通学電車から V-1
駅からちょこっと離れたファーストフード店。 ここがたいてい、俺と彼が放課後に会う場所。 そこは、俺の帰宅には逆方向だけれど、学校の最寄りの1コ先の終点で、彼にとっては乗り換え駅でもあるので、互いに都合がいいのだ。 ただ、駅近の店は、いつも混んでるし、それぞれの学校の生徒も多い。 別に、どうしても見られたくない、ってわけじゃないが、・・・いや、やっぱりちょっと見られたくない。 だからこの、知り合いには会わなそうな店を選んだ。 まあそれでも、結局のところ、一緒に駅まで歩いて、一緒に同じ電車に乗って帰るんだから、見られてないわけはないのだが・・・。 それでも、店にいるところまでは・・・という、微妙な心理が働いているわけで。 何故そんなに見られたくないのか。 1番の理由は、面倒だから。 違う高校の、しかも、超有名私立に通う生徒と会っているところなんぞを見つかったら、あれこれ聞かれるのは必至だ。 もちろん、野郎同士でつるんで、メシ食いに行ったり、カラオケ行ったり、買い物したり、遊びに行くことについては、なんらおかしなことじゃないんだってのは、わかってる。 でも、なるべく彼と会っていることは、うちの学校の奴等には伏せておきたいし、変に絡まれたくもない。 彼を、学校の奴等の好奇の目に晒したくない、というのもあるにはあるが・・・。 そんな俺の微妙な心理を、知ってか知らずか、それとも同じ考えだからなのか、駅から離れた店で会うことに対し、彼は嫌な顔ひとつせず、快く承知してくれた。 でも、それなのに、そのことが逆に、俺をちょっと後ろめたい気分にもさせたりして・・・。 俺って、いったい何なんだ? と、まぁ、そんなわけで、平日は、もっぱらファーストフード店で会っている。 そこでは、彼はジュースを飲み、俺はがっつりメシを食う。 彼は俺の食べっぷりを気持ちがいいと言った。 で、茶しながら、学校であったことや、部活や生徒会の話をする。 最近読んだ本とか、ゲーム(彼はあまりやらないが)、音楽や映画のこと、家族のこと。 他の奴等とでは生返事ばかりして怒られることもしばしばなのに、彼の前だと、不思議と自分の方からもすらすら話せる。 『恰好はいいのに、いつも無口で無愛想な羽柴君』しか知らない奴等が見たら、さぞや驚くことだろう。 そういや・・・秀曰く、最近は、『ちょっと不気味』なんて風にも言われてるらしい。 ほとんど上の空で(この辺は以前と変わらないが)ボーっとしてるかと思ったら、急に、ニヤぁ〜っ、とするんだとか。 それが本当なら、確かに気持ち悪いが、本人には自覚がないのだから、どうしようもない。 なんとでも思ってくれ、ってなもんだ。 月曜から土曜の放課後は、会えて1・2回、良くて3回。 それぞれに忙しいし、他の奴等との付き合いもあるから仕方ない。 部活や生徒会が終わってから待ち合わせると、どうしても19時頃になってしまう。 そっからはせいぜい1・2時間。 彼のところはかなり厳格な家庭で、極力21時半までには帰宅し、夕飯も自宅で食べるように言われているらしい。 また、彼も律儀というか、本当に真面目なもんだから、それを守っている。 裕福とはいえ、母子家庭で姉と3人暮らしだからなのだろう。 超が100万個つくくらい放任の俺んちとは大違い。 それに彼の場合、学校も、上に大学がついてる割に勉強も厳しく、宿題も多い。 そこんとこも、俺の通ってる学校とは大違いだ。 真面目で勤勉な彼のことは尊重したいけれど、本心では、もっともっと会いたいし、少しでも長く一緒にいたい! だから帰りの電車の中は、いつも、気分が下がる。 帰り道は、俺より先に彼が電車を降りる。 高級住宅街だ。 彼が、じゃあまた明日、と言って、にこやかに降りていくその後姿を見送る時、俺はいつもモヤモヤする、独りになった途端、一切合切がつまらなくなる、すぐまた、彼の声が聞きたくなる。 そう、明日の朝にはまた会えるんだとわかっていても。 そっから約20分、3駅行ったところが俺の最寄だ。 最近やたら高層マンションが建ち、話題になってる地域。 その中でも、一際高いのの、最上階。 ただただ、だだっ広いだけ。 税金対策に買ったマンションだ。 しかも、その両親が家にいることはほとんどなく。 つまり俺は、ほぼ一人暮らし。 うちに着くと、俺はベランダに直行し、彼の住む方角を眺めるのだが、でもそうしてると、だんだん鼻の奥がツンとしてくるから、すぐに自分の部屋に引っ込むことにしている。 