【中編】
「当麻、話がある」
先鋒である征士が訪れたのは、引き篭もりの当麻が占拠している、柳生の死んだジイ様の研究室兼書庫である。
ぞんざいに開けたカーテンの隙間から差し込む外光に舞う埃が靄のように見える。
征士は軽く咳払いをした。
「こんな薄暗い中では、眼が悪くなるではないか」
元来彼は、人の色恋に首を突っ込みたがるタイプではない。
しかし、今後の戦いのことを考えると、当麻と伸、この二人の気まずい雰囲気は決してプラスには働かないだろうとの思いから、已む無く自分を納得させ・・・
いや、実は、ちょっと興味津々だったりもする。老成しているだの、堅物だの言われていても、彼だってまだまだ若者なのである。信じられないが、まだ10ん〜才なのである。
なんだから、少しはこういったことを楽しむ茶目っ気があったっていい。いいじゃないか!と、思うこともある。
そんなわけで、表には見えないが、意気込みはそこそこあった。
とはいえ、意気込みはあっても、いかんせんこういったことには慣れない。
当たり前だ、信じられないが、彼だってまだ10ん〜以下略。
で、あるからして、当然、緊張しているわけで。
机に齧り付いている当麻の横を何気ない素振で通り抜けると、彼は己へ気合を入れるのに併せ、力いっぱい窓辺に掛かる厚手の布を引っ張った。
ビャーぁっ!
「あ・・・」
明らかにレールが擦れるだけではない、妙な気の抜けた音が混じった。
「あー、言っとくが、そこのカーテン、こないだ伸が直したばっかだぞ」
ちなみに、“言っとくが”という言葉は、誰かが行動を起こす前に言う台詞である。
「・・・なん、だって?」
「そこさ、ガンガン陽が当たるだろ。だから他んとこより経年劣化が進んでてさ、俺も先日破いたばっかで。いやぁ、そらもう怒られた怒られた」
「・・・当麻」
「なんだ」
「そういうことは、先に言ってくれ」
「ああ、そうだよな。悪かった。で?話って何だ」
「いや・・・もういい」
「ふーん・・・そうか」
こうして征士は、敢え無くあっけなく撤退を余儀なくされた。
収穫といえば、あの伸も、どうやら裁縫は苦手らしいという、かなりどうでもいい情報だけだった。
後でこっぴどく伸に起こられる自分の姿が容易に想像できた。
そして、おそらく当麻も「何故征士が開ける前に忠告しなかったのか」と、再び伸に怒られてしまうことだろう。
征士は出てきたばかりの部屋の外で、ガックリと肩を落とし大きく溜息をついた。
二人を纏めるどころか、これから伸に叱られる覚悟をしておかなくてはならなくなった征士であった。
「よおっ!どうだったよ、成果は?」
ふらふらと階段を上りかけたところで、秀に呼び止められたが、征士は薄く笑って応え、自室へと引き上げてしまった。
「うーん・・・、そうか、当麻の奴にめっためたに論破されちまったんだな・・・あの様子じゃ、伸を説得するのも無理っぽいよな・・・。ふんっ、うっし!じゃあ、次は俺だっ」
秀は、根っからのお兄ちゃん気質である。しかもミーハー。
年相応にこういったクダラナイことも大好きだ。
なので、馬鹿馬鹿しいとも思ってはいるが、それよりも楽しみに思う気持ちのほうが明らかに大きかったりするのだ。
ちょっとやり手ババアのような心境といったところ。
この際、二人が同性同士とか、そんなこたあ、彼にとっては、まったく問題ではない。
面白けりゃ、万事おっけー。
彼は先ず、伸から攻めることにした。
「おうっ!伸、いつも悪りいな、たまには手伝うぜ!」
伸は、外で庭の芝に水を撒いていた。
口を絞ったホースから勢いよく飛び出る水流が、陽光を浴びてキラキラと瞬いてる。
「ああ、秀、さんきゅー。ちょうど押さえてる指が痛くなってきたとこだったんだ」
よしよし。
先ずの、ご機嫌取りは成功だな。
腹ではそう思いつつ、
「そうか!そりゃ、タイミングばっちりだったな」
ニッコリ顔で言って、秀は伸からホースを受け取った。
「じゃあ、後は任せていいかな?夕飯の材料で足りないものがあるから、ちょっと街に行ってきたいんだ」
「おうおうっ、遠慮なんかすんなよぉ、後は俺っちに任せて、ゆっくり行ってきな!」
「悪いね、秀」
「なーに、いいってことよっ」
「じゃ、よろしくー」
「おーっっ」
ふんふんふーん♪
じょばばばばー
ふっふーんふん♪
だばばばばばー
ん?
