-
男と女と子供(ガキ)
あまりにもショックで、不覚にも次の日には熱を出し寝込んでしまった。
日曜日で助かった。
めったに風邪も引かない僕の、この体調の急変に、同居人は慌てた。
が、その引き金が自分であることには気付いていないらしい。
それもそのはず。
―――あんだけ酔っ払っていたのだから―――
『俺は女と一緒になったつもりはない』
正確には、
「お、おれぇ・・・ぉおりゃあなぁ〜、おぉおんなと、いっひょに、んにゃぁったつもりゃあねぇえええっ!」
だったけれど。
嗚呼・・・っ、この一言が、どれほど深く僕の胸にグッサリ突き刺さったことか。
・・・ただ、僕もそう思った。
それはもう、目から鱗だった。
――――――っ!
確かに!
女が言いそうなセリフだ・・・っ
と。
「当麻はいいね、いつまでも子供みたいで」
女ならこう言うだろう。
『男っていいわね、いつまでも子供でいられて』
・・・・・・大差ないし・・・。
どうして我慢できなかったんだろう。
そこからしてもう、女々しいったらない!
知り合った頃の彼は、子供だったけれど、かなり変わった奴で、他の人とは違っていて、
そこが僕には、ちょっと大人というか、クールに見えた。
そうして、好きかどうかもわからないうちに、彼とそういうことになった。
あんなことができたのは、相当にやけっぱちになっていたとしか思えない。
でもたぶん、憧れ的なものは、根底にあったのだろうと思う。
天空という立場そのままに、どこか冷めた目線でもって、世の中を俯瞰してみている彼に、
あの頃の僕は、憧憬に似た想いを抱いていた。
んだろう、たぶん。
僕も、どちらかといえば、冷めた人間で、斜に構えて物事を捉えるタイプだけれど、
彼はレベルが違った。
ある意味、ぶっ飛んでいる。
自分には到底なれない存在。
その彼に、思いがけず、想いを告げられた。
戦いが終わって数年後のことだった。
熱っぽい瞳で、震える指先で僕の頬に触れながら。
お前を忘れられない。
お前でないとだめなんだ。
他の誰でもなく、お前・・・毛利伸がいい。
こんな情熱的な告白、少なくとも僕は、したことがなかった。
それよりも、男に告られて、これ以上ないほどに驚いた。
でもそれ以上に、自分でも驚くほどに、嬉しかった。
そこで漸く、僕は彼を、今まで好きと思ってきた人たちとは別格に、好きだったことに
気がついた。
とてもまともとはいえない恋愛。
けれど、それでも僕は、なんとか自分自身とも世の中とも折り合いをつけ、この男と
生きていくことに決めた。
当然、予想はしていたし、覚悟もあった。
“好き”なんて感情は、一生涯続くもんなんかじゃない、ってこと。
二人ともが男であるという現実が、そこにどう影響してくるのか、さんざ想像してみたり
もした。
愛情は変化する。
それは間違いなかった。
二人きりの生活は、それまで見えなかった部分を次々と明らかにした。
となれば必然、相手も自分も変わらざるを得なくなる。
変化、許容、諦め。
でも、その全てを受け入れられるわけではない。
反発だってするし、拒否もする。
そう、こんなことをうだうだと考えること自体、僕が“考えるようになった”のかも
しれないし。
そして僕のそんなところが、当麻には我慢できなかったのだろうか。
これじゃあ、“毛利伸”を選んだ意味がない、と?
『女と一緒になったつもりはない』
ってつまり、
僕が“女”みたいだってことだろう?
そんな僕に幻滅した、がっかりした、ってことだろう?
別に、女性蔑視や男尊女卑の思想があるわけではない。
でもやっぱり、そう言われれば、男としてはショックだし、悔しい。
自分では気付いてないだけで、もしかして昔より、なよっちくなっちゃったとか?!
だとしたら、非常にマズイ。
ていうか、ヤだ。
もし僕が、本当にそんな風に変わってしまったのだとしたら、その原因は・・・、
あえていうならば、だ、もしかしたら、だけれども、体の・・・彼とのアレの関係が、
影響を及ぼしているのかもしれない、と、言えないこともないかもしれない。
そんな風には思いたくないけれど、彼とのときは、ずっとそういう位置(?)関係
だったから、自分でも知らないうちに、徐々に、考え方や、物事の捉え方まで、
ひいては、仕草ひとつまでも、女っぽくなっちゃったとか?
でえええええええっ?!
イヤだ!
困るっ!
そんなの・・・っそんな〜っっ
じゃあ、それを解決するにはどうしたらいい?
・・・・・・・・・やっぱり、・・・・・・そういうこと、に、なる、の、か・・・?
まー・・・僕は構わないけど、当麻は絶っっっ対に、嫌がるだろうな。
断じて受け入れることはない。
いろんな意味で。
昔一度ほのめかした時には、思い出すだけでげんなりするほどの反応を返してきた。
それで僕は諦めたのだ。
まー、もー、いいや、と。
で、そっちの道が閉ざされたとなったならば、あとはもう、残された先はひとつだ。
でも・・・本当にそこまでのことか?
と、思えば、そうでもない気がする・・・。
あの言葉に、泣きそうなくらい傷ついたのは本当。
泣いたらそれこそ女みたいだと思ったから、とどまっただけのことで。
けど、だからといって、これで、彼と別れる別れないの話になるのは、大袈裟なん
じゃないか?
って気がする。
コココと軽いノックに続いてドアの開く音がした。
だいじょぶかぁ?
