7年目の・・・
僕は、現在、遠距離恋愛中だ。
どういうことかというと・・・ 所謂――― パブロフの犬? みたいなことになりつつあるような・・・。 そう・・・ その・・・ だから・・・ 気持ちよりも、 身体が、 先に反応しちゃう、 んだよね・・・。 これに気付いた時はさすがに大ショックだった。 さっきも言ったけど、彼と会える機会は、先に言った通り、非常に少ない。そのうえすっごく、不規則でもある。 例えば、明日には日本に行けそうだ、って連絡がきたとしても、反故になることなんかしょっちゅう。 予定は未定ってのは、当たり前。 それでいながら、ある日突然、家に帰ったらいたりして。 「驚いたか?」 なんて。 そりゃ、驚くっつーの! 心臓に悪いっつーの! でもって・・・ 「寂しかったか?」 なんて。 寂しくないわけないだろが。 誰もいないとわかってるこんなバガっ広いマンションに、毎日帰ってきてみろ! そのうえ・・・ 「嬉しいか?」 なんて。 ああ!嬉しいさ、嬉しいよっ! 嬉しくなかったら、それはもう、恋人じゃないんじゃないか? そんなこんなで、こっちがビックリして、戸惑って、喜んでるのをいいことに・・・ わぁーーーーーーーーーーっっ! と、いう・・・・・・・・・。 そんなことを繰り返して7年。 7年か・・・。 7年だよ・・・。 7年も続いたら・・・。 な?だろ? 結果僕は・・・、彼を・・・、見るだけで――― ぐんと奥が熱くなる。 そんな浅ましい身体に、僕は成り果ててしまった・・・! う゛う゛う゛う゛う゛う゛〜〜〜〜〜〜〜っっ ・・・なんだか、なんとも、悔しい。 きっと嵌められたんだ。陥れられたんだ。仕込まれたんだ! ああ酷い・・・っ、酷いよっ。 でも、仕方ない。 意志ではどうにもならないんだから。 でも、恥ずかしい! あああああっ、もぉっ、どうしたらいいんだーーーーーっっ! と、悩んでいるわけで。 それは今も続いてるわけで。 出るのは溜息ばかりなり、って・・・。 はぁ〜・・・・・・・・・・・・・・・ そして今日もまた、彼からの連絡はない。 前回会ってから、かれこれ半年。 その間に交わしたメールおよび電話は、五本の指で足りる。 つまりひと月に1回を割っている。 それで本当に恋人か? 僕等付き合ってるのか? と、疑わないこともない。 でも、こればっかりは信じるしかない。 二人とも忙しいし、それに、今のところ、彼は僕が見破れるようなことはしていない。 だから、あえて勘ぐるのはやめよう、そう思っている。 なんだか僕のほうが彼に縋ってるみたいだけど、会えば縋ってくるのはいつも彼のほう。 その必死の瞳を見てほだされない奴はいないだろう。 と、まあ、それはさておき、音信不通は元気な証、みたいな状況だけど、近頃予感がするんだ。 そろそろじゃないかな、って。 ただし、この予感の的中率は、いいとこ、3割5分7厘。 さほどあてにはならない、とわかっている。 つまり、正直なところ、“予感”というより、“期待”とか“願望”に近い、って自分でもわかってる。 ただ、僕がこう、何かを抱えてたり、間の悪い時に限って彼は・・・。 ガチャ 「ただいまぁ」 誰もいないことがわかってるのに繰り返してる若干空しい言葉。 最初は防犯のため(?)!なんて、どこぞの若い女子みたいな理由をつけてたけれど。 ウソだ。 この高級マンションで、そんな防犯行為は必要ない。 ほんとは・・・、寂しいからだ。 そうだよ。 その証拠に、あの女と住んでるときには、言ったことがなかった。 