他人の事


3月ともなると、だんだんと日も長くなってくるなぁ。
毎年思っていることをこの日も思いつつ、バイト先のコンビニから外を眺めた。


次に入る子が遅れるというので、少しだけ延長して働いて、家路についた。
店長が、また賞味期限切れになりそうな弁当でよければ好きなのを持っていっていいというので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
ちなみに、引越しとともに、バイト先のうちのひとつであるコンビニの店舗を変更したのだけれど、ラッキーなことに、こっちの店長もとてもいい人だった。


ぴんぽろ〜ん♪

客が出入りする度に鳴る呑気な音が響くなか、ブラブラと店内を歩き、お弁当コーナーへ。


さーてと、じゃあ何にしようかな。


大量に並ぶプラスチックケースを眺めていたら、そういえば当麻は牛カルビ弁をいたく気に入ってたな、とか、おかずの煮物は僕が作ったやつのほうが美味しいって言ってたな、だとか、そんなことがつらつらと思い出されてきて、ムカついた。


・・・。


一緒に住んでる間は、さして気にせず暮らしていたのに、いなくなってからというもの、気付けば毎日のようにあの垂れ目に関することを考えている。


ちっ、・・・ったく、嫌んなる!


結局、コンビニメシはやめて、家に帰り、あるもので作ることにした。
ところが、その、あるもので何気なく作り上げたものを見て、僕はまた滅入ることになった。


皿の上には、こんもりとオムライスが乗っていた。


前に作った時、当麻が大感激していたメニュー。
ウマイウマイを連呼してたな・・・。


・・・。


あぁもぉっ、いつになったらあいつを忘れられるんだろう・・・!


酷い!
まったくもって酷い話だ!
こんなに人の生活と気持ちをぐちゃぐちゃにしておいて、自分はさっさと逃げやがってっ!


―――!


そうか・・・。
これはきっと、当麻の復讐なんだ。

あの女を撃ち殺したいほど憎んでるって言ってた。
その息子に罪を償わせたいって言ってた。


・・・そっか。
だから、あんな台詞、真に受けるほうがバカなんだ。


あの晩、僕へと伸ばされた彼の手は、ぎりぎりで触れることなく、持ち主の下に戻っていった。
当麻は泣きそうな顔をしていた。
指先が小さく震えているのが見えて、何故か僕は胸が押しつぶされるような苦しさを覚えた。


あの時からずっと苦しい。


こん畜生!


足音も荒く席に着き、イラつく心情をぶつけるようにケチャップを塗りたくり、ガッツリすくって頬張った。


その時―――


ぴんぽーん


ちっ、宅急便か?

懸賞でも応募したっけ?


ピっ



「はい、どちら様ですか?」

席を立ち、いまだに使い慣れないインターホンのスイッチを入れて、画面を見た。


ピっ



即効で切った。



ぴんぽーん



ぴんぽーん、ぴんぽーん



ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん



連打されるチャイムを耳にしながら、僕はしばし考え込んだ。



今のはなんだ?



実際は何も考えられず、およそ3分後



ピっ



画面の向こうでは、まだ先ほどの奴が間抜け面して立っている。



「・・・キー、持ってるだろ。自分で開けろよ。相変わらず近所迷惑な奴だな」



『・・・すまん・・・なくした・・・』



ピっ



ぴんぽーん



ピっ



「ホテルにでも泊まれば?」



『またぁ〜、そんな冷たいこと言ってぇ〜。天邪鬼ちゃんなんだからぁ』



“天邪鬼ちゃん”だぁ?

ったく、いちいちムカつくことを言う!


