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2000年問題プロジェクトリーダー

■1996年12月16日(月) 2000年問題プロジェクトリーダーとなる。メンバーは國、黒、下、自分の4人。
2000年問題プロジェクトの担当になって、課長に言われた方針を確認しながら基本構想書を作成し、12月26日のマネージャー会議に提出したところ、田参事より簡単な修正は実作業も一緒にやるべきといわれた。とたんに課長の方針がぐらつき、1時間くらい話し合ったが結論が出ず、結局年明けに調整しようということでその場は終わりにした。
年明けまで待ちきれないため田参事とだけでも妥協点をみつけようとグループで方針を確認し、再度田参事と二人で話し合ったところ、田参事は黒君や國君が実作業をいやがっているからやらないのだろうとうがった見方をしていて、実作業をしない限りは引けないようなことをいわれた。
下君も心配して、
  ・作業を行うか否かの問題のみ議論すると、実作業の敬遠ととらえかねない。
  ・2000年問題は、綿密な準備なく作業に手を付けてはいけない。
  ・課内の2000年問題意識が低下しているとしたら、高める必要がある。
等をいわれたが、もとよりその通りなので再度課長、田参事と話し合い、結局3月末までに全てのシステムを総括的に調査することにした。結果的には、当初プロジェクトリーダーとして作業を依頼されたときの、課長の方針の通りなのである。その時どうせ調査するならしっかりした方がいいので、期間をもう少し欲しいと申し出たところあっさり任すといわれ、その後も何回も確認したのにその都度OKがでていながら、最後田参事にいわれたら方針がぐらついてしまったのである。年末仕事納めの日までドタバタでなんともなさけない話だ。
しかし、27日佐信君とも少し話し合ったが、彼らは一様に簡単なものは実作業を平行すべきであるという意見にはびっくりした。簡単とか難しいとかは関係ないのだが・・・。2000年問題に対する課内の認識が低い証拠だ。これに関しては、これから課長が機会あるごとにアピールするということで終わりにした。
その後、1月のマネージャ会議の時、丁度ユーザーにもアピールするに良い題材と、2000年関係でリスト出力順は調査できないので、注文があれば今から注意を促すように言って欲しいと発言したが、何を言うかという感じで取り合ってくれなかった。
4月になって、村が2000年チームは仕事を受けなさすぎる、と面と向かってメールをよこした。何回かメール交換したが話はずれっぱなし。体制の話をすべき時期に今日明日の進め方の議論を持ってこられても議論する気がないため、タイミングを併せろと課長を通して言ったところ、これがいたく気に入らないのか絶交状態となった。
村とメール交換時、下君にもメールを見せて相談に乗ってもらった。その過程で感じたのは、下君の対応のうまさだ。
今回は村を説得できなかったが、対人関係の勉強になった。
しかしその後感じたことは、下君は強いものに擦り寄っているだけのようだ。幻滅。