半分は・・・、半分以上は、返事があったら・・・、って思ってるんだ。 今夜も、家の中は真っ暗。 ただし、家の中が暗いからといって油断はできない。 彼は、僕を驚かすことが好きだから。 玄関に靴はない。 ただ、わざと隠していたことがあったから、これも判断材料にはならない。 何も見えない。見当たらない。 玄関の明かりをつけて、ちょっと奥を、そして気配を窺う。 リビングのソファから彼のあの無駄に長い脚がはみ出ていたこともあった。 靴を脱いで、リビングを過ぎ、自室に入る前に、さらにその奥の部屋を覗く。 その際も、テーブルやソファの向こう側をチェックするのを忘れない。 ちぇっ やっぱり空振りか。 しかしなんで、僕は毎日、自宅に帰るのにこんなことをしてるんだろう。 まるで、事件現場に踏み入る刑事か鑑識みたいだ。 と、苦笑しつつ、少しばかり腹を立て、がっかりする。 今夜も、独りきりなんだな・・・。 独り、この閑散としたリビングダイニングで、買ってきた食料を咀嚼するのはなんとも味気ないものだ。 あの狭い安アパートに暮らしてたときには、そんなこと考えもしなかった。 むしろ、自分の一番寛げる時間ですらあった。 大きな窓の向こうに見える瞬く夜景から目を逸らす。 視線を落としたぴかぴかのテーブルに、眉間に皺のよった情けない顔が見えて、また憮然とする。 こんな時だ、無性に会いたくなるのは。 よく、恋人を繋ぎとめるには、胃袋を掴め、なんてことを言うけれど、僕は逆に、彼の食べっぷりに腕を掴まれたって気がしてる。 彼がいないと、作る気にもならない。 料理の腕が落ちてないかの確認を兼ねて、たま〜に作る程度だ。 あーあ、なんでこんなにガッツリ持ってかれちゃったかなー。 明日は休日出勤もなく、やる事といえば、一人分の洗濯と、掃除だけ。 畜生!徹底的に磨いてやる! って、たぶん、先々週もそうだった・・・。 うーっ、つまんないつまんないつまんないーーーっっ!! ・・・こうして僕の夜は何日も何日も過ぎていくんだ。 これって、いつまで続くんだろう。 もしかして、爺さんになるまで、とか?! いや、定年退職するまでか・・・。 どっちかが仕事を辞めるか・・・。 別れるまで? でもそれっていつ? いつ切り出す? 自然消滅を待つ? てか、別れる前提で、限定? あ〜ダメだ、思考がめっちゃマイナス、後ろにしか向いてない。 もーやめたやめたっ、寝よ寝よ! チュンチュンチュン 「ぅわぁあああああああああああああっっ!!!」 「ぐっもーにん、伸」 「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ、」 しまったーーーっ!完っ全に、油断してた・・・。 「驚いたか?寂しかったか?嬉しいか?」 「〜〜〜〜〜〜〜っっっ」 「だたいま〜っ、会いたかった〜っ」 そう言って、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕の強さに、これが夢じゃない事を実感する。 するんだけれども・・・! 「・・・・・・ぉ、おかえり・・・」 「元気だったか?メシはちゃんと食ってたか?腹、壊してないか?しっかり寝てるか?歯磨いてるか?で、今日は休みか?」 そんなに矢継ぎ早に言われても。 それにそんなにほっぺたを挟まれたんじゃ答えらんないし。 訊いたそばから口を塞がれたら、なんも言えないっつのっ! ああ・・・そしてまた、このままベッドでなし崩し的に・・・なのか・・・。 と、思いきや。 “あの”当麻にかぎって、そんなことが?
