そして、だから、


「どうした・・・?眠れないのか?」

伸は 時々、夜中に起きて、一人ぼんやりとしていることがある。

水を飲み、窓辺に立ち尽くす。
時には、ソファに座って、またカーテンの向こうを臨む。

その目に何が見えているのか。

問うと、彼は、何も・・・、と言った。


彼と暮らすようになって10年以上が過ぎた。
早いものだ。

そうなるまでは、随分と長く感じたものだが。

あの戦いの最中から、俺と伸は、そういう関係になった。
何故なのかは、実は、彼と知り合って20年以上も経つのに、いまだによくわからない。

ただ、伸も俺も、俺と伸でなくてはならなかった、それだけは確かだ。

けれども、何年時を共に過ごそうとも、彼には、俺の理解の及ばない領域が多く存在する。
まあそれは、お互い様か。
僕には君がわからない、という台詞を、いったい何度耳にしたことか。

それが二人を引きつける理由の一つであることは間違いない。


今夜のような彼も、そうだ。

俺は不思議と彼の気配を感じて目が覚める。
寝室を別にしていても、何故か、意識が浮上する。
そして暗闇の中、ベッドの上で、微かな音を追う。
気配は、すぐに自室に戻ることもあれば、長くリビングに留まることもある。

空気の動きを感じない時、俺は彼のもとへゆく。
傍に立ち、隣に座り、彼の見ているもを見ようとする。

いや・・・、彼自身を見て、彼を感じる。


俺が彼にプロポーズしたのは、彼がハタチになった日だった。
それはつまり、このマンションに、ずっと居座ることに決めたということなのだが。
どうしてハタチまで待ったのかは、ただ単純に、キリがいいから、というだけのこと。
一緒に住もう、なんて言葉もなく、予告なしに届いた俺の荷物。
それが、俺なりの意思表示だった。

彼は、溜息を吐いた。
静かに、深く。
笑いもしなければ、怒りもしない。

たぶん、こうなることを知っていたに違いない。
予感ではなく、確定事項として。
どの時点で、それを確信したのかは、俺にはわからないけれども。

過ごす時間が長くなっても、俺たちはあまり変わらなかった。

何故なら、その為の変化は、俺たちは既にもう通過していたから。
過去に訪れたそれは、認識もできないほどに急で、目の前にあることすらも気付かぬほどに大きかった。
だから、速度の落ちた今は、まるで止まっているように感じるのだ。

別に悪いことじゃない。
俺たちにとっては、これが、自然な流れだった。
それだけだ。

だが・・・

そう思っているのは、もしかしたら俺だけなのかもしれない。
こうして、静かな夜の時間を彼の隣で感じていると、俺の自信は情けないほどに揺らぐ。

俺は、彼の肩に手を回し、言う。


「するか?」


確立は、7割。
微妙かもしれないが、かなり高いと俺は思っている。
なんせ、そもそもの機会が、そう多くないのだ。

いや、もちろん、こういう空気じゃない時にも、俺たちは肌を合わせている。
俺が強引に押し切ることもあれば、彼が誘ってくることだってある。
ゆったりと優しいこともあれば、性急で激しいことも。

だが、こういう晩のセックスは、よくわからない。
甘いのか苦いのか、熱いのか冷めているのか。


俺たちはこれでよかったのか・・・


俺は本当に彼を・・・


伸は・・・


すると伸は、俺の髪を梳く。
器用で繊細な指先が、何度も頭皮に触れ、耳たぶを捏ね、頬を滑る。
それから一度離れた体と唇を寄せ、今度こそは、甘く優しく熱く交わる。


そして俺は思う。
だから彼と共に在りたいのだと。



END


屋根裏部屋の入り口へモドル
文章部屋の目次へモドル
リビングへモドル
ニッキへモドル