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社員Aによる考察
この、最先端IT企業、代表取締役である男は、まさに時代の寵児とも言える人物だ。
新聞、雑誌、テレビに取り上げられることも1度や2度じゃない。
海外企業からの講演依頼も、引きも切らず。
それはただ単に、彼が一代にして巨万の富を築き上げた、というだけではなかった。
写真や映像に耐えうる外見も、彼が注目される要因のひとつといえよう。
そう、見てくれも良いのである。
つまり、彼は、全てにおいて、飛びぬけた存在なのだ。
となれば、一般ピーが行き着く話題は自ずと決まってくる。
その日本を代表するスーパーマンを射止める、超超超ラッキーな女性は誰か!
という、まあ、非常にありがちで、下世話な話題だ。
しかし、ここまで有名であるにも関らず、彼のプライベートはほとんど謎だった。
報道規制でもかけられているのでは・・・と思うほどに。
ただ、そうはいっても、恋人と呼べる人物がいることは、誰もが知るところではあった。
しかも、そのお相手との付き合いは、尋常でなく長い、らしい。
そのうえ、超一流企業に勤めており、料理の腕は玄人はだし、さらに、美人で可愛い、
とのこと。(これは社長本人談)
なのに、この人も羨むお相手の正体が、いまだにわからない。
社長が住んでいるマンションはもちろん既にわれている。
が、彼本人が開発した最新のセキュリティを完備した建物内を探ることは不可能だった。
また、張り込みをしたところで、それも無意味だ。
ここの住人は、皆、桁外れな金持ちであると同時に、プライベートを重視する口の堅い
人間のみが、住む資格を得ることができ、もしも、その規約を破ろうものなら、途轍も
ない制裁が待ち受けていると、もっぱらなのだ。
そこで、彼を取り巻く人々は、疑いを持った。
超一流企業に勤めているというのも、美人且つ可愛い外見というのも、自分たちを撹乱
させるための、嘘なのではないか、と。
唯一つ、社長の証言が本当であると認めざるを得ないのは、料理の腕前だけだ。
何故なら、彼の昼食は、ほぼ毎日手作り弁当だから。
元々、大食漢であるにもかかわらず、恐ろしいほどの偏食だったらしい社長。
だが、そのお相手の、血の滲むような(?)献身的教育によって、今では雑食になったという。
ただ、ちょっと気を抜くと、すぐに、何日も食事をとらなかったり、同じもの食べ続け
たりするため、せめて昼は・・・、と、弁当を押し付けられるのだと、本人は言っていた。
愚痴のように聞こえるが、その顔は、だらけきっている。
・・・そう、彼は、メロメロなのである。
というか、彼らはどうやら、長い長い付き合いにもかかわらず、いまだにラブラブなのである。
でなければ、こんなに毎日のように、弁当を作ってくれるだろうか。
あの見た目にも美しいバランスのとれた弁当だるや!
ついつい茶色と白のツートンカラーになりがちな箱の中身はしかし、いかにも手作りという
感覚を残しつつも、いつも彩りが素晴らしい。
もちろん、プロによる“やらせ”の可能性も否定しきれないが、でも、あの弁当を前にしての
デレデレっぷりは、芝居ではない、と、誰もが口を揃えた。
冷凍食品は使わない、というのが、その方のモットーだと、聞いたこともある。
そうして、一年のうちで、その社長のデレっデレっぷりが、さらに上を行く数日のうちの1日が、
今年もやってきた。
Valentine's
Dayだ。
「あ、社長、今日はデザート付ですか!」
この会社のいいところは、非常にフランクなところである。
上下関係がないわけではないが、社長自身が堅苦しいことを好まないせいもあり、社内の雰囲気は
いたってフレンドリーだ。
「おおっ、せやねん。気付いたか〜?」
「ええ、そりゃあ」
だって弁当箱の数が多い。
しかもひとつだけ、紙製だし。
シンプルな箱だが、入っているであろう中身は間違えようがない。
「チョコ、ですか?」
社長の顔に、にまぁ〜と、笑みが広がった。
「なんや録画しとったTVでやってたらしくてな。丁度うちにも同じ材料残っとるからて、
即効で作りよってん」
「もう試食はされたんですか?」
親指を立てつつ、蓋を開ける。
なるほど、やっぱりあれか。
それなら自分も観た。
確かに簡単で美味しそうではあったが、だからといって自分は作ろうとは思わなかった。
「美味しそうですねーっ」
「あいつなりにアレンジ加えたらしいけどな」
「へえーっ、スゴイですね!」
「食うてみるか?」
待ってましたーーーっ!
