【前編】
じゃーん、けーん・・・・・・
ほいっ!!
よく晴れた、ぽかぽか陽気のある日。
柳生邸のリビングでは今、そこそこ・結構・真剣なジャンケンが繰り広げられていた。
メンバーは3名。
何故2人足りないかというと、その、この場にいない2人が、ターゲットであるからだ。
それは、遡ること数時間前―――
「うおぉぉおおっ!じれってぇなあ!」
「うむ・・・確かに、じれったいな・・・」
「「ん?」」
「「なんだって?」」
事は、この二人の会話から始まった。
「秀は、何が“じれったい”のだ?」
「そりゃ・・・、おめえ、アレよ。わかんだろう?」
「“あの”二人か・・・」
「“あの”二人だ」
「で?お前は何故気づいた?」
「本人から直接聴いたんだよ」
「直接?」
「おうよ!」
数週間前、他の面子が留守をしていた時のことである。
たまたま二人だけになった秀と、今回のターゲットの片割れである当麻は、未成年にもかかわらず、酒盛りをしていた。
そして、まあ、こんな時話題になるのは、だいたいこの場にいない面々のことになるわけで・・・。
「・・・ってよお、伸の奴もあれで、もちぃっと小五月蝿くなけりゃあなぁ」
「ああ?『小五月蝿くなけりゃ』?小五月蝿くなけりゃ、なんなんだぁ」
ここで急に当麻のテンションが変わった。
それまで他の奴等の話の時は、適当に相槌をうっていただけっだったくせに、いきなり声のトーンを下げて絡んできた。
だが、この段階では秀も別に気にも留めていなかった。
酒の入った席でもあるし、そうだろう。
「ええ?あ〜・・・まぁ〜、そうだなぁ・・・、顔はそこそこだし、掃除、洗濯、何でも進んでやってくれるし、なんつっても料理が絶品だからなぁ、だからぁ・・・」
「だからぁ?」
「だからさぁ、ま、男なのは置いといて、あいつが女だったら付き合ってもいいかなーと」
「あんだって?」
「だからぁ、つきぁ・・・」
「んだとー!ふざけんなーーーっっ!!」
「うええっ?!」
別にふざけてなんかない、というか、こういう場の会話なのだから、そもそもがおふざけだ。
なのに、酔いもすっ飛ぶほどの剣幕で怒られた。
で、さすがの秀も気づいたわけで。
「んだ?も、もしかしておめえ・・・っ、奴のこと狙ってんのかぁ?」
「ね・・・っ!狙ってるとか、そういう、だな・・・っ、そっ、そういう・・・そ、その・・・」
今しがたの勢いはどこへやら、途端にしどろもどろのヘナヘナになった。
「あーはいはい、言い方悪かった。で、お前、伸のこと好きなのか?」
「う・・・っ」
モジモジ君だ・・・。
これで気づかなければ、相当のアホである。
「そうなのかー!へー!ほー!お前がなー、人並みになー(←?)、そうかそうか、ふーん、なるほどなー。で?」
「『で?』・・・って?」
「お前は、奴のどこがいいんだ?」
「そっ・・・そらお前・・・、顔はそこそこだし、掃除、洗濯、何でも進んでやってくれるし、なんつっても料理が絶品だからな〜」
「・・・・・・」
おいおい
俺とまるっきし同じゃねえか。
とは、秀は言わなかった。
そして、伸の“あの”性格については一切触れてこないことは、この際きっと無視したほうがいいのに違いない。
と、結論付けた。
「なるほど、わかった!・・・で?」
「『で?』・・・って?」
「奴に、告ったのか?」
「こ、告・・・っ?ああん?!何をバカな!この俺がんなことするわけないだろうっ」
「は?」
秀には意味がわからなかった。
何故、好きな奴に好きと告白“するわけがない”のだろうか?
