Go!【前編】
俺は、伸が好きだ。
めちゃめちゃ好きだ。
世界で・・・、いや!宇宙で一番好きだ!

いつからか、というと、『ひと目合ったその日から』ってやつだ。
で、どこがそんなに、かというと、『噛めば噛むほど味が出る』ってやつだったから。


それは―――


高校の入学式でのことだった。

そいつが現れたのは、中途半端にハゲた校長の、どうでもいい祝辞の後のことだった。

風邪で欠席となった生徒会会長の代理として登壇した伸。
それはもうビッカビカに光り輝いていて、あまりにも眩しくて、立ち眩みを起こしかけた。
その衝撃は、キューピットの矢でズキューン♪どころではなく、バズーカ砲で心臓大穴貫通状態。

“掃き溜めの中の鶴”!
“地獄に仏”!

両親によって無理やり入学させられたこのむっさい野郎ばかりの学校で、3年間生きる屍としてやっていくしかないと、諦めかけていた俺にとって、伸は、まさに救いの天使だった。

背筋をすっと伸ばし歩く彼は、少し小柄でほっそりした体躯ながらも均整がとれており、肌は白く、頬は薄っすらと桃色で、唇は紅を差したように色付いていて、歩調に合わせて柔らかな髪がふわふわとなびくその姿は、俺の目を釘付けにした。
甘い香りがここまで漂ってきそうな風情を醸し出していた。
絶世の美女、という類では決してないのだが、全てがきちんと納まるべきところに納まっていて、人を安心させつつ魅了する何かを持っているタイプ。


(なんだアレ!?!?めっちゃ好み!ズバリっ、どストライクのド真ん中!)


だが、この時の俺は非常に重要なことを、それだけを、ポッカリ失念していた。
それは・・・、


ここが男子校である、ということ。



そう。
と、いうことは、だ。

当然、今壇上にいる“アレ”も“野郎”なのだ。

と、気付いた時のショックたるや、金槌で脳天割られる程度では済まなかった。
巨人に頭を掴まれて、地球の裏側までめり込まれたような気分。

(なんと・・・っ!お前もかっ・・・!)

と・・・。

まさに、オ〜っジーザスっっ!ってやつだ。


が―――


しかーしっ!


俺の切り替えは、早かった。
自分でも驚くほど途轍もなく早かった。

結論はこうだ。

仕方ない。

そう、これは、どうしようもない、仕方のないことなのだ。
今まで生きてきた中で、初めて出会った理想の見てくれを持っていたのが、たまたま野郎だった。
そう、そういうこと、それだけのことなんだ!

と。

俺にとっては、これが初めての恋、つまり“初恋”ってやつだ。
科学的に分析してみても、それは間違いないだろう。
ならば、だ、たかが相手が男だからといって、そんなことで、すごすご引き下がっていたのでは、それこそ男が廃るってもんだ、うんうん!


ゼっっっっっっっッタイ、あいつをモノにしてみせる!


俺のこのファーストラブ、ただ甘酸っぱいだけじゃ終わらせないぜっ、必ずや、成就させてやる!!


では、次はどうするか。

見た目合格ときたら、次は中身だ。
表面的にはジャストミートでも、本性を知ったら大幻滅するかもしれない。
まぁ、俺がそれを望んでいるか否かは別として。

“恋は盲目”
“痘痕(あばた)も笑窪”

なんて言葉があるのは知っているが、ここはじっくり冷静になって、確かめにゃならん。
と、自分に言い聞かせた。


ところが俺は、自分で思っていたよりも、盲目的で痘痕マニアだった。


とにかく、先ずは第一に、彼との接点を作ることが肝要と考えた。
なんせこっちは、いくら開校以来きっての超天才とはいえ、入学したばかり、その他大勢と一括りの、十羽一からげの1年坊やだ。
かたやあちらは、一学年上の生徒会役員、副会長殿。
普通に学生生活なんか送っていたら、廊下ですれ違うことだって稀だろう。
ましてや、親しくなる、・・・いや、自分の恋人にしようなんて、夢のまた夢もいいとこだ。
今の俺は、アイドルに群がるファンの一人に過ぎない。

