-
ショートした。
これは・・・、いったい、なんなんだ???
僕には友人がいた。
ごく普通、というには、ちょっとはばかられるけれども、それでも、友人のうちの一人だった。
たまに会い、くだらない話や、昔話に花を咲かせつつ、酒を酌み交わす。
そして、ごくたまに、寝る。
ただ、そのことだって、僕にとっては、さして特別と思えることでもなかった。
何故なら、それは、ある意味、生活上のルーティンになっていたからだ。
10代の頃から続いているそれには、もう罪悪感も、背徳感も、さほどに感じない。
溜まってきたし、女とはちょっと飽きてきたから、そろそろまたやる?くらいなもんで。
で、それは、あっちも同じだと、思ってた。
ある時までは。
「俺、男は、お前だけだから」
あー、そう。
そうか、なるほど、確かに言われてみれば、僕も男は、君以外とはしたことなかったな。
で?
だから何?
「考えてみてくれ」
いったい何をだよ?
だって、このセリフ、おかしくないか?
『男はお前だけ』
だから?
じゃあ、女はどうなんだよ?
それって、お互いこれまで通り、ってことだろう?
それで何を考えろっていうんだ。
・・・・・・・・・いや、彼の言わんとしていること、本当は、わかっている。
ウンザリするほど、僕には彼がわかる。
たぶん・・・
緊張し過ぎて言葉がとっ散らかったに違いない。
とっ散らかったうえに、省略し過ぎたのだ。
“今までみたいな、ボンヤリずるずるした関係じゃなくて、本気で、そういう意味で付き合いたい”
“覚悟を決めて、これからの人生、二人で歩んで行こう”
“女とも遊ばないから”
って、ことなんだろう。
最近会う時の、僅かに緊迫した空気で、予想はついてた。
時期にくる、と。
僕自身、まぁそろそろ潮時、というか、諦め時というか、そんな気はしてたし。
「じゃあ・・・、いつから一緒に暮らす?」
「えっ?!あ、え、そ、それは・・・っ、も、も少し待ってくれ」
「いいよ、わかった。都合良くなったら言って」
「・・・・・・わかった。さんきゅ」
「どういたしまして」
で、半年が過ぎた。
生活は、ほとんど変わらない。
僕は会社にお仕事へ。
当麻は自宅兼オフィスでお仕事を。
そして、たまに夜、待ち合わせして、食事して、飲んで、どっちかのマンションへ移動して、セックスする。
一応あれから、お互い女とはやってないから、頻度は前より若干増えた。
これが僕等流の“真面目なお付き合い”だ。
今夜も、そんな夜になる。
今日の待ち合わせは、ごくごくありふれた居酒屋。行きつけの内の一軒だ。
広くもなく、狭すぎず、適度に席は埋まり、学生のバカ騒ぎのない、程よい五月蝿さ。
当麻よりも先に到着した僕は、4人席の一つに荷物を置き、腰かけ、ビールを頼むと、いつもの癖でざっと店内を見回した。
カウンターに、女の一人飲みの後ろ姿があった。
その背中に寂しさは感じられず、むしろ、格好いいな・・・と、思った。
背筋はすっと伸び、高いヒールに上等のスーツを着こなして、庶民派居酒屋で飲む女。
後ろ姿美人ってやつ?
なんか、渋いじゃん。
と、チリリンという音と、引き戸の開くガラガラっという音がして、振り向くと、彼が片手をあげた。
「待ったか?」 手ぶらな彼は、上着だけを横の椅子に掛け、その標準越えの体躯を折り曲げるようにして、ちょっと乱暴に座った。
「今来た」
「そっか、あ、俺、ビール。お前は」
「先、頼んだ」
「そっか。えーと、じゃあ、あと・・・枝豆と、湯豆腐と、出汁巻卵と・・・なんにする?」
「ナンコツ揚げと、モツ煮と、漬物盛り合わせ」
「じゃ、それで」
店員は、愛想よく伝票を置いて次の客の対応に向かった。
「忙しい?」
「変わらず、だ。伸は?」
「やっと、こないだのプロジェクトが取れて、ひと段落、ってとこ」
「そうか、よかったな」
「まーね」
何かある。
同時にビールがきて、乾杯もせずに口を付ける。
僕はじっと彼を見た。
彼も、ジョッキを傾けながら、僕を窺った。
何を企んでる?
そろそろなのか?
