あの日青い空の下で 1
僕らはずっと一緒だった。
幼稚園から、小学校、中学校、高校と、同じクラスでここまできている。
これはある意味、奇跡と言ってもいいだろう。
中学までは、義務教育だけど、高校までというのは、そうそうあり得ない
と思う。
しかも“5人で”って、すごい。
っていうか、ちょっと怖いくらいだ。
そして、僕は、その中の一人に、ずうっと片恋をしている。
その期間、およそ10年。
これを一途というか、健気というか、異常というか・・・。
それとも惰性?
もちろん、相手に気持ちを打ち明けたことなんてないし、そんな素振すら
見せたこともない。
だって、そいつは―――
僕と同じ男子だから。
けど、10年かぁ・・・さすがに長いよなぁ。
あ〜あ〜
それにしても、どうして、なんで、“あいつ”なのかなぁ、自分。
「・・・り・・・も・・・り・・・こらっ、毛利っ!・・・なに、ぼうっと羽柴のケツ
見てんだ!」
ゴツ!
「ぅえぁっ!・・・ってぇ〜っっ・・・・・・あ・・・」
殴られた頭頂部を押さえながら声のする方を見上げると、無精髭を生や
した数学教師が、口の端を吊り上げ教科書を丸めつつ、こちらを見下ろ
していた。
今は丸めてるけど、さっきの音と痛さは、あの分厚い教科書の角で殴っ
たに違いない。
そのうえ、“羽柴のケツ”だって?
残念でしたー、見てたのは、尻だけじゃありません〜っ!
とは言えないけどさ。
教室中、笑の渦が巻き起こってるし。
まあ、こういったネタは日常茶飯事だから誰も本気になんてとらないけど、
僕の場合洒落じゃ済まないんだよね。
けど、誤魔化すのは簡単。お茶の子さいさい。
「すいませーん。あいつ、こないだ、持病の痔が辛いって言ってたんで、
心配してたんですぅー」
えええええ〜〜〜〜〜っっ!?!?きゃーーーやっだぁ〜っ!
教室内に女子の黄色い声が響く。
「ざーけんなよ、伸!それゼッタイ秘密だって言ったじゃねえか!」
再び爆笑。
ほらね。
こんなだから、僕が本当に、あいつの後姿に見とれてたなんて、誰一人
思うまい。
あいつがすかさず、ツッコんでくれたのもありがたい。
こういった機転の早いとこも、いいんだよなー。
は〜あ。
「なるほど、そうか。そりゃ、友達思いだな。じゃあ、痔の辛い羽柴に
代わって、次の問題、お前やれ」
「え〜っっ?立ってるほうが楽なんじゃ・・・・・・はぁい」
女子たちはまだクスクス言ってる。
僕は、さも、渋々といった風に席を立つ。
けれど、あいにく、僕はあいつほどじゃないにしても、頭は悪くないし、
それ以上に努力家だ。
予習復習も欠かしてない。
机一列分を挟んですれ違い様、当麻は、その長い指先についたチョークの
粉をはたき落としながら、ニヤリと意地悪な笑みを向けてきた。
さしずめ、ザマーミロ&後で覚えてろよ!ってとこだろう。
僕は、そんな奴を、ふんと鼻で笑って通り過ぎた。
ああ・・・不毛・・・。
次の休み時間、早速当麻は僕の席にやってきて、椅子の底を蹴り上げた。
「伸!てめえっ、この学園のアイドル羽柴様に変な噂がたったらどうして
くれんだよっっ」
「噂ぁ〜?なんだよ、だって本当のことだろう?」
僕は、しれっとして座ったまま、椅子の背に腕を掛け彼を振り仰ぐ。
「んなわけねえだろっ。つーか、お前、何、俺に見惚れてんだよ、モーホー
かよっ」
「それこそ、ふざけんな!どこまで自意識過剰なわけ?当麻なんかに見惚れ
るって、ありえないから!相変わらず、きっっったない字だなぁって呆れ
てただけだよっ」
胸のうちのドキリとした想いを封じ込め反論する。
「そりゃ、書道家なお前から見たら、男子の字なんて全員アウトだろうが。
俺のなんてキレイなほうだっ」
「腐った目で見たら、そうかもね〜」
「なんだとっっ、お前、マジ、ムカつくー!」
「うわっ!やめろよ!御髪が乱れるだろーっ」
僕らの会話は、だいたいいつもこんな風。
こんなんで、どうしたら恋愛になんて発展のしようがあるだろう。
・・・ないな。
100%無理。
はぁああ〜・・・
ちなみに、僕は実際、書道家の道を目指している。
父は、そこそこ有名な陶芸家だった。
母は華道で、姉は茶道の先生だ。
そしてそのうえ3月生まれだから、本当は他の4人よりは1学年上の
はずだった。
ところが、幼稚園の途中で大病し、長いこと入院したために、祖父が
不憫に思い、で、半ば無理矢理に幼稚園で留年することになり、その
まま小学校も遅れて入学し、今に至る。(*)
普通では考えられないことかもしれないけれど、祖父のごり押しが効
いたのか、諸事情があれば、結構臨機応変に対応してもらえるのか。
そんなわけで、復帰した幼稚園の年長組で、僕らは初めて知り合った
わけだ。
幼馴染5人組の内訳は、ざっと以下のとおり。
すぐ感情に走る熱血漢の割には、何故か僕らの中心人物の遼。
沈着冷静を絵に描いたようでありながら、実はその内に熱いものを持つ、
ご意見番の征士。
おせっかいなほど正義感に溢れ、場を盛り上げることについては天下一
品の兄貴肌な秀。
神童と呼ばれて久しい、反面、生活ぶりはダラケまくり、参謀格の当麻。
一番普通に見えてその実猫かぶりの、常に一歩退いた脇役な僕。
といった(僕以外は)強烈な個性の面々。
どうして、こんな奴等の仲に自分がいるのか不思議だけれど、これが
腐れ縁ってやつだな。
僕らは昔からつるんでいて、これからもたぶん切っても切れない仲だ。
皆、いい奴ばかり。
男として、惚れるに値する奴等。
なのに、何故か、その中の一人だけに、友達として以上の感情を持って
しまった。
そりゃあもう、何度も考えたさ。
どうしてだろう??って。
切欠は、たぶん、あの時だ。
(*)本当にこんなことが可能なのかは未調査ですので、追及しないでください。
続く
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