この機会を!
「ええっ、いいんですかぁ?せっかく・・・」
「あー、ええねんええねん。家にもまだ仰山あるよって」
「そうなんですか、いいですねー。じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
差し出された箱に指を入れる。
外された箱の蓋裏には、保冷材がテープでとめてあった。
なんて気の利く人だ。
社長は、既に二個目を口に放り込んでいた。
半分齧る。
―――――――――っ!!!
ン、ンマイ!!!
「どや?美味いやろ?」
「お、おいひぃれふぅ〜〜〜っ」
ん?
けど、あの番組では、ブランデーなんか入れてなかったはずでは?
ああ、そうか、お子様でも・・・って言ってたからか・・・。
けど、どっちにせよこれは美味い!
絶妙な甘さと苦さ。
幸せが口の中から全身へと染み渡ってゆく!
自分にはもうあと半分しかないのが惜しいけれど、残りも口に放り込んだ。
「めっひゃめひゃおいひーれしゅ〜っ!」
社長はご満悦で頷いている。
「ほーか、ほーか」
ああっ、自分は今年、ついている。
毎年こうやって社長のご相伴にあずかれるのは、たったの一人。
それも運が良ければ、の話だ。
たまたま、昼時に、社長室に呼ばれない限り、例の謎の恋人のお手製チョコを食することは
できない。
と、社長の机に、ファイルが投げ出された。
「で、これ。新しいソフトの件だが、構想はいいが、設計のU−A6からやり直しだ」
こんなのは日常茶飯事だ。
もちろんちょっとはショックだが、美味しいチョコのおかげもあって、気分は悪くない。
「了解です!チョコ、ご馳走様でした」
頭を下げて退出する。
料理上手で才色兼備、眉目秀麗な、長い付き合いの彼女・・・かぁ。
そんな完璧な彼女、本当にこの世に存在するのなら、是非ともお会いしてみたいものだ。
それに、何故、そこまでラブラブなのに、結婚はしないのだろう?
付き合いが長すぎて、そういう気分ではなくなってしまったのか。
それとも、そういう主義なのか。
これは、長らく社員のみならず、世間共通の疑問であったが、しかしそれを口に出す者は、
これまで存在しなかった。
言ったが最後、この世から一切の痕跡も残さず抹殺される。
なんてことはない(と思う)けれど、なんとなく、この憎めない社長の、大事な秘密を、
あえて傷つけてまで暴こうという気にならないのだ。
それならそれでいいじゃないか、と。
そう思わせる何かが彼にはあった。
ただ、候補者も全くいない、というわけではないのだ。
これまで、幾人もの女性達の名があがったのは事実だ。
しかし、そのほとんどは様々な条件により淘汰され、現在は2名までに絞られている。
先ず、そのうちのひとり。
年上の、髪の長いハーフかクォーターの超絶美人。
仕事関係の人物でないことは明らかなので、おそらく学生時代からの知り合いと思われる。
二人で外食しているところを、偶然見かけた社員がいた。
わかり得る限りで調べたところ、彼女は、我が国の有名企業も多数参画・出資している、
大きな国際研究機関に勤めている。
また、かのマンションに入っていくところも、一度報道機関にスクープされたことがある。
(ただし、すぐに揉み消されて社会には出なかったが)
当初はこの人物こそがビンゴだろうと、みなされていた。
ところが、そこに思わぬ候補者が現れた。
こちらは、本来ならば、早々に淘汰されていて然るべき存在なのかもしれない。
にもかかわらず、何故かいまだに有力候補として残っているのである。
何を隠そう、自分も、この候補者ならば見たことがある。
というか、本社勤務の者は、ほぼ全員知っているだろう。
(社内の情報伝達のスピードと精度は、他社よりも優れていると自負している。)
そう、その人は以前、一度だけ、ここに来たことがあるのだ。
社長が、社外との重要な会議の資料を忘れたときに、それを届けにきてくれた人物、
それがこの第二候補者だ。
顔は、目立つほどではないが、確かに整ってはいた。
可愛らしい、と言ってもいい。
この人物も社長より年上だそうだなのだが、そうは見えない。
日本有数の大企業に勤めており、社長との付き合いは、相当長いらしい。
そして、我々が、この人物を候補に入れるにいたった引き金、それは・・・
それはその時、社長に手渡されたバッグ、の、幅、だった。
書類のみとは思われない厚みだったのだ。
その幅から見るに、もしかしたら、いつもの弁当が入っているのではないか、と・・・。
果たして、社長が机の上に出した物は・・・
予想は裏切られなかった。
一流企業の社員で、見た目麗しく、付き合いも長く、例の弁当を持ってきた。
こうなれば、もう、ほぼほぼ決まりだろっ!