「・・・じゃあ、明日の朝までそこにいろ」



『なっ!なななな!ひっどぉ〜っっ、俺が知ってる伸は、そんな子じゃなかった』



「“そんな子”?僕はあんたの息子じゃなかったはずだけど?」



『あー!そうだったそうだった』



「・・・。それにあんた、どんだけ僕を知ってるっていうんだよ」



『えー、そりゃあお前、色々知ってるぞー。あんなこととか〜、こんなこととかぁ〜・・・ここで全部列挙していいか?』



「っざけんなっ」



『じゃあ、開けて』



むきぃいいいいいいいっっ

結局こうなるんだ。
まぁ、最初からわかってはいたけどさ・・・。


僕は仕方なく、嫌々、渋々、ドアを開けに行った。



カ、チャッ



さすがまだ築1年未満のドアは、あの油を差しても消えることのなかった不快な音はしない。



半歩下がった向こっ側に立つ男、羽柴当麻は、半年前と全く変わっていない。

あの中途半端ににやけた垂れ目につい騙されそうになるけれど、その奥に宿る光は鋭く自信に満ちて、IT業界の敏腕若手社長といった感じ。
黒のVネックセーターにジーンズ、その上から僕でも知ってるブランドの薄手のコートをさりげなく羽織り、そして足元にはいかにも高価そうな革靴。
手荷物はなし。
いかにもこのマンションに住むに相応しい風体で。
僕みたいなチンクシャがここにいるほうが、よほど不自然だ。


その場違いな僕がここにいる理由は・・・



「よ、待たせたな。いやいや、仕事がなかなか片付かなくって・・・」

「・・・待ってないよ」
「へっ?マジで?!」
「マジで」
「じゃ・・・、どうしてここに・・・」
「待ってなんかない。待ってなんかない・・・っ」
「伸・・・?」
「・・・ただ、置いてかれたんだ・・・」


これまでの人生で耐えに耐えてきたものが、堰を切ったように溢れ出てきて、どうしようもなくなった。

なんてタイミングの悪さ!


「・・・伸・・・」

「こんな・・・こんな、だだっ広い家(うち)に独り、置いてけぼりにして・・・っ!」
「伸・・・」
「なんだよっ、急に・・・っ!」
「す・・・すまん・・・」
「あ、あんなこと、言ったくせに!」
「伸・・・」
「僕が・・・っ」
「わかった、わかったから、伸、すまんっ、本当に・・・俺が悪かっ・・・」
「わかってない!」
「え・・・」
「・・・僕がどれほど・・・っ」
「・・・どれほど?」
「・・・っ・・・あほんだら!」


殴ってやろうと思ったのに、飛び掛った僕の腕は斜め上にある当麻の首に絡みついて。

そして、あろうことか、自らの唇で当麻の同じ箇所を塞いでいた。


悔しい!

僕のほうが高い位置にいるのに、更に背伸びしなきゃ届かないなんて。


つか、なにやってんだよ、僕・・・。





「・・・・・・・・・・・・」
「・・・伸・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


僕は、彼から少しばかり距離をとった。


まともに彼を見ることすらできない。



心臓が頭に移動してきたみたいに、ぐわんぐわんする。

ほっぺたが火をつけたみたいに熱い。
嗚呼〜、めっちゃ気まずいし、めっちゃ恥ずかしい・・・。
どうやってこの場を切り抜けたらいいんだっ。


僕は、玄関を上がったところのピっカピカの壁に腕を組んで寄りかかって、とりあえず眉間に皺を寄せてみた。

今回の腕組みの心理学的解説をするなら、今の自分の心を悟られたくありません、だ。
自分でもよくわかってないけど・・・。


自分からやったことを棚に上げて、不機嫌を装う。



「・・・で?」



違う、本当はわかってる。

けど、どうしていいかわからないだけだ。


「は?『で』?」



僕の脇の壁に手を突いて靴を脱ぎながら、当麻が間の抜けた声で問い返してきた。

当麻も恥ずかしい・・・とか?


