彼の中での私の地位、立ち居地は確立された。

しかし、どうして自分が彼に対してのみそこまでするのか、そのことについては、
考えたこともなった。

当然、何がしかの見返りを求めていたわけでもない。
ただ、彼にとっての自分が、そうでありたい、と、思っていただけだった。


だが、ある日私は、この自ら作り上げた『立ち位置』というものが、まったく
もって子供じみた自己満足であり、欺瞞であったことを思い知った。


闘いが終結し、それぞれが、それぞれの人生を歩き、暫く経った頃だった。

私はずっと、彼が、ある悩みを抱えていることを知っていた。
それは、我ら五人の仲間のうちの、ある一人との関係についてだ。
奴とのことについて、彼が積極的に相談を持ちかけてくるようなことはなかったが、
それでも、どうにも行き詰まると、彼は私の下を訪れた。

そして私は、愚痴ともつかぬ話を黙って聞く。
それから、端的で簡潔な言葉をかける。

言葉に、嘘はない。
彼に嘘は通じない。

もしも表面的な言葉なぞかけていたら、それこそ、私の『地位』はなかったであろうし、
そんなことをしたならば、築き上げてきたものも、あっという間に瓦解してしまった
ことだろう。
それに私自身、嘘ほど嫌悪するものはない。

だから、彼には、私の本心からの言葉をかける。
それが彼の望みなのだ。


あの時も・・・

同じ

だと、

思っていた。


月日は、流れていたのに。



あの日私は、思わず彼の手を握り締めた。


正確には、彼の左の指先に自分の右手を乗せ、少しだけ力を籠めただけだったが。

何も言わず、耳を傾けたのは、過去と変わりはなかった。


違うのは、彼に触れたこと。


それが今、彼の望んでいることだとわかったから、そうしたまでだ。

それほどまでに、私は彼を理解できていた。


そうなのだ、私が理解しようと努めてきたのは、ずっと“彼について”で・・・。


己を顧みたことは、なかった。

己の想いと、向き合ったことは、なかった。


その瞬間感じたのは、自分の脈か、彼の脈か。



はっと見上げた彼の眼差しの美しさ



随分と経った今でも、忘れることができない。

情けないことだと思う。
致し方ないことだとも、思う。



「お前には、わかっているはずだ」

私があの日かけた言葉。


後悔はしていない。



しかし、彼は知らない。



あの時私が、


その手を離したくないと、苦しいほどに思ったことを。

指に力を籠めながら、このままどこかへ連れ去りたいと、胸が痛くなるほどに
望んでいたことを。



END


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