通学電車から V-2
俺は浮かれていた。
それは否定のしようがない。

だって、この2週間、彼と会えなかった(朝の通学電車以外では、ということだが)うえに、電話すらまともにできなかったのだから。

それに、その時は焦ってもいた。

テストは、俺の学校も彼のところも、3科目だけで終わりだった。
で、お互いに終わったら、いつものとこで待ち合わせる約束は取付けてあった。

ところが俺は、教室でクラスの奴等にカラオケに誘われ、なんとか断るのに10分を要し、階段の途中ではハゲ顧問に出くわして、褒められたはいいが、それで優に20分はロスした。

スマホでメールを打ちながら、たった一駅分の距離にイラついて。
半ば走るようにして、目的の場所へと向かった。


故に、俺は全く気付かなかったのだ。


注文もせずに、店内の階段を駆け上がり、見回すと、彼は奥にある4人掛の席にいた。
ストローを口に、あの革カバーの本を読んでいたが、俺の気配に気付いて顔をあげ、手を振ってきた。

俺の顔は一気に緩み綻んだことだろう。
彼の顔を見た途端、なんとも言えない安堵感が胸の中に広がった。

「悪い!待たせたっ」

と、席に近づいて、椅子を引こうとした瞬間、彼の表情が微妙に変化した。

「?どうした?」
「・・・え、あ、えーと・・・その・・・」
「なんだよ、どうしたん・・・―――っ

俺も気付いた。

何かの、気配を感じる。

いる・・・・・・・・・っ!

何かが後ろに・・・。

俺は、恐る恐る振り返った。

「ぅおあーっっ、秀!?な・・・っ、なっ、おまっ」

そこには、秀が立っていた。

なんとも珍妙な顔をして。
俺の後ろから、遠慮もなにもなく、彼をガン見している。

「ぁ、え、ええとぉ・・・、当麻?」

当然、彼は、たじろいで、俺に助けを求める視線を投げてきた。

「えっ、あっ、えっと、ああ!こ、こいつは、秀だ。シュウ・レイファン。俺のクラスメイトでダチで・・・その・・・っ」

「あ、ああ!あの秀君!ええっとあの・・・っ、はじめまして。えと、僕は・・・」

俺は、彼が立ち上がって自己紹介しようとするのを手で精した。
そしていまだ目を丸くしたまま、彼を凝視している宗の首根っこを掴むと、

「秀、ちょっと来いっ」

フロアの対角線に引きずっていった。

「秀っ、コノヤロ〜っ、てめっ、いったいどういうつもりだ・・・!」


こいつはずっと勘違いしてきた。
こいつを買収した女子達にも、こいつが勝手に想像した、架空の彼女像を伝えていた。

そのことに対して、俺は、それだけなら別に構わない、と思っていた。
むしろありがたいくらいに思ってたくらいで。

俺には『デカパイのカワイコちゃんがいる』と振れ回ってくれたほうが、面倒が減る。
やたら告られたりせずにすむ。

だが、これはヒドイ、あんまりだ、いただけない!
こんな、スパイみたいなこと。

「・・・秀・・・今度はいったい何で釣られたんだ?」
「・・・・・・昼飯1週間分・・・」

情けなくて溜息しか出ない。

秀は、まだ俺の肩越しに彼を見ている。

妙な顔で。

そりゃそうだろう、とは思う。
思うが・・・。

と、ゆっくり俺に視線を動かした秀が、突然のたまった。

「と・・・ま、お前・・・、お前っ、お前!まさかホぉモぉおンガガっガガガガ」
「秀・・・!それ以上は言ったらおっぽり出すぞ・・・っ」

こいつが何を言おうとしているのかを察した俺は、慌てて秀の口を塞ぎ、振り返った。

彼は、こちらには目を向けず、先ほどと同じようにストローの先を噛み、閉じた本を再び開けていた。

はぁあ〜〜〜〜〜〜・・・っっ

よかった・・・。
あそこまでは聞こえてなかったらしい。
・・・ったく、悪気がないのはわかるが、どうにも困ったやつだ。

「いいか秀!彼は、友人だ。た、だ、のっ、ト・モ・ダ・チっ。わかったなっ?」

秀が頷くのを確認し、手を放した。

「来いよ」

知られてしまったからには仕方ない。
このまま帰すのも不自然だし・・・。

ちっくしょぉおおお〜っ、秀のやつっ、覚えとけよ!

「大丈夫?」

置き去りにされていた彼は、気分を害した様子はなく、それどころか、微かな笑みすら浮かべ、心配した様子で訊ねてきた。

ああっ、なんて出来た、いい奴なんだ!