あれ?
んんん?!
いや・・・、いやいやいや!待てよ!そら、ないんじゃねえか?
ここで俺一人、水撒いてたって、なんもならねぇよーっっ!
と、秀が気づいたのは、伸が下の道に出て、街行きのバスに乗った頃だった。
伸は、“指が痛くなってきた”などとのたまったが、どうやら彼が放水を始めたのはついさっきのようで、水滴をつけている芝は、周囲2メートルほどの円内のみ。
遮るもののない太陽直下の広大な芝生群&雑草郡が、彼の目の前に広がっていた。
さらにその向こうの見るからにカラカラの樹木まで、まるで餌を待つ雛のように見える。
そんな光景を、“アニキ”の秀が放っておけるわけがない。
彼は半ば泣きたくなる気持ちを堪えて、「よしよし、今、にいちゃんが命の水をやっからなー」と、人ではないもの達に声を掛け、勢いよく放水を再開した。
だがしかし、その無駄に元気な声は、明るい日差しの下、ひどく空しく響いていた。
「なにやってんだ、秀・・・」
伸に代わって一人水遣りを始めた秀を、リビングの窓から眺めていた遼は呟いた。
「あれじゃ、伸と話をするも何もないじゃないか」
尤もである。
しかも、水遣りが終わるまで、当麻と話をすることもできない。
途中で投げ出したら、間違いなく伸に怒られる。そして、夕飯のおかずに影響がでる。
ということは、あの作業、まだまだ時間がかかる。
たぶん夕方まで。
伸はお使いに出かけてしまった。
バスの時間は限られているから、彼も帰ってくるのは夕方だ。
当麻は・・・
当麻は・・・
俺、―――苦手だ。
よしっ!
遼は一人頷いた。
決戦は夜だ!
「ごっつぉーさんしたぁ!ふぅー満腹満腹っ」
「秀、昼間は庭、ありがとう、助かったよ」
「いやいや、いいってことよ!いい運動になったぜ。それに、おかずもオマケしてもらえたし、役得役得っ」
「まあ、それくらいしかできないからね」
秀の目には、誰にも気づかれないほどの涙が浮かんでいた。
「ごちそうさまっ、今日も美味かった!伸」
「いえいえ、お粗末様。遼の口にあってヨカッタ」
「・・・ご馳走様でした・・・。伸、今日のこと、本当に・・・っ」
「ああ、もういいよ、気にすんなって。ちょうどさっき新しいの買ってきたとこだったし、まったく構わないって、さっきも言ったろ?悪いのは、先に注意しなかったあいつの方だしさ」
「・・・すまんっ」
「はいはい、その件は、もう終わりっ」
征士の目にも・・・以下略。
「うぃ〜・・・あ〜・・・ごっつぁ〜ん」
征士と違いカーテンの件に反省の色も見せず、どこのオッサンかと思うこの言い様に、伸のこめかみが、傍目にもわかるほどに動きだし、普段柔和な目元は一気に釣りあがった。
片方の口角には、奇妙な皺も見える。
「・・・あのね、当麻、それが人が作ったものに対する感謝の気持ちなわけ?」
「んだよ、うるせえなぁ〜、言ってやったんだからいいだろ・・・」
「う・・・っ、い・・・っ、・・・な〜んだってぇ?もっかい言ってみろ」
「だからぁ・・・」
ここは普通の室内。
だから雲は湧かないはず。
それに蛍光灯は煌々と点いているのに、なんだか急に暗くなった気がして、征士と秀は、同時に上を見上げた。
そこに突然―――
「なあおい!後で皆でゲームしないか!」