IQ250、やっぱついていけねえ・・・。
眼を点にさせたまま固まってしまった仲間に、当麻は、僅かに頬を染めながら続けた。
「あいつのほうが俺に惚れてんのに、俺から告ったら立場が逆転しちまうだろ」
なんだそりゃ、である。
それ恋愛か、おいっ、である。
「なるほどな・・・。そういういきさつだったか・・・で、その後は?」
「あー、どうだったかなー、当麻の奴、それきりむっつり黙り込んじまったから、そこでお開きにしたんじゃなかったっけかな」
「そうか・・・」
ここで一言断っておくと、征士が未成年者の飲酒に言及しないのは、彼が寛大だから、ということにしておこう。
「で?征士は?お前はなんでわかったんだ?」
「私も、伸から直接聞いた」
「えええっ!あいつが、お前にぃ〜?!」
「そこまで驚かんでもよかろう」
「いや、まあ・・・、けどお前にそんなこと相談するなんて、伸のやつも相当煮詰まってんのかな」
「秀・・・」
「あ!悪りい悪りい。で、伸は何て言ったんだ?」
それについては、かれこれ数日前。
当麻は、資料室に篭り、遼と秀は部屋でゲームに夢中。
ナスティと純は、この話の中では割愛。
そんな折、伸が征士の部屋にやってきた。
コンコン
軽やかな音が響いて、征士は来訪者を特定した。
「伸か?」
ドアが開けば予想通りの人物が顔を覗かせた。
「当たり。征士、今、時間、いいかな?」
「ああ、構わんが、何だ?」
「ちょっと、相談事に乗ってほしくって」
「ほぉ・・・、お前が、私に、か?」
「ま、ね・・・」
「で?『僕、当麻のことが好きなんだけど、どうしたらいい?』ってか?」
「いや、違う」
「それで?どういった悩みがあるのだ?」
「悩みっていうか、どう対処したもんかと思って」
「対処?何の?」
「当麻のさ」
「当麻?」
「そ、我らが参謀、大天才の寝汚い超我儘野郎」
「・・・それって好きな奴に使う言葉じゃなくね?」
「まあ、続きを聞け」
「その当麻が、どうだと?」
「あいつさー、僕のこと好きなんじゃないかと思って」
「ふむ、なるほどな・・・、って!はぁ?何だって?!」
「あー、やっぱそーだよねー、征士にこんな話は無理だよねー、わかった、ごめん。今の聞かなかったことにして」
「えっ、あ、いっ、いや、待て、伸!私は・・・っ、別に同性愛に対して偏見はないぞ!」
「え、あれ?ほんとに?」
「人が人を好きになるのに、性別は関係ないと思っている!まぁ、私自身は女性がよいが。特に、髪は長くて色白のだな・・・あ・・・」
「あ・・・そう・・・」
征士の女性の好みはさて置き、伸は、征士に、当麻の数々の挙動不審の原因について、実に冷静に分析してみせた。
そして出た結果が、先のとおりだったというわけで。
「ふむ・・・まるで小学生だな・・・」
「そうなんだよねぇ」
伸は、この面子のうちの誰よりも一般常識というものに近い存在であった。
したがため、気づいてしまった当麻の、今の日本では非常に公にし難い感情と、知能が高いが故のその不可解な行動に、この先、どう対処したらよいかわからなくなってしまったというのだ。
「それで、伸自身はどうなのだ?」
「え、“どう”・・・って?」
「伸は、あいつに好かれて、どうなのだ?」
「うーん・・・、ただの頭でっかちの子供だと思ってた分には、まったくもってどうでもよかったんだけどさー」
酷い言い草である。
恋愛のレの字も存在していない言いっぷり。
だがしかし。
「けど、不思議なもんで、想われてるってわかれば、それはそれで、まぁ悪い気はしないんだよな。ほら、あいつ、スタイルいいし、顔いいし、頭いいし」
当麻の内面について一切言及していないことには、あえて眼を瞑ろう。
とにかく、当麻が憐れに思えるほどに冷たく接しているにもかかわらず、どうやら伸は奴のことを気に入っている、ようなのだから。
当麻も当麻だが、こっちも小学生並みだな・・・。
征士は思った。
「・・・と、いうことは・・・、どう、なのだ?」
「“どう”・・・って?」
「伸のほうからもアプローチするとかは・・・」
「はあっ!?なんで僕がっ?ありえないねっ」
「え?」
征士には意味がわからなかった。
何故だ・・・想われている相手に、こちらも同じ気持ちであると表現することの何が“ありえない”のだろうか。
仲間内で一番の常識人だと思っていたが、それはただの思い込みだったのだろうか・・・。
眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった征士に、伸は続けた。
「まぁ、そうだねぇ、告白してきて、どうしてもって言えばさ、付き合ってやってもいいかなー・・・とは、思ってるんだけど・・・」
少しばかり頬を赤らめて言っているあたり、まあ、若干惚気ているのかもしれない。
「うげぇ〜っっ!さすが伸!どこまでも果てしなく上から目線っっ」
「まあ、あいつはそういう奴だからな・・・」
なのに、当麻からは、いつまで経っても告白してくる気配がない。
だからと言って、こちらから話を振るのもマヌケだし、何より癪だ。
というのだ。
これまた、なんだそりゃ、である。
いっちょまえに恋の駆け引きかよっ、おいっ、である。
「あいつ等、似たもの同士だったんだな・・・」
「ああ」
この時、征士は明確な助言をしてやることはできなかった。
なぜなら、あの後、結局は、伸の当麻に対するグチ(=惚気)を聞いただけで終わってしまったから。
そもそも、元から当麻に対し殊更冷たくあしらっていたのは伸自身だ。