おずおずと掛けてくる声。
被った毛布の隙間から覗けば、僕よりもよほど酷い顔色の男が、猫背で立っている。
しゃんと立てば、もっと格好いいのに・・・。
そして明らかに・・・二日酔いだ。
他の面々と共同生活をしていた頃から、彼はかなり自分勝手だった。
というか、行動の読めない部分が、多々あった。
ところが実は、彼の場合、それは、ただの身勝手なのではないことが判明した。
彼は自分をコントロールするのが苦手なのだ。
・・・他人をコントロールすることには長けているのに。(ある程度の反発は食らうものの)
要は、まー、ある部分において、すっごく子供ってことなんだけど・・・。
この点は、彼と二人、こうして暮らしてみて理解したことのひとつかもしれない。
男は総じて、子供っぽいところを残したまま大人になるが、当麻の場合、その発現がまた、
えらく極端なのだ。
そして僕は、それを、可愛い、と思うこともある。
反対に、ものすごく腹立たしく感じる時もある。
おそらく、自分はそうなりきれないがためだろう。
だって仕方がない。
相方がああだと、自然片割れは、どうしたって、それを抑える役目を担うことになる。
で、昨晩の僕は、ベロベロの彼をどう感じたか。
前述の、後者だった。
それで、僻みやっかみ含めて、ついチクリと言ってしまったわけだが・・・
そうしたら、ああ返されて・・・
君、昨日、自分が何言ったか覚えてる?
喉まで出かかったものを、唾と一緒に飲み込んだ。
そんな風に蒸し返すのも、すごく女々しい。
あー酒臭い。
これを言うのも、女みたい?
愕然とした。
僕の発する言葉は、なにもかも、こんな感じで、どこぞの女と同じなのだろうか?
いかん・・・
また自分で自分が嫌になる。
そんな風に思う自分もイヤだし!
ずぶずぶ沈んでゆくこの感覚に酔ってしまいそうな自分にもムカつく!
「くっそぉ・・・っ」
「えっ!えっ?なにっ?どしたっ?」
毛布を跳ね除け、二日酔いの男に詰め寄り、
お前が全部悪い!!
と、胸倉を掴んで
やりたい!
が、
ここは、ぐっと、我慢だ、我慢・・・っ!
と、
ベッドの足元がちょっと傾いた。
ぅう・・・っ、日本酒か・・・
だから、日本酒はほどほどにしろ、っていつも・・・
「・・・・・・・・・」
なんか言えよっ
言うことあんだろっ
・・・・・・って、覚えてないんだから、言いようもないか・・・
「水、飲むか?」
・・・・・・・・・
「食欲は?」
・・・・・・・・・「当麻は・・・?」
「え?」
「なんか、食べた?」
うわっ、僕、キモっ!キモくないっ?!
こうして、食事の心配なんかして、まったく女房気取りか、お袋かよっ。
男は、胃袋で掴めって?
この二日酔いで、食べれるわけがないだろが。
そんなこと、わかっていて訊くなんて。
・・・・・・これって、ほんとに、彼との関係によって僕が女々しくなったせいなのか。
それとも、僕生来の捻た性格によるものなのか・・・。
・・・・・・・・・え、どっちなんだ??
ベッドが僅かに揺れて、酒の残り香がまた少し強くなった。
それから、横を向いている僕の、上になった肩に軽い重みを感じた。
大きくて暖かな手がゆっくり動く。
もお、心配性なんだよなー・・・。
こと、僕のことに関してのみ。
僕はその手を引き止め、毛布の中に招き入れた。
そして・・・
「ガっ!」
思いっっっ切り、噛み付いてやった。
「ぃっでぇえええええっっ!ぅがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーっっ」
叫んだ拍子に、頭の中でもヘヴィメタバンドがベッドバンギングしながら雄叫びを
あげたのだろう。
彼は頭を抱え、もんどりうって、床に転げた。
きひっ
「っ−−−ぁあっっに、すっだよぉおおおっっぁがっぅおおおおおっ」
ぷふふふふ
オモロイ奴。
少なくとも、こっちから別れを切り出すつもりはない。
今のところ。
むこうからはっきり別れたい!と言われない限りは、何があっても別れるもんか。
今のところ、僕はそう思っている。
そして確信もしている。
言動が女々しかろうが、考えがうじうじしてようが、当麻が僕に愛想をつかすことはない、と。
傲慢だけれど、僕の、彼からの愛されっぷりは、尋常じゃないのだ。
それはもう、遼を溺愛する僕よりも、遥かに深く桁違いに濃い。
以前は、この思い上がりは、そのうちに手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないと怯えて
いたりもしたが、そのうちに馬鹿馬鹿しくなった。
なんでかわからないけど、当麻は、僕を盲目的に崇めるがごとくに愛している。
女と一緒になったつもりはない?
ああそうだろうね。
男はぺたんと床に座り込み、歯型のついた小指の下を涙目で眺め、ぶつぶつボヤいている。
「・・・ったく、いつまで経ってもガキみたいなことしやがって・・・〜っ」
とかなんとか。
たぶん、これは、こうして二人の生活をしてみて、僕について彼が知り得たことのひとつに
違いない。
そう、君が選んで望んで一緒になったのは、こういう毛利伸なんだよ。
ふふふんっ!
ガキで結構!
だって男はいつまでもガキなのだから。
END
屋根裏部屋の入り口へモドル
文章部屋の目次へモドル
リビングへモドル
ニッキへモドル