「ぅえああぉえぁああぅわああああああーーーーーーーっっ」
「ぅをおあっっ!ななななななんだっ?どうしたっ?」
「・・・はぁっ、はぁっ、はぁ・・・ゆ、ゆめ・・・か・・・」
「・・・し、伸?」
「ふはぁあああっ・・・びっっっくりしたぁ〜・・・」
「おいおいおい、びっくらこいたのはコッチだっつーの」
「え?あ・・・秀・・・、あー・・・ご、ごめ・・・なんでも、ない・・・」
「なんでもねー、っておめえ、今の・・・」
「ああ、なんか・・・、たぶん、すごく、変な夢を見たんだ・・・と、思う」
「『と、思う』?え・・・もう忘れたのか?」
「ぅ・・・うん・・・」
「んだよ、もぉ〜っ、妖邪でも出たのかと思って、めっちゃビクったじゃねーかよ〜」
「ごめん、悪かった」
「マジで大丈夫かぁ?」
「うん、おっけーおっけー大丈夫。もう忘れちゃったし」
「ほっか、ふんじゃ、俺ぁ、寝るぞ」
「うんうん、ほんと、マジでごめん」
「まー、いーってことよ、ふんにゃーっ、ほぁあーあ〜・・・んじゃ、おーやーじーみ〜・・・」
「ああ、おやすみぃ・・・」
そうして秀は、再び眠りについた。
そして早くも薄いいびきが聞こえてきて。
一方僕は、とてもじゃないけど練れる気がしない。
なんせ、さっき見た夢が・・・、あまりにも衝撃的で・・・。
そう、忘れてなんてなかった。
むしろ普段にるほんとんどの夢のように、起きればすぐに忘れられたら、どんなにかよかったか。
しかしなが、非常に残念なことに、しっかりはっきり覚えている。
はっきり過ぎて気持ち悪い。
に、しても、いったいなんなんだ。
あんな夢を見るなんて、僕はよほど欲求不満なのか、それとも、そもそも自覚なしの潜在的変態だったのか・・・。
とにかく恐ろしいことこのうえない。
僕が・・・、この僕が、
野郎に告るなんて!!!
あ゛ーーーーーーーーーーーっっ!!!
しかも、相手があの当麻だなんて!!!
おっっっっっえーーーーーーっっ!!!
あ、なんかキモくて悔しくて涙が出そうだ。
だって!
なんで?
なんで、よりによってあいつなわけ?!
意味がわからん!
これが、無条件に可愛い遼やら、現実離れした綺麗さの征士やら、同室のオモロイ秀なら、まだ話はわかる・・・、いや、わからないではない。
ちっともわかりたくないけど。
なのに、僕が、この僕が、夢の中で、ドギマギモジモジしながら、好きだと言った相手は、寝坊助の大食らいの生活破綻社会不適合我儘野郎当麻とは・・・っ!
これいかに?!
いや!所詮これは夢なんだから、別にそんな気にすることはないはず!
そうだ、だって、たかが夢!
そういえば前に、夢とは、色んな経験や思考の回路が、寝ている間に整理をしていて、その時に出たゴミなのだという説もあるって聞いたことがある。
・・・そうだ!そうだよっ、だからたぶん、さっきの夢は、そのゴミなんだ。
ゴミのなかのゴミ。
ごった煮のアク!カス!
決して、決して!
僕の隠れた願望なんかじゃなーーーい!!
おーまいがっ!
それは絶対だ。間違いない。
僕があいつを好きになるなんて、そんなぶっ飛びクレイジーなことがあるわけがない。
そう自分に言い聞かせつつも、僕は不安だった。
翌朝・・・、もとい、翌昼、あいつの顔をまともに見られるかどうか。
ちっくしょぉおおおおっ
ばっかばかしいったらありゃしないっ
こんな妙ちきりんな夢を見るのも、これ全て、この理不尽な戦いのせいだ!
こんちきしょー!