「で、いったい僕の、“何を”知ってるって?」



当麻は、チラと僕を伺うと、コートを脱ぎながら奥に向かった。



「あ?・・・ああ!はいはいはい、なんだ、そのことねぇ〜!」

「なっ、『なんだ』って、なんだよっ」
「ふっふっふっふっふ〜」
「な、あっ、おいっ、ちょ・・・っ・・・わっ、ぶふぉっ」


広いストライドの彼を慌てて追いかけたら、急停止しやがって。

そのため僕は、無様にもその広い背中に激突した。


と、当麻は間髪入れずに向きを変え、あっという間に、僕をその長い腕の中に納めてしまった。



奴の突飛な行動には慣れていたはずなのに、僕は抵抗することも忘れて彼を見上げた。



当麻はすごく嬉しそうだ。

吸い込まれそうなほどに煌めく瞳にクラクラする。


「ん〜・・・、そうだなぁ、例えば・・・、すごく頑張り屋さんだ」

「た・・・っ、『例えば』って、日本語おかしいよ」
「それに、すごく可愛い」
「かっ、わっ・・・?」
「けど、口はすごく悪いし、性格もきつい」
「〜〜〜っっ」
「その割りに、すっごい優しかったりもするし、大変な気配りさんでもある」
「ぅ・・・、そ・・・それから?」
「コンビニ弁当ばっかかと思いきや、実は料理上手だ」
「他には?」
「本当は、すごく寂しがりで・・・意地っ張りで、・・・だから・・・」
「?・・・だから・・・?」

「だから、お前には、俺が必要だ」


ひーーーーーーーーーーっっ

なんて気障!!
驚くべき陳腐な台詞!
もろ鳥肌たった〜〜〜っ


「違うか?」



あぁ・・・っ、・・・でも・・・でも・・・!



「・・・ち、がく、・・・ない・・・」



こないだは、触れられることのなかった、当麻の掌。



「だろ?



今夜は、すっぽりと僕の頬を包んで、そして、二度のキスをした。



はぁ・・・なんだかなぁ〜・・・。

流されてるよな、僕・・・。


「あ、でも今日初めて知ったこともあるぞ」

「えっ、な、何?」


「ほんとは、泣き虫でもあるんだな」

「―――っ!・・・ちっ、違うよ!これは当麻が・・・!」
「俺が?」
「当麻が悪いんだ。・・・当麻のせいだ」
「はははっ、そうか、そりゃ嬉しいな」
「ふんっ」


当麻に肩を抱かれたまま、だだっ広いリビングに立ち、窓からの夜景を眺める。



あんなに棘棘苛苛していた気持ちが嘘みたいに凪いでいる自分がいる。

二人で見る夜空の星は、その瞬きがいつもより温かく見えるて。


この部屋にいた独りぼっちの僕は、本当はとても、とても寂しかったんだってことに気が付いた。



「・・・あ〜・・・でもさ、これってマズくないかな?」

「あん?何が?」
「だって僕たち、結果、親子じゃぁなかったけど、今は一応、義理の兄弟ってことになるだろ?」
「は?あ・・・ああ〜ああ〜!そのことか!」
「そのことか、って・・・だって、でもさ、血は繋がってないったって、やっぱりそういうのは・・・」
「大丈夫」
「え?」
「いやぁ、そうだった、そうだった!」
「は?」
「ひとつ言い忘れてたわ。悪い悪い」
「?」


「俺の親父と、お前のお袋、別れたんだ」



「・・・???・・・!!!はぁ〜〜〜〜〜〜っっ?!?!」



なんだってぇーーーーー!?!?

こんだけ、あんだけ、人様を振り回しておいて、わ・か・れ・た、だぁあああああ?!?!


なんだそりゃーーーーー!!!



僕は、唖然と当麻を見やった。

当麻は、全開の笑顔で続けた。


「だから、俺たちに障害はない!晴れて正真正銘、赤の他人だ」

「け、けど、でも・・・っ・・・どし・・・」
「7つ上のおっさんだけど、いいだろ?」
「当麻・・・っ」
「あいつらのことは関係ない。俺は、伸のことが好きだ。お前と一緒にいたい。これからずっと」
「・・・当麻」
「だめか?」


こうやって答えを知ってて訊いてくるあたりが小憎らしい。

そんでもって、期待通りの答えを返してしまう僕も、思えば大きく変わったもんだ。


それもぜーーーんぶ、当麻のせい。

だから・・・

そういう自分を、前ほど嫌いじゃなくなった。


僕は、苦笑いを浮かべつつ、大きく息を吐いた。



「・・・仕方ないなぁ・・・わかった、いいよ」



「伸」



「だって・・・、当麻には僕が必要だからねっ」



「し・・・!・・・ぷっ・・・あはっ、あはははははっ!・・・ああ、そう、確かにそうだな。俺にはお前が必要だ。・・・それに・・・」



「に?」



「今の俺には、ケチャップたっぷりのオムライスも必要だな」





盛大に当麻のお腹が鳴った。





END





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