個人れっすん 【後編】

さらに、このことによって、彼は、今までとは違うことにも興味を示し始めた。
他人の作った映像や、それに基づいて構築したバーチャルなものではなく、実物に、
感触があって温度のあるものに関心もつようになったのだ。

いわゆる、“自然が作り出し存在するもの”を認めるようになった。

それはすごい進歩だ。

彼の、出かけることへの、意欲は日増しに増していった。

ただ、一歩でも外に出てしまえばなんてことないのに、やはり、そこまでに時間が
かかる。

一歩を踏み出すとき、彼は必ず僕と手を繋ぎたかがった。
けれども、いつかは親離れするだろうと、差し出された手を振り払うことはしなか
った。


そうして、僕らはあちらこちらへ出かけるようになった。

“お出かけ”は、僕にとっても好影響で。
地下の穴倉生活によるストレスも軽減されて、お蔭で二人の生活は、さしたる問題も
なく、それはそれは平和に過ぎていった。



ある日僕は気づいた。

僕等は互いに互いを個人レッスンしているようなものなのだ、と。


彼はさすがに教授、しかも大学を支えるほどの博学教授だけあって、その知識は驚嘆に
値し、たまに少々うざく感じはするものの、僕の知的好奇心は満たされ、悦びすら覚え
るほどだ。

一方、教授にとっての僕は、外界との接点で、自分には全くない知識と経験の宝庫だ。

つまり、まるで凸と凹。
互いに互いのないものを補い、尊敬し合える仲になった。
教授と生徒という主従関係であるとともに、当麻と伸という、友人にもなれた気がする。
そういう意味では、僕たちは相性がいいのかもしれない。

なーんて、思い始めたその矢先、



事件は起こった。



僕の目は怒りに燃えていた。
足取りにもそれが表れている。
鼻息は荒く、何度も袖で唇を拭った。


信じらんない!信じらんない!信じらんない!

あいつ、なんなんだっ!

いくら、親密度が増したからといって、あんな・・・あ、あんなことを・・・っ!


僕は、近くの壁に両手をつき、その間にがっくりと頭を落とした。

男としてのプライドが崩れそうなのを、必死て食い止める。

手はいい。
まだ我慢できる。
あれは一種精神安定剤のようなものだし、弟と手を繋ぐ兄、というシチュと思えば
(年齢はさておき)、まー、耐えられないほどのことでもない、と今まで自分を
納得させてきた。


だが、○ツは違うだろっ!
兄のケ○を触る弟がどこにいるっ!
そんなの、ただのヘ○タイじゃないかっ!
ああ・・・っ、ニイチャンは泣きたいっ。
そんなふしだらな弟に育てた覚えはないっ。

・・・・・・・・・弟じゃないけど・・・。

あああああああっ、そうじゃなくて・・・っ!

何考えてんだ僕・・・。

と、廊下の奥から低い機会音が微かに響き、そして少しの間をおいて。

コツ・・・コツ・・・コツ・・・

ゆっくりとした、けれどもしっかりとした足音が近づいてきた。

顔を上げ、音のする方角を見やると、先の角を曲がってやってくる人物が目に入った。
その人は、遠目からでも特定できた。

僕をここに送り込んだ張本人だ。

そうだ!
彼に訴えよう!
あいつがいかに非道か。
・・・まぁ、非道というほどではない、かもしれないけれど。
でも、無茶苦茶であることに違いはない!

よしっ!


「伊達教授っ」
「おお!毛利。どうだ?」

あーーー・・・・・・
『どうだ?』とは?


曖昧すぎて何と答えてよいかわからない。

仕方ないので、先ずは当たり障りのないほうでいこう。

「あー、はい、元気です」
「ふむふむそうか。それはよかった」
「有難うございます。それで、実は、あのぉ・・・」
「ふーむ・・・久しぶりに来てみたが・・・」

腕を組み、なんてことはない廊下をぐるりと見渡す。

おいおいおい、久しぶりすぎんだろっ!
僕がここに来てから初めてじゃないかっ!

というツッコミは、唾と一緒にぐっと飲み込んだ。

「あのっ、教授!実は聞いていただきたいことがあるんですっ」

とにかく今は、教授に現状報告だ!


全てを聞き終えたパツ金の教授は、驚きの色を隠せない様子で、僕を凝視した。


そうだろう、そうだろうともっ!

僕は、満足して、教授の言葉を待った。

「なんと・・・っ」

うんうんうん!
そりゃそうだろうとも!

自分が派遣した生徒が、自分の紹介した教授に、パワ&セクハラにあったのだ。

しかも“男子生徒の”ケツを触るなんてっっ!!!