「ああ、すまん。ちょっと、行き違いがあって・・・、なあ?」
「えっ?あ、ああ!そうっ、行き違いつーか、なんつーかその・・・っあははははーっ」
「そういうわけで、秀、こちらは・・・、毛利、伸・・・さん、だ」
「よ・・・っ、よっしくっす!」
「はじめまして、よろしく。・・・な、なに?」
「・・・つか、その制服・・・って・・・」
「ああ、彼は凪高(略称でナギコウと読む)なんだ。学年は1コ上で生徒会の役員やってる」
「でぇええっ!マジでっ?!すっげーっ、超エリートじゃんっ」
「えっ、そっ、そんな、やめてよっ、別に・・・っ・・・あー、と、とりあえず、二人とも、なんか買ってきたら?それとも、場所、移す?」

場所は移さなかった。

で・・・

彼と秀は、あっという間に意気投合した。

元々秀は、誰とでもすぐに仲良くなれるやつだ、
面白いし、話も上手い。
人見知りなんかしたことない、と奴自身言っていた。

けど、彼は、以前、自分は生徒会なんてやってるけど本当は結構人前に出るのもイヤだし人見知りするタイプなのだと言っていた。


なのに・・・


俺は、顔では笑っていた。
けど、腹の底はムカムカしてた。

秀が勝手に俺をつけてきたことも、人見知り名はずの彼が、秀とはすぐに打ち解けたことも、気に食わなかった。

正直、面白くないことこのうえなかった。
いつもなら、もっと長く彼といたいと思うのに、この日は、早く帰りたくて仕方なかった。

だから、18時の時計を見て、俺は言った。
言っただけじゃなく、早くも席を立ち、トレーを片付けに向かっていた。

「俺、帰るわ」

「えっ?当麻?ちょっ、ちょっと!」
「ああ?んだよ、いきなりだなおぃ〜」

『んだよ』じゃねーよっ!

急に来た、勝手についてきたお前のせいだろが!
俺を放ったらかして、盛り上がってたお前らのせいだ!

俺の頭は完全にカッカきていた。

「当麻っ、待ってよ・・・っ。秀君、ごめんっ、また今度、ね!」

はあ?!
『また今度』だって?!
なんだよそれっ、俺よりも、秀のほうがいいってのかよっ!

叩きつけるように、トレーを置いて、階段を駆け下りる。
彼の足音が聞こえる。

いくら駅からちょっとばかし離れているとはいえ、ここも一応商店街だ。
大声で呼びかけるわけにはいかないだろう。

大またでずんずん歩く俺に追いついた彼は横に並んだ。
少し息が切れていて。

「ねえ、どうしたんだよ、急に」

ボリュームが上がらないよう気を配っている。

「別に」
「別に、って・・・」
「俺が俺の都合で帰っちゃ悪いのか?」
「そんなことないけど・・・。なんだよ、その言い方・・・」

俺は、文字通り、ブチ切れた。

「『その言い方』っ?!んっだよっ!口の利き方まで、いちいちお前にお伺い立てなきゃなんないのか?あんた、何様だよ!」

「なっ・・・!」

言い過ぎなのはわかっていたけど、止められなかった。
でも、理性なんて、クソくらえ!だ。

彼の唇が、怒りに一瞬震えた。
それでもまだついてくる。

「なぁ、どうしちゃったんだよ?」
「だから!どうもしてないって言ってるだろっ」
「でも・・・っ、今日の当麻、変だよ」
「俺は元々変なんだよ!」
「なんか・・・なんかあったんなら、相談にのるよ?」
「っるせぇなっ!!なんもねぇよ!年上風吹かしやがって、お前俺の兄貴か?それもとお袋かよっ」

すると、彼の歩みがぴたりと停まった。
俺も停まって振り向いた。

彼の顔は真っ赤だ。
いつもは綺麗なその面が、何かを耐えるように苦しげに歪んでいる。

「・・・今日、遅れて来たのは君だし、急に友達を連れてきたのも君だろ?それに・・・、それに僕は、僕は・・・っ、僕は君にとっては、『ただの友達』なんだろ・・・っ」

言い終わるや否や、彼は駆けだし、俺の横を駆け抜けていった。


必死に抑えて振り絞るような声だけが耳に残った。


「あーあー、泣かせちったー」

見失った彼の行った先を見つめ続けていた俺の後ろから、場違いに暢気な口調と台詞が飛んできた。

あああああん??
な〜ん〜だ〜とぉう?!
いったい、誰のせいでこうなったと思ってんだよ!!!!!

「・・・別に・・・、泣いてなんかなかった」
「いーんや、心は泣いてたね」
「・・・・・・・・・」
「・・・あいつ、いい奴だな。あんないい奴、そうそういねぇよ、なあ?」

そんなの・・・

そんなの、とっくに知ってるさ。

「なー、お前らって、マジで、ただのダチ?」


『ただの友達』


俺は―――


答えられなかった。



 

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