絶対に、なるたけ早く、終わらせてやる〜〜〜っっ
が、そうは言っても、今日明日で終わるものではないんだよな、これが・・・。
とほー
怒りと虚しさで、予想通り、僕はあの夢の後、眠ることはできなかった。
翌朝
「はぁあ〜あ〜・・・」
天気は快晴、空には絵に描いたような雲が浮かび、ホースの先から吹き出る水はキラキラ眩しい。
「はぁあ〜あ〜・・・」
「どうした、先ほどから溜息ばかり」
「あ、征士」
白い肌に汗が光っている。
たぶん、ジョギングでもしてきたのだろう。
おー、目がシバシバするぅ。
シバシバ・・・羽柴・・・
は−−−っっ!
いいいいいかんいかんいかんっ!
何、夢なんかに引きずられてるんだよっ
「はぁあ〜あ〜・・・」
「?大丈夫か?」
そ、そうだ!
今、目の前にいるのは、あのグータラじゃない。
間逆の征士だ。
「え?あ、ははは・・・」
「少し休んだらどうだ。昨夜ほとんど寝られなかったと言っていたではないか」
「うーん・・・、ありがとー、そうなんだけどでも、今のとこ眠くはないから」
「・・・それほどに酷い夢だったのか?」
「そりゃもお・・・って、いや、覚えてないんだけど、ね。はは」
「ふむ・・・そうか、まあとにかく、無理はするな」
「うん、ありがと」
爽やかな笑顔で頷いて、彼は家に向かいかけた。
「あ、ねー、征士!」
「なんだ?」
「あの・・・っ、あ、いや、いいや、うん、ごめん」
「そうか」
「あ、お、お昼、なんか食べたいもの、ある?」
「昼?先ほど朝食を食べたばかりではないか」
「あ・・・、だ、だよねー。はははっ、ごめんごめん」
「いや。私は、伸の作るものなら何でもよい。では」
「ほんと?嬉しいよ、ありがとー、じゃーねー」
なんてバカな質問をしようとしたもんだ。
人に話せない夢の話なんて、人に話せないに決まってるだろ。
水道の栓を止め、テラスに腰掛けた。
あーほんと、いい天気。
平和そのもの。
これがずーっと続けばいいのに・・・
子供じみてるとは思ったものの、サンダル履きの足をブラブラさせて、大要を浴びた。
芝生に散る水滴が宝石みたいに煌いている。
芝生・・・シバフ・・・シバ・・・芝、柴、羽柴・・・
なあーーーーーっっ!
だあ〜〜〜〜〜っっ!
どうした、僕の脳内!?
勘弁してくれよぉ〜・・・。
「あ”ぅ−〜〜っもぉおおおーっ」
「珍しいな、伸がそんな風にクサってるのって」
「うわああっ」
両手を大の字に広げて仰向けに寝転んだ途端、真上から声がかかった。
遼だ。
「悪い、驚かせたな」
「あ・・・いやいや、ぜんぜん、だいじょーぶ!何?」
「いや、別に用事があったわけじゃないんだけどさ・・・」
慌てて起き上がり、後ろに立つ彼へ向き直った。
「座る?」
横のスペースを叩くと、ニコリと微笑んで、座った。
「実は昨夜の絶叫、俺の部屋にも聞こえた」
「えっ!本当っ?!」
「ああ」
「うっわー恥ずかし〜っ。ごめんねー、心配かけて」
「いや。でもほら、すぐ静かになったから、危険があったわけじゃないってのはわかったし。なんかあったなら、黙ってろったって、秀は騒ぐだろ?」
「あはは、まーそうだね」
「そんな辛い夢だったのか?」
「えーいやぁ・・・辛いっていうか・・・なんというか・・・。あ、や、すぐ忘れちゃったんだけどね」
「ふーん」
「なに?心配してくれてるの?」
「あったりまえだろ」
「やっさしいね〜」
「なっ!そりゃっ、だって、伸は俺のっ、俺の・・・っ、な、仲間だからっ、大事な!」
「ふふふっ、嬉しいなー」
「〜〜〜〜〜っっ」
「おおおっ、俺っ、ちょっとその辺走ってくる!」
「え?あ、遼!」
ブランコからみたいに飛び降りて、駆け出そうとした遼の鼻の頭には、早くも汗の粒が光っていた。
「あ、えっと、暑くなるみたいだから、気をつけてね」
「わかってる!」
そうして彼は、下草に足を縺れさせながら走って行った。
かっわいーなぁ〜。
あいつとは大違いだよ、まったく。
当麻なんて、無愛想だし、捻くれてるし、意地悪だし。
ふん!
