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謎
随分昔のことだが、伸がこんなことを言ったことがある。
「まったく、どうして君は・・・、僕にこれほど執着するんだろうね・・・」
別に質問だったわけじゃないだろう。
だが俺は答えた。
「・・・さぁなぁ・・・、俺にもわからん」
「ぷっ、それじゃあ答えになってないよ」
「だな。・・・じゃあ、お前はどうして、俺を受け入れ続けてるんだ?」
「・・・さぁねぇ・・・、僕にもわからん」
「ぷっ、パクってんじゃねぇよ」
俺たちは笑った。
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風呂上がりの伸が、台所で水を飲んでいる。
その何気ない動作、立ち姿に、俺は突然欲情した。
水を嚥下する喉仏がくっきりと浮き出て。
ほのかに赤みを帯びた首筋に、耳の後ろから、汗の玉が、つと流れ落ちた。
俺の視線は、そこから上へ巡った。
ふっくりとした耳たぶ、すっとした顎の線、そして、艶やかな唇へと。
グラス一杯を飲み終わり、彼がふうと息を零した時には、既に俺は彼の後ろを取っていた。
「―――えっ?ちょ・・・っ」
グラスがシンクに転がった。
割れなくてよかった。
前に触れた俺の腕を、伸が掴んだ。
伸は、最初、必ず抵抗する。
ほんの僅かであるけれども、必ずだ。
それが、本心による拒絶を表しているのか、身体的な反射なのかはわからない。
どちらでも有り得るし、どちらとも言えるだろう。
そうだ・・・
彼を初めて抱いたのも、キッチンだった・・・。
柳生の家の。
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他の奴等は皆出払っていた。
ナスティと征士は、純を連れて買い出し。
遼と秀は、白炎を連れて散歩。
戦の合間の、ほのぼのとした優しい時間。
伸は台所に立ち、昼食だか、おやつだかの準備をしていた。
キッチンは、リビング・ダイニングとは壁で隔てられており、
廊下に面した扉のない半間の入口と、奥に小さな窓があるだけの、
細長い小部屋といった感じだった。
遅く起きてくる俺の朝食は、ダイニングのテーブルの上だ。
食材と格闘している彼には挨拶もせず席に着き、冷めたそれを黙々と平らげた。
歯を磨き、雑誌を片手に、リビングのソファに腰かけた。
ここまでは、いつも通りだった。
幾日か続いている日常。
だが何故か、追う文字が頭に入ってこない。
俺は少し苛ついた。
その時ふと、先ほど見かけた、手元に集中する彼の姿が思い浮かんだ。
あいつ、まだ、あそこに立っているんだろうか・・・
音は何も聞こえない。
随分と静かだな・・・・・・
俺は立ち上がった。
伸は、まだいた。
真剣な面持ちで、台に置いてある紙切れとにらめっこをしている。
この日、まだ春と言える季節ながら、立夏は過ぎ、細長い小部屋の温度は、
やたら場所を食っている冷蔵庫のせいもあるだろう、たぶん他より暑いのだ。
彼の首には、薄っすらと汗が滲んでいて、逆光に淡い光を放っていた。
換気扇の回る、ブーンという音が耳障りで。
彼はこちらも見ずに言った。
「ああ起きたんだ。おはよう」
もちろん、もうおはよう、などという時間ではない。
そして、敏い彼が、今、俺に気付いたなんてことも、あろうはずがない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
俺は驚いていた。
自分の
体が―――
反応していたから。
「わっ!ちょっ・・・、えッ・・・?!と、ぉ、ま――――――っっ!」
この時の抵抗は、明らかに拒絶だった。
必死に、俺の手を振りほどこうとした。
ただ、あまりの衝撃からか、言葉はほとんど出なかった。
伸も
俺も
無言の攻防
ところが、伸は、途中で抵抗を止めた。
息が、上がっていた。
我武者羅だった。
なかなか貫けなくて、その辺に出ていたオリーブオイルを使ったのと、
終わった後に、キッチンタオルを使って拭ったのは覚えている。
それと、彼の味を。
昼食は、14時近く、全員でとった。
彼の動きは僅かにぎこちなく、顔色は少し悪かったが、浮かべている微笑は
いつも通りだった。
それから俺は、伸を注視するようになった。
手首でも切られたら堪らないと思ったからだ。
彼にはそういう危うさがあった。
・・・いいや
あると思っていた。
そうしていながら、隙を見ては、俺は彼に手を出し続けた。
二度目以降、彼はほとんど抗わなくなった。
しかし、ほんの少し残った、俺を押しとどめようとするその反応が、
いまだに俺を奮わせるのだとは、気づいているだろうか。
俺が彼に飽きることはなく、彼も俺から逃げなかった。
戦いが終わり、彼の住処に入り浸るようになっても。
突然に大荷物を送りつけ、住みつくようになっても。
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伸がシンクの端に両手をついて息を継ぐ。
俺は、片腕で彼の腰を支え、もう片方を彼の手に重ねて、彼の首元に鼻先を擦りつけ
荒い息を抑えるように呼吸しつつ、ゆ・・・っくりと、果てた己を引き抜いた。
彼の口から、安堵の細い声が吐き出された。
床に快楽の証が零れている。
キッチンタオルを数枚使って、それぞれの体と、床を拭った。
それから俺たちは、改めて向かい合い、もう一度軽くキスをして、苦笑した。
「なんだか・・・久しぶりに、燃えちゃった」
「すんごくヨカッタ、伸」
「ふふっ。あーあ、でも、またお風呂入んなきゃ」
「ごゆっくり、どうぞ」
「・・・君は、」
「は?」
「一緒に入んないの?」
「へ、、、ええっ?」
「だってほら、二度目は、風呂場だったろ?」
なんだなんだ、この表情
なんて・・・、なんて、艶(なま)めかしい
嗚呼・・・・・・・・・!
そうか!
そういうことだったのか!
END
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