そして、夜の11時半頃、彼に電話をする。 その時間は、だいたい彼が寝る直前なのだ。 たまに俺より先に、彼から電話が来たり、メールが届いたりすることもある。 今度はどこそこに行ってみたい、とか。 あそこのケーキが、ラーメンが、美味しいらしい、とか。 今やってるラジオが面白い、だとか。 そういえば、この音楽って聴いたことある?とか。 姉さんの結婚話に付き合わされたってグチだったりとか。 ついさっきまで会っていて、さんざんおしゃべりをしたのに。 他愛もない話をして、30分〜1時間。 おやすみ、という彼の声を頭の中でリピートしながら眠りにつくのが、最近の俺。 1週間まるまる会えないときなど、耳が痛くなるほどの長電話をすることもあった。 月〜土は、そんな調子なもんだから、日曜に会えるときは、なるべく早い時間に待ち合わせて、なるべく一緒にいられる時間を長くしようと、スケジューリングしている。 どうしてそんなに必死なのかというと、それは・・・ 時間がないから。 現在2年生の彼は、来年には受験生だ。 そのままエスカレーター式の大学へあがることもできるのに、努力家な彼はあえて外受験する。 ということは、だ。 来年はさらに会える機会が少なくなる。 少なくなる、どころか、まったく会えなくなる・・・会えなくなって、そのまま会わなくなることだってありうるわけで・・・。 にしても・・・ あーあ、夏前までは、こんなこと考えもしなかったのに・・・。 ただ、たまに朝、電車で乗り合わせるだけの、他校の生徒同士だったのに。 まったく、ウソみたいな展開だよなー・・・。 彼の何が、こんなに俺を必死にさせるのか、その理由は皆目検討もつかない。 これまでになく居心地のいい相手であることは間違いない。 その、せっかく得た貴重な友人と、会えなくなるなんて・・・! だから俺は今、極力そのことは考えないようにしている。 そうしないと、高校生にもなって、このどうしようもないことに、地団駄を踏んで、駄々を捏ねてしまいそうだ。 とにかく! 今は、彼といることが楽しい! だから精一杯、とことん楽しまねば! と思っている。 先週、俺たちは初めて二人で映画を観に行った。 切欠は、秀からもらった前売り券。 あいつは、教室の天井を見上げながら言った。 「俺の分も、そのデカパイネエちゃんと愉しんできてくれ!」 と。 鼻の下に一筋、光るものが垂れていた。 なんか申し訳ないような気もしたが、ありがたく頂戴した。 ただし俺が一緒に行こうと思ったのは、秀の言う『デカパイネエチャン』ではなく、『ナシパイニイチャン』だったが。 映画は、ホラーだった。 俺も彼も、こういった内容のものは好きではなかったが、まぁせっかく券をもらったことだし、こんなことでもなければ観ないから、たまにはいいか、ということで、行ってみることにした。 夏休みもとっくに終わり、そろそろ冬も近いというこの既設に、ホラーなんか観に行く奴がいるのかと思っていたものの、予想外に、場内の席は、結構埋まっていた。 だが、当然のことながら、来場者のほとんどはカップル。 ちらほら見かける野郎同士、女子同士のグループはなんとなく居心地が悪い様子で、妙にはしゃいでる奴等もいた。 俺たちも、顔を見合わせ苦笑した。 作品自体は、そこそこよく出来ていた。 ・・・ような気がする。 実は、肝心の盛り上がりの辺りからの記憶がはっきりしない。 何故なら・・・ それどころではなかったから。 俺がホラーを好きじゃないのは、そもそも幽霊やらなんやらを一切信じていないため、恐怖の対象でもなんでもないからなのだが。 彼の理由は、違った。 純粋に怖いのだそうだ。 信じる信じないの話ではなく、ホラー独特の、あの、『いるよっ・・・!そこ、いるって、やめろっ、ダメだって・・・!!あーーーっやっぱりいたーーーーっっ!!』的な演出がダメなのだそうだ。 それに、血みどろは生理的にダメ。 秀が『デカパイネエチャン』と(?)観るはずだった映画は、まさにドンピシャそんなんだった。 最初は、女子共のわざとらしいほどの悲鳴に、笑いすらこみ上げてきた俺だったが、途中から、そんなゆとりはなくなった。 なんと彼が――― 俺の手を握ってきたのだ! そろそろと、最初は、肘掛の上の俺の手に、触れてはビクリと離れ、触れては離れを繰り返していたのだが、一段と高い悲鳴が場内に響き渡った瞬間、明らかに隣の体が刎ね、とうとうガッチリ掴んできた。 暫くして気付いた彼は放そうとしたけれど、その指先がまだ震えていたもんだから、なんだか気の毒になって、今度は俺の方から握ってやった。 