・・・へ?・・・んんん?!?!? 「え?え、え、え!?ちょ、ちょ、ちょ、最後の・・・っ、え???」 「んふぅー、伸てやっぱ、いいなぁ〜」 おいおいおいっ、リスみたくほっぺに食べ物溜め込んだまま、なに、鼻の穴広げてニヤついて、頷いてんだよ! 「いやっ、だから当麻!今の、最後んとこっ、ちょ、ちょっと」 「何?もっかい言って欲ひいか?」 脳震盪を起こしそうなほど僕の首は上下に動いた。 そりゃ当然だろう。 「今回の、俺の、休暇は−−−、無期限、だあーーーっ!」 そのプロレスのキメポーズやめろって・・・。 あーあーあー、ご飯粒が飛び散ってるし・・・。 もぉっ、子供なんだからっ。 って、いやいやいやいや!そこじゃなかった、ツッコミ所はそこじゃない! 「なっ、なんなんだよっ、その『無期限休暇』って・・・っ」 「だからー、期限のない・・・」 「当〜麻〜」 「はい。辞めました」 「ヤ・・・メ、タ?」 「おうっ、これで俺は自由だ!俺は、コレで、会社辞めました!てな?」 古っ!それ、古過ぎっ!それ、今、30過ぎの人だって普通、知らないんじゃないか? しかも、ほんとはそれ、小指だろっ! それに、あれは、辞めたんじゃなくて、どっちかっつったら、辞めさせられた的ニュアンスで・・・。
も、も、もしかして・・・! 「もしかして当麻っ?」 「あーいやいや、違う違う、別に、なんかマズいことがあって辞めたわけじゃないからな。そこんとこは、しっかりきっちりちゃーんと、片付けて、手放してきた、そういうことだ」 「てばな・・・」 「おいおい手鼻じゃないぞ。手放して」 「わぁってるよっんなこたぁ!じゃ、じゃなくて、『そういうことだ』・・・って・・・」 「ああ。なーんも心配ない」 「・・・」 「俺さー、気づいたんだわ。半年前、こっから出かけて行く時に」 「に?」 「ああ。俺、別に今の仕事好きじゃないなーって。なんか、テキトーに始めて、テキトーにこなしてたら、いつの間にかこんなんなってた、みたいな?」 『こんなん』で、あんなデカくなるか?普通。 まぁ、そこが当麻なんだろうとは思うけど、さ。 「金は、そらもう、呻るほどに、且つ、うんざりするほどあるわけで。じゃあ俺がいなくなったら、この会社どうなる?って考えたんだけども、立ち上げ当初ならともかく、今だったらもう俺なしでも十分やってけんじゃね?って、な?」 「な?」 「ああ、そゆこと。で、この半年は、我武者羅に頑張ったんだわ。あ、だから、連絡あんましとれなくて、・・・悪かった。怒ってる・・・か?」 「いや、うん・・・、別に、それは・・・そんなことは・・・」 「なら、褒めてくれる?」 「ほ?」 「なあ伸、今の俺には、お前以上に大切で大事なことってないんだ」 「当・・・」 「俺はもう伸なしじゃいられない。こんな俺に誰がしたっ!」 「いや・・・『誰が』・・・って・・・」 「だから、ずっとここにいてもいいか?」 「『いいか?』とか、そんなっ、何言ってんだよっ、そもそもここは君んちだろっ?僕の許可なんて・・・っ」 「いるさ。だって、“ずっと”、“一緒に”、いてほしいんだ。伸・・・」 ぅおわぁああああああ〜〜〜〜〜やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっっ! ぎゅんっ! と、キちゃっターーーーーーっっっ! 反則技だろそれ〜〜〜〜〜っっ 「・・・伸?」 昨日の惨めな自分がさらに哀れになるっつーのっ! 「大丈夫か?腹、痛いのか?」 なんで、いっつも、腹イタの心配ばっかすんだーーーっっ! 「もしかして、今・・・幸せか?」 「はぁっ?!『もしかして』、なんて・・・、そんなっ、そんなの・・・っ」 こういう時、僕はつくづく痛感する。 当麻は、子供に見えてその実やっぱりちゃんと大人で。 僕は、所詮、大人ぶってる子供なんだ、って。 でも、それは僕にとっては、すごくすごく心地よくて、そうそう簡単に手放せるようなもんじゃなくなってて。 「わざわざ訊くなよ・・・」 −−−でもって、たまにはこっちから誘ってやるのもいいかな、なんて。 「あ、伸、俺、納豆ダメだっつったよな?」 END おまけv 目次にモドル Topにモドル |