遼も、誰か好きな子の夢とか見るんだろうか・・・。
−−−−−っは!
違う違う違う!
『遼も』って何?!『も』ーーーって!
それにっ、それにそれにっ、僕が見たのは『好きな子』とかじゃないし!!
ばがばかばか〜〜〜〜っ!
僕の脳みその、ばかぁーーーっっ!!
・・・ダメだ。
疲れた・・・。
家ん中に入ろう・・・。
僕は這って、屋内へと戻った。
そのまま、ソファとテーブルの間のラグに突っ伏した。
「おわっ!なんだよっ、危うくふんづけそうになったぜっ」
「あー・・・しゅう〜・・・」
もっそりと起き上がり、声の主を見上げる。
秀は、菓子袋を小脇に抱え、グラスに入ったジュースを持っている。
「げ」
「なんだよぉー、『げ』って」
「いやー、なんつーか、なんか、色々と?」
「あーん?」
「絨毯の痕、ついてるぜ?」
そう言って、秀は、困ったような苦笑いのような妙な顔で、額を指差した。
「げ」
で、僕は、デコボコになったおでこを自分で触って、今度は革ソファの座面に頭を倒した。
その横にどかっと腰を下ろしながら、秀が言った。
「おめー、ほんとは、覚えてんだろ」
「う」
「こういっちゃーなんだが、バレバレだぜ?」
「・・・・・・だろうね・・・ははは」
「おう」
ところが、秀がそれ以上のことを尋ねてくることはなかった。
お菓子とジュースをソファテーブルに置き、テレビをつけると、時折笑い声をあげ、テレビにツッコミを入れていた。
これが彼なりの優しさ、というか思いやりなのだ。
本当に他人が触れて欲しくないことには、けっして手を出さない。
それでいて、こちらが言いたくなったとき、しっかり耳を傾けてくれる。
こういうとき、彼が大家族の長兄であることを実感する。
「あんまりお菓子食うなよ。そろそろお昼だぞ」
「んあー?あ、たたいじょーぶいじょーぶ!ほら、菓子は別腹っていうだろ」
「なんか順番違うし、菓子の種類も違う気がするけどね」
「気にすんなって!伸の作ったもんは、吐いても残さねーからよっ」
「・・・・・・・・・」
いい奴だけど、こういうところがちょっと残念なんだよな・・・。
まー、当麻の場合は、残念なとこばっかだけど。
・・・・・・・・・って、はーーーーーっっ!
またか〜っっ
「ぅぅううううううっっ」
「おいおいおい、どうしたんだよっ」
「へ?」
「へ、じゃねーって。頭抱えて頭痛か?」
「違う・・・」
あー、自己嫌悪。
と・・・
ぽすん
ん?