そのイライラする当麻の挙動不審の原因が、好意を向けられている所以だと気づき、しかもそれが満更じゃないから、これからどう対処したらいいかなんて、んなこと聞かれたって、征士に答えられるわけがない。
たぶん伸は、それをわかっていて征士に話を振ったのだ。
つまりは、ただ話を聞いて欲しかっただけだったっつー、そゆこと。
けれど面倒見のいい秀と、真面目な征士は、『んなの知ったことかよっ』『時間の無駄だった』などとは決して思っていない。
おそらく。
ただ、知ってしまったからには、気にせずにはおられない・・・。
方や数週間前から、方や数日前から、それぞれが、それぞれを注視していたわけで。
件の二人は、相手の想いに気づいていながらの、不毛なすれ違いを続け、小学生レベルの駆け引きを続けていた。
いや今の時代なら、幼稚園児でも、もっとオープンに自分の気持ちを表現することができるだろう。
どちらが先に相手を好きになったかなんて、いわゆる『鶏と卵論』で、この際どうでもいい。
とにかく、今はお互いに、“好き”なのだ。
なのに・・・なのである。
で、そんなグズんグズんの二人の様子を見かねた秀と征士が発した言葉が・・・
冒頭の『じれったい』に繋がるわけだ。
「ふん・・・なるほどな・・・」
「ったく、しょうがねえよなぁ〜」
「人の恋路をどうこうしたくはないが・・・」
「別に邪魔するわけじゃねえし」
「夫婦喧嘩は・・・とも言うが」
「あいつら(まだ)夫婦じゃねえし、俺達、犬じゃねえし」
「ならばやはり・・・」
「一肌脱ぐしか・・・」
「「ないな」」
「俺も一肌脱ぐぜっ!」
唐突に割り込んできた声に、二人は飛び上がって驚いた。
「「りょっ、遼・・・っ!?」」
ここで、この話しにもう一人が加わることになった。
だが、彼の参画には、ひとつ問題があった。
それは、、、
このアホ臭い恋の駆け引きを繰り広げている片割れの伸が、遼のことをモーレツに溺愛・偏愛していることである。
メンバー1の常識人の伸ではあるのだが、こと遼に対してだけは、別格別腹なのである。
その構いっぷりたるや、常軌を逸しており、おそらく、人が見たら、100人中99.5人は、『こいつらデキてる・・・』と思うだろうほどのベタベタっぷり。
と、いうことは、その99.5人には、当麻も含まれているわけで。
だから、彼の行動はますます奇天烈なことになるのだ。
ところがだ、まるで相思相愛の遼と伸だが、先ほどの話からすると、伸が好きなのは当麻であるからして、傍から見るほどには、伸は遼のことを、そういう感情では見ていないらしいと言える。
どちらかといえば、親鳥の心境なのかもしれない。
では、一方の遼はどうなのか。
彼は、伸からの尋常でない量の愛情を、何の抵抗もなく、帽子も日傘も日焼け止めすら塗らずに真夏の太陽光を浴びるが如く、全身いっぱいにバンバン受けまくっていた。
だから、遼は、伸のことが大大大好きなのではないかと、征士も秀も思っている。
んが―――
「そういやぁさ、あいつら見てると、イライラするもんなー」
腕を組んで一人頷く遼。
どこから二人の会話を聞いていたのか知らないが、彼のほうから、ど真ん中を剛速球で貫いてきた。
「へっ?!ええっ!?・・・って、言うと??」
「なんだよ、お前ら当麻と伸の話してたんじゃないのか?」
「え、いやっ、まぁ、その・・・確かに、そのとおりなのだが・・・」
「だ・か・ら!あの二人、好き合ってるくせに、煮え切らないなよなーって、そういう話。だろ?」
「いや、まったくそのとおり、だ」
「つか、遼、おめえ、いつから気づいて・・・」
「そんなの、見てりゃわかるじゃないか。お前らは違うのか?」
はい、違いました。
そして意外。
超〜ぉ意外!
いやはや、一等、まだまだお子ちゃまだと思っていたのに、なんとも・・・人は見かけによらないとは正にこのこと。
だが、考えてみれば、常に伸の一番近くにいるのだから・・・、と、言えないこともない。
「でも、おめえ・・・、遼は、いいのか?」
「は?何がだ?」
「その・・・(エヘンっ)・・・なんだ・・・、遼は、伸のことは・・・すっ・・・す」
「俺?俺が、伸を好きなんじゃないかって?」
頷く二人。
「そーだな、確かに好きだ!今まで生きた中ではダントツ・ブッチギリで一番に!けどそれって、幼稚園児が保母さんを好きなるのと同じじゃないかと思うんだ。だから、俺は、当麻に嫉妬しつつも、伸が幸せになれるなら、この試練を乗り越えなきゃいけない、そう思ってる!だって、それが大人の男ってもんだろ?」
なんだかスゲー・・・。
子供なんだか、大人なんだかよくわからん・・・。
秀と征士は心の内で呟いた。
まー、そんなわけで、3人は話し合った。
数時間、真剣に、喧々諤々、話し合った。
で、数時間が経過し、最初のじゃんけんに戻る。
あーいこーで・・・
ほいっ!
「・・・よし、では、私が一番だ」
「んで、二番が、俺っち」
「最後が俺だなっ!」
名付けて『けしかけ隊』
かなりベタでダサイ命名ではあるが、見ているのもイラっとするあの二人を、どうにか上手いこと鞘に収めようという、くだらない割には、それなりに切実な問題を解決するべく結成されたグループである。
しかし、こんな馬鹿馬鹿しいことに、長い時間はかけたくない。
そこで、ここは短期決戦と、結成期間は本日限定とすることになった。
つづく
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