やたら明るく何の脈絡もない話題が飛び込んできて、ガンを飛ばしあう2名と、室内の空模様を見ていた2名は、発信源の方を向き、声を揃えた。
「「「「げえむぅ〜????」」」」
「ああ!風呂入った後ってさ、いっつも特にやることなくて、暇だろ?だから、たまには皆でゲームとかすんのもいいかなーって思ったんだ!どうだ?」
で、このなんやら唐突な遼の提案に対し、賛否両論・紆余曲折はあったものの、結局は、我らがリーダー、大将の意見を尊重することとなった。
なお、賛成票4の反対票1だったことも、ここに報告しておく。
そして、夕飯の片付けも終わり、風呂にも入った。常であれば、TV観賞orテレビゲーム組、読書組、引き篭もり、に別れるところだが、今夜は違う。全員がリビングに集結し、ラグの上のテーブルを退かして、車座に腰を下ろした。
「で?何のゲームをするんだい?トランプとか?」
伸の当然の質問に、遼・征士・秀は、二人に気づかれないほど僅かに目配せしあった。
征士と秀の先ほどの驚きは、所謂“やらせ”というやつだったのである。
「将軍様ゲームだ!」
遼が高々と拳を突き上げた。
「ショーグン・・・さま、ゲーム?」
伸には聞き覚えのない名前だった。
「王様ゲームのことだ・・・」
憮然とした表情で、ボソリと当麻が言った。
「ああ、王様ゲームね!へえぇ、そういう風にも言うんだ」
「ああ!面白そうだろっ?」
「ふん・・・」
無理やりに座らされた当麻は、未だ膨れっ面だ。
そんな彼を尻目に、秀が続けた。
「じゃーーーんっ!やっぱ、こういう時には、こういうものが必要っしょ!」
夕食後にいったいどんだけ食うんだよ・・・と、言わんばかりの菓子類と、明らかな意図のある、低アルコールのドリンク各種。
「準備がいいな・・・」
などとのたまっている征士だって、がっつり協力者。
というわけで、
『第一回トルーパーズ将軍様ゲームin柳生邸〜〜〜っ!』
と、あいなった。
言っておくが、これは決してお遊びなんかではない。
真剣そのものだ。
ただ、既におわかりのように、これには裏がありまくりなだけである。
そのために遼は、先に玉砕した二人=征士&秀を加え、策を練った。
初めからこうすればよかった。先の喧々囂々の話し合いはいったいなんだったのか。
と、誰もが思った。
が、そこは若さゆえ、色々やってみないとわからないのである。
さて、若い彼らが後悔したことはさておいて。
序盤は、変に勘ぐられるの避けるため、至って普通にゲームを進行させた。
「「「「「せえのっ、将軍様、だーれだ?!」」」」」
「悪いなー、また俺だ〜」
あれほど嫌々だった当麻も、僅かに酒も入り、そこそこ楽しんでいる。
ちなみに、これまでの経過(結果?)報告をすると・・・
秀は既に上半身裸である。
征士は、髪の毛を耳の上で二つ、前髪を一つに結わいている。
遼は人生初の尻文字と、涙がちょちょぎれるほどのデコピンを経験した。
伸は腕立て10回、腹筋30回。
当麻は、タバスコ一気飲み。(残りものなので、全量ではない)
そうして、時間は更に経過した。
なので、いよいよ、いよいよ、で、ある!!
つづく
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