「あいつが、お前のをかっ?!」
「はいっ!」
「あいつが、お前の尻に、触ったのか・・・」
「はいっ、そうなんですっっ」
「間違いないな?」
「ええ!間違いありません!」
「・・・なんてことだ・・・、信じられん・・・っ」

教授は手で口を覆った。

よしっ!よしよしよしっ!

あいつを、しっかり、ガッツリ、叱ってやってやってくれ!!
なんだったら、懲戒免職にしてやってもいいんじゃないか?

そしたらこれで、奴も破滅だ!
ザマーミロ〜〜〜っっっ

が、

こうして心の中でガッツポーズを繰り返し、両手を突き上げたのもつかの間、
続いた言葉に、僕は愕然とすることになる。



伊達教授は言った。


「すごい・・・!それは、すごいことだぞっ、毛利!」


と。



おや?

はて?

『すごいこと』ですと???
『大変なこと』の間違いではなく??

見れば教授はの目は、興奮に輝いている。
美形が益々ランプアップしていた。

間違いない。


伊達教授は今、嬉しいのだ。


喜んでる・・・・・・・・・っ?!


同僚の教授が生徒のケツを触る → 驚く → 喜ぶ


・・・おかしくね?

「あ、あのぉ・・・」

「そうか、とうとう・・・!とうとうやったか!・・・っ、やはり、お前をここに
 送り込んだ私の目に狂いは無かった!」


ひとり頷く教授。

そして、・・・まさかの、涙?

マジでーーーっ?!?

「えー・・・あの・・・、きょ・・・」

「毛利!」

「はっ、はぃいっ!」

超美形鬼の教授に、ものすごい真剣な面持ちで肩をガッチリ掴まれて、慄かない
奴はいないだろう。


「毛利、引き続き、あいつを頼む!あいつを頼めるのはお前だけだ!」

「は、はははいっ!わかりましたっ!・・・て、ええっ?」

えええええええっ?!?!
なんだとーーーー!!!
どどどどど、どゆことーーーーーっ?!?!

彼は最後に、とびっきりの笑顔で、もうひとつ大きく頷くと、踵を返して、来た
道を戻っていった。


わざわざここまでやってきた当初の用事は、もうどうでもいいらしい。


「そうが、あいつが・・・」

と、何度も呟き、時に感極まったような声と鼻をすする音が、廊下に響いていた。



見送る僕に、闘志など残っているはずもなかった。




なんなんだよ、この展開・・・。

あの教授等二人ともどうかしてるが、丸め込まれてこうしてすごすごヤツの下へ
帰ろうとしている僕もどうかしてる。


だって、本当はもう出て行ってもいいはずなんだ。
契約期間は過ぎているのだから、僕はもう自由なんだ。
なのに、そのことを切り出さずに、ぐずぐずとここに留まっている。
それはやっぱり、僕も、ここにいる利点があると思っているのと同時に、彼を放って
ほけないと、思っているからで。

せっかく、懸命に外に出ようと努力している人間を、中途半端に投げ出すことはでき
ないからで。

傍若無人なところはあるけれど、セクハラさえしなければ、良い奴だし、可愛い奴だ。

そう、ケツさえ触らなければ・・・!

直談判だ。

よしっ!それでいこう!

「おー、伸!どこ行ってたんだ?」

・・・ちっ・・・知ってるクセに。

この地下洋裁は、かのアルカトラズも真っ青な、完璧なセキュリティシステムが導入
されている。

僕が、今、どこで誰と会ってたかなんて、聞くまでもないはずなのだ。

「伊達教授がいらしてたんでちょっとお話しさせてもらってました」
「へー、征士のヤツが?何年かぶりだな」
「え・・・っ、そうだったんですか!」
「そーかー、残念だったなー。直接礼を言いたかったなー」
「礼?」
「ああ!・・・お前に引き合わせてくれたお礼をな」

何、照れくさそうに、頭掻いたりなんかしちゃったりしてんだよっっ!

いかーん・・・
どうにか燻っていたさっきまでの怒りが、しゅぼしゅぼと音を立てて縮んでいく〜・・・。

いやっ、でも、言うべきことは言っておかねば!