秀が何も言わず、頭を撫でてきた。
いや、撫でるなんて可愛いもんじゃないけど。
がっしがっしがっし
「食うか?」
で、残り少ない菓子袋を差し出す。
「・・・いらない」
にやっと笑む彼に同じ笑いを返し、えいっと立ち上がった僕は、台所へと向かった。
征士も遼も秀も、本当に優しい。
優しくしてもらってるなー、と実感することも度々だ。
みんな、親戚のおじさんとか、いとこみたいだ。
現実のその立場の人たちよりももっと近しい感じがするくらいに。
今日のお昼は何にしよう。
冷蔵庫を確認し、メニューを考える。
ついでに夕飯のことも。
献立が決まったら、早速調理にとりかかる。
包丁がまな板にあたる音が好きだ。
テンポ良く刻んでいると、無心になれる。
うっかり切り過ぎないようにしないといけない。
人参、ピーマン、しいたけ、玉ねぎ、残りのチャーシュー。
全部、小さく刻んで野菜は先に炒める。
冷蔵庫から冷ご飯を出し、軽くレンジでチンする。
それをちょっと大目の油を敷いたフライパンに投じ、炒める。
分量が多くて疲れるけれど、鼻息を荒くしつつ、腕を動かす。
そこに、先に火を入れておいた野菜と、細切れにしたチャーシューを混ぜ、ケチャップを垂らしこみ、万遍なく色が回ったところで、塩・コショウで味を調え、完了。
・・・・・・・・・・・・
っっっっっっ!
ししししし、しまったーーーーーーーっっ!
ただのチャーハンにするつもりだったのに、うっかり、ケチャップを入れてしまった!
なんで、わざわざ冷蔵庫に入ってるケチャップを出しちゃったんだ?!
この、とき卵は、事前にご飯と混ぜて、炒めるはずだったのに〜っ!
・・・・・・・・・仕方ない・・・・・・・・・
「やはり、伸の作るものは何でも美味いな」
「ああ!俺にとってはもう、伸の料理の味が、お袋の味だ」
「その褒め言葉って、ちょっと微妙〜」
「えっ!?そうか?」
「まぁ、遼の気持ちもわからんではないがな」
「なー、おい、もう一人は?」
「んん?」
「そういえば、姿が見えんな」
「どうせまた夜更かしして寝てるんじゃないか」
「起してくるか?」
「いいよ、あんなのほっといて」
「でも、せっかくの温かい料理が・・・」
「伸がいいと言うのだから、よいのではないか」
「ま、起きてこなかったら、俺がいただくまでのことよ」
「そゆこと」
「お〜!今日の昼は、オムライスかー」
「「「「うわっ」」」」
「なんだなんだお前ら、揃いも揃ってそのリアクション、失礼だな」
「足音消して歩くなよ!ビックリするだろっ」
「まったく、この時間まで何をしておったのだ」
「ちぇーっ、せっかく、お前の分も食えるかと思ったのによ」
「・・・・・・・・・」
「ふんふん、美味そうだな。さすが伸、俺の食いたいもんを、よくわかっている」
「な、なに言ってんだよっ、君のことなんて、わかるわけないだろっ、別に君の食べたいものなんか考えてないよ・・・っ」
「まーまー照れるな、って〜」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・伸、歯が磨り減るぜ」
「その気持ち、わからんではないが」
「当麻の思考って都合よくできてるよなー」
僕らの批判的意見を、彼は、ことごとくスルーした。
「んあ?あんだって?・・・ぅおっ、なんだ伸、その顔。ひでーなー。いつもの可愛い顔が台無しだな。なーんつって!ガハハハハハハ」
どこのサラリーマンのセクハラオヤジだよっ
僕は米粒を飛ばしながら笑う相手を睨みつけた。
何から何処からツッコんだらいいのか。
頭にぐんぐん血が上っていくのがわかる。
他の面々は、息を呑んだまま固まっている。
他の皆は知らないだろうけれど、一番言われたくない奴に、他の面々と同じ事を言われ、僕の怒りは頂点に達した。
我慢しようと思ったけれど、声にせずにいられなかった。
「だ〜れ〜の〜せ〜で、こうなってると思ってんだよ・・・っ」
懸命に、できうる限り抑えた声で、歯の隙間から搾り出すように、僕は吐き出した。
なのに、僕の苦悩を知らない奴は、ムカつくほどに暢気なもんで。
「んあー?あんだって〜?」
だ・か・らっ、お前は志村け○かっ!
