「なーんか、変な感じ」

うっかり、口をついて出た。

目の前の、見慣れた顔がこちらに視線を向けた。
頬袋をいっぱいにしてモグモグいわせながら。


天気の良い、冬晴れの日曜日。

ちょっと遅めの朝ごはん。


僕は既に食べ終わり、カップに珈琲を注ぎ足して、椅子に座り、テーブルに
肘を突いて手の上に顎を乗せたところだった。

「もが?」

この間抜け面。
口の隙間からレタスがちょろりと覗いている。


ああ・・・智将なのに・・・・・・・・・


“あの”戦いの頃、うんざりするほどに続いた緊迫した日々や、弓を射る時の顔つきは、
まるで彼自身が鋭く尖る武器そのもののようだった、

それでももちろん、僅かな休息の間は、こんな表情を見せたりすることも、あったには
あったけれど。


今じゃ、ほぼ毎日、この“カオ”だ。

平和を実感する、といえばそうだし、・・・・・・嫌いじゃない、し。

そう

“嫌いじゃない”

と、いうか

嫌いじゃない、どころか・・・


桜散る数年前の春には、思ってもみなかった。

あの日僕らは、それぞれの人生を再出発させるために、“家”を出た。
バラバラになって、未来に目を向けて。

もう二度と会うこともないかもしれないと、覚悟までして。


ところが


今年の夏、僕は、彼と・・・羽柴当麻と、付き合うことになった。

それから約半年。


もうすぐクリスマスがやってくる。


まぁ、当麻とは、小田原の家にいた頃から、こっそり、いわゆる“そういう”関係を
もっていた。

それに、バラバラになって、僕が一人、東京に暮らし始めた後も、彼はなんだかんだと
理由をつけては泊まりにきた。
年間のイベントも一緒に過ごしてきたし、相変わらず“そういう”事もした。

そうして数年がずるずると過ぎてしまった。

不満・・・は、特になかった。
ちょっとした喧嘩や、すれ違いは何度もあったけれど、奴との特殊な間柄においては、
そういったことは当然あって然るべきもので、あの性格も何も全部ひっくるめて、
仕方のないものとして認識しいてたから。

ただ、その間僕は、ずっと漠然とした不安は抱え続けていた。
それは、僕ですら気付かないうちに、少しずつ溜まっていって膨らんでいたらしく。

そうして、この夏にキレたのだ。
キレた、というより、突然どうにも抑えられなくなったのだ。

我ながら、驚いた。

それに、随分と長いことかかったものだとも思う。


「もう、いいかげん、いいんじゃない」


僕は言った。

わけもわからず涙が落ちた。

彼は、憤然と叫び、僕はそれに怒鳴り返した。


「俺は・・・っ、俺は、別れるつもりはないからな!」

「何言ってんだよっ、別れるも何も、僕たち、付き合ってすらいないのにっ」


で、付き合うことになったわけ、・・・だが。

不思議なものだ。

日々の過ごし方は、これまでとさほどに変わったところはないにもかかわらず、
何かが変わった。

・・・気がする。

最初にその違和感のようなものを感じたのは、彼の誕生日だった。

数年来繰り返してきたささやかな二人だけのお祝い。
少しだけ豪勢な食事にバースデーケーキ。

それからお決まりの・・・夜。

彼とは何度もシているのに。
彼の頬に触れた瞬間、唐突に、意識した。

僕はこいつと付き合っているのだということを。

そうしたら、これまでの馴れ合いみたいな空気が吹っ飛んで、妙な緊張感が生まれた。
体はいつになく火照り、戸惑うほどに感じてしまった。

たぶんそれは、彼にも通じたし、彼もまた同じだった。

だけれど、僕らはそのことに触れなかった。
朝が来れば、元通りで。
気にする必要のあることとも思えなかったから。


ところが


ところがこうして、今度はクリスマスが近づいてきて、僕はまた思い出した。

こーんな、他愛もない瞬間に。


僕は、この・・・あの、羽柴当麻と

“付き合っている”

と。


夏より前と違うのは、既にある関係の上に乗っかったこの言葉だけ。

なのに、何かが違って。
こんなにも違う。

そのせいで、来たるXデーに向かって、僕の中でまたあの変な緊張が顔を覗かせた。


−−−いや


これは緊張ではないな。

もうちょっとむず痒いものだ。

・・・・・・・・・期待、ってやつ?

へぇー・・・


「ふっ、ふふ・・・っ」

両手に包んだカップの淵に、息を零した。

僕へと不審な目を向けていた当麻は、そしてまた、食べることに専念しはじめた。


僕は、窓の向こう、突き抜けるように澄んだ空へと視線を飛ばした。



END


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