社内は色めき発った。
そうかっ、これか!この人物がそうなのか!と。
が。
皆、肝心なところを忘れていた。
社長のもとを訪れたその人物は・・・
男
だった。
しかも、にこやかな顔に冷たい怒りの炎を滾らせて、我が社の社長を、その一睨みで、
平身低頭させた。
スゲー!
いや、もちろん、男だから違うとか、ダメとか、そういうことを言うつもりはない。
今時、特に、うちのような、体質の古くない実力主義の企業で働く面々は、あまりそういう
ことにはこだわらない。
実際カミングアウトしている社員もいるが、イジメじみた実態はないし。
けれども、社長は同性愛者ではない、というのが、社内外での統一見解だ。
その証拠に、うちの社員にも、そこそこ見た目のいい男子社員はいるが、言い寄られたことも、
おさわりされたこともない。
また、社外でそのような素振りをみせたこともない。
そんなだったら、とっくに雑誌ネタにされていただろうし。
だから、カレは、きっと、社長の大の親友で、ただたまたま頼まれて、あの荷物を持ってきた
だけなんじゃないか、という意見も根強く残っているのだ。
それになんせ、先の候補者に比べれば、見た目は若干地味であることは否めないし、いたって
ごく普通のサラリーマン、っちゃあ、普通のサラリーマンで。
どこかですれ違っても、もしかしたら気付かないかもしれない。
で、結局、そんなこんな決定打のないまま、現在に至るわけである。
返されたファイルを手に社長室を後にすると、他の社員が、わらわらと近寄ってきた。
もちろん、話題は、先ほどガラス張りの向こうで自分が頬張っていたものについてだ。
美味かったか?
もちろん、涙が出るほど美味しかった。
羨望の眼差しが注がれる。
本当に手作りなのか?
店のものではないのか?
こないだTVでやってたやつに、ちょっとアレンジしたやつだったから、手作りであろうことに、
疑いの余地はない。
そこで一気に感嘆の声があがる。
おおおっ!
そうして今年もまた、どちらが本当の社長の恋人なのかと、喧々諤々の討議が始まるのだ。
「え?まだ言ってないの?」
「おう」
「もう、いいって言ったのに。彼女にも迷惑だろ?いつまでも君の候補者なんかにされてさ」
「俺なんかの・・・て・・・あんなー・・・。・・・けどま、えーねんえーねん。彼女も、あいつらも、
あれでそこそこ楽しんでねやから」
「えー?そう・・・なの?・・・でもさ、ほら、こないだ書類と弁当持ってってやったじゃん?
あれでバレたんじゃないの?」
「やー、あいつら、自分達の頭は柔軟や思ってるけど、まだまだやらなー」
「ふーん・・・」
「けど!あん時の・・・、俺がお前を見る目に気付いとったら、モロバレやったと思うねんけどなっ」
「・・・・・・・・・はいはい」
「あーっ、また馬鹿にしとっやろ!」
「してないよ」
「いーや、しとった!」
「じゃあ、はいはい、してました」
「んにゃろーっ、お仕置きしたるーっ」
「うわぁーーーっ、やめろ・・・って、どアホぉ〜っ!」
END
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