と、いうツッコミは、抑えるまもなく、口をついて出ていた。
秀が吹き出し、征士は首を振り、遼が肩を震わせている。
僕はもう、何がなんだか、このド恥ずかしい状況をどうしらたよいのかわからず。
「そっ、それ、ちゃんと片付けとけよ!」
その場を立ち去ることしかできなかった。
「え、おい・・・片付けろ・・・って・・・いっつもちゃんと片付けてんじゃーん」
背後に聞いたその『片付けろ』の意味が、奴と僕とで違うことは、約1時間後に明らかになった。
夕飯は幸いなことに秀の当番だった。
昼食の洗い物を済ませた後、不貞寝を決めこんで部屋に篭っていた僕は、結局ちょっとウトウトしただけで、残りの時間は、ぼんやり、読みかけの本を手にとってぼんやりと過ごした。
おそらく、僕のこの寝不足が当麻に起因するものであることは、皆にバレてしまったに違いない。
・・・当人以外には。
でもきっと彼らが感じているそれは誤解であって、決して僕は当麻を好きなんてことはなくて・・・。
むしろ嫌いな部類の人間。・・・のはずなのに。
ああ・・・なんであんな夢を見ちゃったんだろう。
思春期特有の何かってことなのかぁ。
当麻のことは・・・
好きじゃない。
だって、我儘だし、唯我独尊だし、マイペース過ぎるし、屁理屈ばっかだし。
あ、これって、ほとんど同じことか・・・。
とにかく!
・・・とにかく、好きじゃない。
嫌いじゃないけど、好きじゃない。
そりゃ、顔は・・・まぁまぁだよ?
同性の僕から見ても、あいつは標準以上だ。
スタイルだっていい。姿勢は悪いけど。
それに、頭がいいのは言わずもがな、だし。
ということは、だ。
ある意味、問題は性格だけ、といっていい。
まー、そこが一番重要なわけだけど。
・・・・・・でもまぁ、あいつもここで皆と生活するうち、大分丸くなってきた、というか、ちょっとずつではあるけれど、常識というものも身についてきたんじゃないか、って気はする。
僕の教育が実ってきたといっていいだろう。
もちろん、同室の征士のお陰もあるけれど。
そういう意味では、教育のし甲斐はあるのだ。
根は悪い奴じゃないんだ。
それは重々わかってる。
ただ、あの性格が、性格が・・・っ
・・・・・・・・・、って、え?
ちょっと待て!
じゃあ何か?
僕は、あいつの性格さえなんとかなれば、恋愛の対象になる、って、そう思ってるってこと?!!?
そうなのぉー!?
そういうことなのかっ?
僕って、そういう奴だったのっ!??!
・・・う、そ・・・
・・・マジで?・・・
・・・キモっ!・・・
「キ、キモチワル・・・っ」
「え、お前、吐きたいのか?バケツか?洗面器か?」
「◎×△※□ーーーっっ!!!」
ひーーーーーっっ
なんでこのタイミング〜?!
「ち、違うよっ」
「でもお前、今、『気持ち悪い』って・・・」
「だから、その“気持ち悪い”じゃないんだって」
「はーん・・・、て、ぜんぜんわからんけどな」
「混乱してるんだよっ!」
「・・・あーまぁー、ふん、そら仕方ないわなー」
・・・・・・え?
し、しか??