「あの、羽柴教授っ」
「んー?なんだ?」
「ひとつ、お願いがあります」
「願い?・・・・・・・・・なんだ?」
「きいてもらえます?」
「きいて、ってのは、ヒアリングだけじゃない、ってことか?」
「そうです。願いを叶えていただきたいんです」
「うーん・・・、それは・・・なんともなぁー。内容を聞いてみんと、確約はできんなー」
「もし、きいていただけないなら、」
「なら?」
「叶えていただけないなら、もう一緒に外に行きません!」
「ええっ!?・・・うっ・・・・・・ぬぬぬっ、うーむ・・・っ。・・・よしわかった、叶えよう」

え・・・、めっちゃあっさり折れたな・・・。

まぁ、それほどに外へは行きたいと思ってるってことか・・・。

「約束していただけますね?」
「しつこいなお前も。約束するって」
「なら・・・」

僕は少しばかりもったいぶって咳払いをした。

「二度と、さっきみたいに僕の尻を触らないでください!」
「おっけーわかった。え?そんだけか?」

え?

「あ、・・・はい。それだけ・・・です・・・」
「なぁーんだ!そんだけのことかーっ!いやあ、ヨカッタヨカッタ」

そんだけ・・・
そんだけ・・・

ソンダケ ソンダケ ソンダケ ソンダケ ソンダケ ソンダケ

ソンダケヨカッタヨカッタだとぉーーーっ?!

てことはなんだっ?!
僕のケツは、“ソンダケ”の価値しかなかったってことなのか?!!

失礼だっ。
失礼にもほどがある!!

いや違う!
そうじゃないっ、そういうことじゃないっっ!

だけどなんだか、なんとも悔しいのは、何故だっ何故なんだーーーっっ!

「・・・・・・・・・では、そういうことで、よろしくおねがいします・・・」
「おうっ!任せておけ!」

鼻歌交じりで研究作業に戻る彼の後姿を、僕はただ見送ることしかできなかった。



それから半年。




約束は違われることなく守られている。
あの日以降、“さっきみたいに”尻を触られたことは、確かに、一度もない。


けれど・・・


「ぁっ・・・あっ、あっ、教授っ、ダメ・・・っ、ふっ・・・かっ、深いぃっーーーっ」
「教授、じゃないっ、ここでは、当麻と呼べって、言ってる、だろっっ」
「あんぅうううっ」


最近僕は、ほぼ毎晩、羽柴教授のベッドで寝ている。

たまに昼も。

たまに研究室でも。

彼は、約束を守った。

だが、翌週には唇を奪われた。

教授が予約した高級レストランで、ほっぺたの落ちるような食事をし、名前しか
聞いたことのないバカ高いワインを二人で空けてほろ酔い気分で大学に戻った。


ぎりぎり街灯の明かりが届く、秘密のドアの手前で、腕を捕まれ、引き寄せられ、
見つめ合い、目を閉じた。


これは責めるわけにはいかなかった。

だって、この時の僕は、何が起こるかわかってて、わかっていたにもかかわらず、
抵抗するどころか、自ら彼の首に腕を回してしまったのだから。


お酒のせいにできたかもしれないけれど、僕にその気はなかった。

それから教授は、僕の髪に、項に、耳に振れ、額に頬に瞼にキスをした。

耐性、というのだろうか、それとも麻痺?慈悲?

とにかく僕は、徐々に慣らされ、流されていった。

癪だけれど、まんまと奴の策に嵌ったのだろう。

とはいえ、僕の中に後悔はなかった。

なんとも不思議だ。

教授と、当麻といると、色んな意味で楽しいし、気持ちがいい。
こんなに尊敬できる人はいないし、同時にバカにできる人もいない。

知識を得ることの快感を知ったのは当麻のお陰だし、それから・・・コッチの気持ち
よさ(最初は痛怖かったけど)を教えてくれたのも、彼だし・・・。


今は、・・・いや、たぶん僕は、始めて彼に会った時から、自分の意志でここにいる
ことにしたのだ。



彼には、もっともっと色んな事を教えてほしいと思う。


それに僕も、まだまだ色んな事を教えてあげたいと思っている。


こうやって、二人の世界を少しずつ広げていけたら・・・、それは、とても素敵な
ことなんじゃないかと、最近の僕はちょっとウキウキしている。




END

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目次にモドル
リビングにモドル

【頂戴しました小梅様からのリクの内容】
個室ジムとかいうやつw 
というか、ジムでなくともいいんです。

『マンツーマンで何かを習う環境での関係からの〜何かハッテン』できればw
家庭教師的なのでもお料理教室でもいいです。どんなジャンルでもウェルカム!
どちらが教える側でも生徒側でもOKです!両方先生でもいいし、両方生徒でも
あと、使いにくいかもしれませんが、征士をどこかで使ってやってくださいw
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【はも。より】
いつも通り、キリリクに対しては期待を大裏切りしてしまっている感たっぷりで、冷や汗かきまくりでしたが、
書き手としては、非常に楽しかったデスvvv 少しでも笑っていただきましたらば、幸せです♪