“一緒に暮らそう”
こうした腹の読み合いは、嫌いじゃない。
次々と、料理がテーブルの上に並ぶ。
「はい」
箸を渡す。
「ん」
受け取る。
それからは、微妙な含みをもたせつつ、とはいえ、はた目には、至って普通な会話が続いた。
飲み、食い、笑う。
当麻といるのは、正直とても心地いい。
僕のビールは3杯目半ば、当麻はお湯割り芋焼酎の2杯目に入った。
追加で、焼きししゃもと、イカの一夜干しを頼んだ。
彼が、ちびりと、グラスを舐めた。
来る。
「あー・・・、あの・・・」
何をそんなに渋ってるんだ?
それに、完全に目が泳いでいる。
こんな当麻は珍しい。
僕は、興味津々で、続きを待った。
「あの、・・・・・・っ、おいっ!」
「――――――っっ?!?!」
まさかそうくるとは思わず。
あまりにビックリして、尻が椅子から浮き、枝豆の粒が飛び出して、湯豆腐の器に落ちた。
他の客に迷惑になるほどの声量でもなく、低い声ではあるが、後ろの席や、近くのカウンターにいる客には聞こえただろう。
数人がギクリとした。
彼の眉間には、縦皺が。
と・・・・・・・・・・・・
「あっらー、バレちゃった〜?」
カウンターの女が、湯気のあがるグラスを片手に立ちあがりながらこちらを向いた。
一目瞭然だった。
だって、ソックリ。
父親似だって、言ってたじゃないか・・・。
彼女は、当然のように、そして、颯爽と、彼の隣に腰かけた。
彼の上着の上に自分のコートを掛け、バッグを背に挟んで。
満面の笑顔に、息子と同じグラスを掲げている。
「はじめまして!あなたが・・・、毛利
伸さんね?」
「ぁ・・・、え、は、はい、はじ、め・・・まして」
自分で自分が何を言っているのか、実は全然聞こえていなかった。
頭の中は、真っ白で・・・、耳の奥にこだまする女性の声も、理解はできても、なんだか現実じゃないような。
「いつもうちのアホ息子がお世話になってます〜っ、って、ほーらっ、ちょっと、当麻くんっ」
彼女は、肘で彼の横腹を突いた。
当麻は、憮然として呟いた。
「伸、これ・・・、俺の・・・オカンや・・・」
「もーっ、なによ〜っ、親に対して“コレ”って、ねえ?ひっどい息子でしょー」
「は、ははは・・・っ」
こ、こんな・・・・・・・・・
こんな紹介のされ方ってあるっ!?
何の準備もなく、心構えもできず。
しかも、こんな場所で。
ビール3杯目だし!
違う話題を切り出されると思ってたから、思いっきり、気を抜いて、馬鹿笑いしてたし!
・・・・・・・・・し、し、信じらんないっ!
が、その後、混乱した酔っぱらいの僕と上機嫌当麻母の会話は、和気あいあいと進んだ。
当麻を置き去りにして。
「じゃっ、そろそろ失礼するわ〜。伸君、こんなしょーもなーアホ息子だけど、これからもどうか見捨てないでやってネ〜?」
「えっ?ええ、はいっ、も、もちろんっ。こちらこそ、宜しくお願いしますっ」
「ふふふふっ、あーっっ、嬉しいっ、楽し美味しいお酒だったわ〜、んじゃ、まーたねぇ〜!大将、ごちそうさまー」
「へいっ、あざっしたー!」
僕等のテーブルには、いつの間にか万札が置かれていた。
「・・・俺には、挨拶もないんかい・・・」
「て、ゆーか、言っとけよ。心臓破れるかと思っただろ」
「騙された・・・」
「は?だま・・・??」
「や・・・も、それは、ええわ。でもお前、あいつと仲良ぉ話してたやん」
「・・・“あいつ”、って・・・、・・・いいお母さんじゃん。・・・ぷっ、そっくりでさ」
思い出し笑いをした僕に、当麻は恨めしそうな視線を投げてよこし、盛大な溜息を吐いて、皿の片付いたテーブルに突っ伏した。
湯呑が揺れ、ほうじ茶の香りが立った。
「どうした?」
「あああっもーーーぉっ・・・っ、俺の計画台無しや・・・っ」
「計画?何の?」
「今日・・・、やっっっと、言おう思ぅてたのに・・・」
自分の腕の中で、ごにょごにょ言う。
半べそかいて。
まったくいい年して・・・。
あー・・・・・・・・・本当に・・・・・・・・・・・・
可愛い奴なんだからもぉっ!
「ふんふん、なるほど。じゃあ、やっと決心したわけだ?」
僕の今夜の予想は当たっていたわけだ。
と、いうことで、僕等は、どっちのマンションを引き払うかで、また半年を要することになった。
END
屋根裏部屋の入り口へモドル
文章部屋の目次へモドル
リビングへモドル
ニッキへモドル