「え・・・、なに?『仕方ない』って、え?どういう・・・」
「そうか、やっぱ、影響あったんやな。そらまー、あんだけ強烈に打ち付けといて、なんもないほうがオカシイわな」
「え?え?影響?強烈に頭??」
「お前、こないだの妖邪との戦いで、しこたま頭打ちつけたったろ」
「へ?」
「え?ん?」
「「・・・・・・・・・」」
「あれ?もしかして、そんことも覚えてへんとか?」
「え、いやだって、覚えてないもなにも・・・、ほんとに?」
「んぁあ〜、るほどぉなぁーそういうことか〜。だからやな」
「なっ、何が、『なるほど』で『だからか』なんだよっ」
「お前、記憶喪失になってん」
「え?えええええええっっ?!でっでっでもっ」
「うーん、ちょっと、情緒不安定になってるだけかと思っとったけど・・・、予想以上に重症やってんなー」
「・・・頭、打ったの?」
「そう」
僕は、自分の頭を触ってみた。
いちおうぐるっと全体を。
けれどもどこにも痛みはなく、傷跡らしきものも、指先では感じ取れなかった。
「鎧つけとったし、結構すぐに起きて、だいじょうやー、いうし、その後もまー、普通っちゃ普通やったから、俺等もそれ信じとってん。やけど・・・」
「けど?」
「どうやら一部の記憶が抜け落ちとる」
「いちぶ?」
「やから、頭打ったことも覚えてへんやろ?」
「う、うん・・・」
「よっしゃ、じゃ、ほな、後で検証したる」
「え?後で?!」
「やて、先ずは、栄養補給や。下、行こ。皆、待ってんねんで」
「あ・・・そ、そっか、ごめん・・・っと・・・っ」
寝不足と動揺を抱えたまま、ベッドから足を下ろし立ち上がろうとしてよろけた僕を、当麻はごく自然に手を伸ばし支えた。
その動作に、違和感と妙な安心感を同時に感じて、頭の奥がチリとした。
「そういやお前、なんかとんでもない夢を見たんだって?」
二人、居心地の悪い距離を保ちながら階段を下りていると、突然当麻が言った。
「え?あ、ああ、・・・うん・・・」
「内容、覚えてないのか?」
振り向き様、真っ直ぐに見つめられて、僕は操られるように頷いた。
「覚えてるんだな?」
責める色はなく、それきり僕らは黙って食堂に向かった。
夕飯は、滞りなく進んだ。
皆それぞれ、僕に気を遣いながらではあったものの、お昼よりはずっとマシだった。
そして、それぞれが今日も一日平和に終えようとする頃、僕と当麻は、書斎にいた。
「ほな、聞こか」
「えっ?ヤダ!言えないよっ、そんなのっ」
自分でも顔が赤くなったのがわかって、ますます恥ずかしくなった。
「だいじょぶやって。誰にも言わんよって」
当麻は、ふざけるでもなく、見下すでもない、真摯な目で僕を見つめ続けた。
僕は、なんだか、そんな真面目な彼をあんな夢に見てしまったことを、酷く後ろめたく感じて。
でも、言わない限り、ここから出ることはできないとわかっていて。
「・・・・・・き、君が、出てきた」
驚いたことに、彼は、そのことに驚かなかった。
「ふん、ほんで?」
「で・・・で・・・、それで・・・」
「・・・・・・俺に、告ったやろ、ちゃうか?」
逆に驚かされた。
「どっどっどっ」
「どうして俺がそれを知ってるかって、そら、・・・」
「そ、ら、?」
ここで彼は、衝撃の事実を告げた。
「そら、事実だからや。現実にあったことや」
「〜〜〜っっ?!?!」
卒倒するかと思った。
「俺、思うに・・・、お前の脳は、ほうやって、ほんまにあったことを夢に見て、記憶を取り戻してんちゃうやろか」
「・・・そ、そ、それ・・・って、ほ、ほんとに?」
「ん?」
「ほんとに、本当〜に、僕は、・・・言ったの?君に、その・・・」
「俺を好きやー、って?」
いまだに、僕が君に、んなこと言うわけないだろがっ!と、彼の言うことを信じきれていないのに、頭の一部は認めてる。
気持ちが悪くなりそうだった。
嫌々首を縦に動かす。
「ああ言った」
言ったのかーっ!
言っちまったのか自分ーーーっ!
なんでだっ、どうしてだっ
−−−−−っは!
そうだ、それで、奴に僕が告って、それで、当麻は、どう答えたんだ?!
「そ、そ、それで・・・っ、それで、その・・・っ」
当麻は、何て答えたんだ?
当麻は、振り向くと、不敵な笑いを浮かべ、そして言った。
「それはまた夢で確認してみたらええんちゃうー?」
END
目次にモドル
リビングにモドル |