ちなみに後日わかったことだが、現実の状況は、まさにその通りだった。
そう、彼は学内のアイドルだった。
入学式で彼に一目惚れした1年が俺だけでなかったばかりか、校内の半数以上が、彼に近づく機会を伺うライバルだと言っても過言ではなく。
そりゃそうだろう、あの、絵本の中から出てきた王子様みたいな奴を見たら、女じゃなくたってポぉーっとなる。
想いをを公言する者、秘する者、表現方法もまちまちだが、彼は、先輩から可愛がられ、後輩から慕われて、そのうえ教師からも絶大な信頼を得ていた。
また、生徒会役員であることから、他校との交流もあるらしく、校外にも彼に想いを寄せる者は少なくなかった。
だが、ありがたいことに、そのためか、あえて探る必要もないほどに、彼に関する情報も常に巷に溢れていた。
しかし、これまた週刊誌の芸能ネタと同様、どれが噂で何が真実なのか、わからない部分も多いことが難点だった。

見目麗しい謎多き少年。

俺の好奇心はさらに煽られた。

入学しておよそひと月、本人との接触はなかなか図れなかったが、流れる噂の正否はある程度明らかになった。
結果は以下のとおりだ。

本当は女子らしい・・・×
ロシア系のクォーターらしい・・・×
家族はおらず天涯孤独らしい・・・×
実は子持ちらしい・・・×
母子家庭らしい・・・○
父子家庭らしい・・・×
子沢山兄弟の長男らしい・・・×
姉が二人に妹が一人らしい・・・×
一人っ子らしい・・・×
姉と二人の姉弟らしい・・・○
一人暮らししてるらしい・・・○
姉と二人暮らしらしい・・・×
兄と二人暮らしらしい・・・×
実家は超金持ちらしい・・・○
借金地獄で、ヤーさんの愛人をしてるらしい・・・×
母と姉は海外の城で暮らしているらしい・・・×
実家は中国地方にあるらしい・・・○
外国人の許婚がいるらしい・・・×
めっちゃ頭が悪いのを金で入学したらしい・・・×
成績は常にTOP5らしい・・・○
実は超遊び人らしい・・・×
実は裏番・・・×(?)

ざっとこんなもんだが、中には、皇族方の隠し子らしい、なんて話まで一時実しやかに流れていた。

で、この結果を総じて要約すると、彼は、

【母と姉の住む中国地方の金持ちの実家から単身上京し一人暮らしをしている非常に優秀且つ品行方正な純日本人の高校生。】

と、なる。

つまりは、さほど目を見張るような背景を持っているわけではなかった、ということだ。
なお、最後の項目が(?)となっているのは、“裏”だったら真実はそうそう明らかにはならないからだ。
それにしても、噂なんてのは、やはりいいかげんなものだ。
こうして見ても、8割方が、ガセネタだってことがわかる。
これじゃあ、いちいち訂正するのも面倒だろう。

しかも、俺にとっても、ここまでで知りえたことなど、基本情報ばかりで、ものの役にも立ちそうになかった。
ちっとも彼の個性が見えてこない。
つまらなすぎ!
やっぱりどうにかして本人とコンタクトをとらなければならない!
と、改めて決意した。



その矢先のことだった。


どうやら俺は神に溺愛されているらしい。

チャンスは偶然に偶然が重なって、ある日突然訪れた。


それは雨の日。
一陣の風が齎した出来事が切欠となった。


その日の放課後、俺は、日頃の授業態度について教師に呼びつけられていた。
担任および学年指導&教頭からの説教は、うんざりするほどに延々と続けられ、校門をくぐったのは、いつもなら夕飯をかっ込んでる時間帯だった。
しかも、昼前から降り始めた雨脚はいっそう強くなって足元を濡らし、俺のイラついた気分は最高潮に達し、何かに当り散らしたくてウズウズしていた。
と、そんな時、門を左折し、ふと顔を上げた俺の前、10mほど先を、白っぽい色の傘をさした奴が、なにやらもたもたと歩いているのが見えた。
大方、部活帰りの学生が携帯でゲームでもやってるのだろう、傘が不安定に揺れている。
雨の中、狭い歩道でちんたら歩く奴ほど邪魔なものはない。
俺は、舌打ちを雨音に紛れ込ませ、歩く速度をあげた。

と、その瞬間、何かを掬い上げるような突風が辺りを舞い廻った。
俺のしょぼいビニ傘はあっけなくひっくり返り、前を行く間抜けの傘は、持ち主の手を離れて車道を転がった。

ところが、そいつは、傘よりも、同時に飛んだ別のものに気を取られたようだった。
白い紙が数枚、ヒラヒラ巻き上がっている。
よほど大事なものなのか、奴は相当に必死な様子で、その紙を追った。

そこからはまるで、陳腐なドラマのワンシーンだ。




つづき

目次に
モドル
リビングにモドル