彼は、手の力を徐々に抜いていった。 お、ちょっと安心してくれたかな、と当初は嬉しかった俺なのだが・・・ なの、だが! そのうちに・・・ 放すタイミングを逸してしまった・・・・・・・・・。 それに気付いたあたりから、映画の内容は、一切頭に入ってこなくなった。 時折、俺の掌から、彼がドキーっとするのが伝わってくる。 で、そのことに、俺はドキっとして。 結局、最後まで・・・、場内の照明が点灯するまで、そのままだった。 しかも何故だか俺は、ガッチガチに硬直してしまっていて。 彼に、小声で呼ばれ、小突かれるまで、その指を動かせず。 そんな失態はあったものの、総体的には、非常に楽しかった。 映画館から出た俺たちは笑いに笑った。 「伸があそこまでビビリだったとはなー!」 と、からかうと、 「何言ってんだよっ、当麻なんか、終わってからも放さなかったじゃないか」 と、切り替えされた。 本当の理由はいわないでおくことにした。 そのほうがいいような気がしたから。 俺と彼は、ひと月前くらいから、お互いを下の名前で呼ぶようになった。 “羽柴君”“毛利君”と呼び合っていたが、仲良くなるにつれ、余所余所しさがかえって、こそばゆくなってきたのだ。 「でも、お陰で安心できただろ?」 「もー当麻、握力ありすぎっ、痛かったよ〜。でも、確かに。怖さより痛みが勝ってたから、お陰で叫ばないですんだかも」 「キャ〜っっ!って?」 「ギャーっっ!だろっ」 「あいつら五月蝿かったな〜」 「彼氏への自己演出を含めてだろうからね」 「お、結構冷めてらっしゃる」 「うちは女系家族だからさ」 「しっかし、ああいうのを可愛いと思うんかなー」 「彼女ができればわかるんじゃない?」 斜め下から覗いてくる瞳がクルリと光った。 「俺はー、黙って手ぇ握ってくる方が、可愛いと思うがなー」 「じゃあ何?さっきの僕は“可愛かった”ってこと?」 「あーまぁそーだなー・・・っ!って、いやいや、そういう意味じゃっ」 「なーに、アセってんだよー」 「あ、アセってなんか・・・っ、だからっ、お化けにビビる伸は、カワイーってこと!」 「何おーっっ、このっ、ちょっとデカイからってっっ、なーまーいーきーっ」 「うわぁっ、やーめーろーよーっ」 彼の言うように、俺は彼よりデカかった。 ちょっとどころか、結構だけど。 元々モヤシっ子だった俺は、高校に入って慎重も伸びたが、熱心な部活動の成果もあってか、我ながらかなりいい背格好になった。 一方彼は、チビではないし、スタイルだって決して悪くないが、俺に比べたら小柄といえる体つきだ。 スポーツは苦手ではないと言っていたし、バスケの助っ人もやってたくらいだから、敏捷ではあるのだろう。 それでも、握った手は、俺の掌にすっぽりと納まった。 細くてちょっと冷たくて、しっとりすべすべで。 普段の彼とは違って、もっとか弱い感じがして・・・。 だからかもしれない。 本当はさっき、一瞬、思った。 ―――彼を、 『可愛い』 と。 でもっ! だからってなんだ! 野郎が男友達のことを、可愛い奴めっ!って思うことはあるだろ? 別に、変なことじゃない。 普通のことだ。 そう、俺たちは、友達だ! やっと、目標だった友人になったんだ。 ・・・けど、それなのに、まだどこか物足りない気がするのは、これは気のせいか・・・? その日は、それから買い物をして、ファミレスで夕飯を一緒に食って帰った。 楽しくて、充実した一日。 まさに、青い春を満喫してる!って感じ。 俺たちは、いい友人だ。 それは、俺一人の感想ではなく、彼も同じように感じてくれていると思う。 彼と過ごす時間はいつでも楽しくて、あっという間に過ぎてしまう。 けど、一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど、別れた後の孤独がいっそう沁みることに、最近気付いた。 おかえり、のない家に足を踏み入れたとき、人付き合いが得意でない今までの俺は、安堵が心の大半を占めていた。 でも、彼と知り合って、友達になってからは、そうじゃなくなった。 気付けば俺は、次に彼と会うことばかり考えてる。 ―――いや、彼のことばかり考えてる。 俺は、冬休みがくるのを指折り数えて待っていた。 そんな、二学期も終盤に差し掛かった、期末テスト最終日。 事件は起きた。
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