- 6月
俺はこれからの数ヶ月が嫌いだ。
何故なら、新入社員が配属されてくるからだ。
いや、俺の会社じゃない。
俺は会社勤めをしていない。
所謂フリーランスってやつだ。
じゃあ、そんな俺がどうしてこの時期が嫌いなのか?
それは・・・
俺の恋人・・・伴侶といっていい間柄の相手に由来する。
奴の勤める会社はデカイ。
4月に入社してきた数百の若造共は、2ヶ月みっちり会社の基本を研修所で
叩き込まれる。
そうして、5月末、どこに配属されるかが発表され、6月から、それぞれの職場で、
今度は、その職場毎のルールを学びつつ、会社人間になってゆくのだ。
伸は、会社でもトップの成績を誇る巨大本部のそのまた花形の部署にいる。
しかも、社内でも最若手の部長ときたもんだ。
しかも、だ。
奴は、見た目も若い。
いまだ30代で十分通るし、それどころか、オッサンというあだ名の20代に
比べたら間違いなく年下に見られる。
彼の周りだけ時間の進みが違う、自然の驚異だ、バケモノだ、等々、実しやかに
噂されているとこを俺は知っている。
彼の恵まれている点は、他にもある。
スタイル、顔。
俺よりは小柄だが、それは俺が、より極端だからであって、彼の場合、標準内の
最高峰、とでも言おうか、体は程よく締まって、手足はすらりとして、指の先まで美しく、
動きは洗練されていて、色白の肌は、毛穴なんかないみたいにツっベツベで、
頬だけが薄っすらと桃色をしている。
少しだけ下がった目尻は優しげな雰囲気を醸し出し、カラコンでもない茶色の瞳は
くるっと大きくて、ようく診れば奥は深い緑色をしている。
唇は厚くもなく薄くもなく、いつもしっとり桜色。
可愛い上に美人でスタイリッシュ。
幼少の頃から叩き込まれた数々の習い事による所作の美しさ、常に優等生できた自信、
それでいて控えめな立ち居振る舞い、育ちの良さはだだ漏れで。
そのうえ、彼は、完璧に見えて、そうでない一面も持ち合わせている。
絶妙な“抜け感”、人はそう呼ぶ。
その彼が、静かに怒りを表せば、60過ぎの社長ですら、ちびりそうになった、と、これは、
本人から聞いたから間違いない。
そんな彼であるわけだから、そらもうモテないわけがない。
洋の東西、老若男女問わずだ。
あいつは人類をきゅんきゅんさせるために生まれてきたんじゃないかとさえ、俺は思う。
に、も、か、か、わ、ら、ず!
奴は、それを知っていて、わかっていながら、知らんわからんふりをする!
ひーーーっっ
なんて恐ろしい!
なんてえげつない・・・。
まさに天使の顔した悪魔。
でもそこがまた、俺のツボ。ズバリ!ド真ん中。
なもんだから俺は、普段から、警戒アンテナを張り巡らせなければならないのだが・・・。
その対象が、この月になるとまたグンっ!と増えるのだ。
新入社員のひよっ子どもめ!
まあ、お前らが憧れてしまうのは仕方ない。
あいつは尊敬されて然るべき人間だから。
惚れてしまうのも、責められん。
だってあいつは、人が人として惚れるに足る男だから!
だが、それでもお前らは奴の何もわかっていない!
百万分の1も、数億分の1だって、知っちゃいないんだ!
そ、の、く、せ、に、ぃ〜〜〜っっ
わっさわっさがっちゃがっちゃうっじゃうっじゃ、群がりやがってーーーっっ!
お前ら小蝿かっ!
砂糖に群がる蟻かっ!
密を取り合うカブトムシかっ!
そいつを一匹一匹、人知れず駆除するはめになる俺の立場になってみろ〜っ!
「お前もっ、俺のこの苦労わかってるか?」
「え?そんなの、わかってるよ?」
「だったら・・・っ」
「でもさ、それで君は、そんなモッテモテの僕を独り占めしてることに優越感を得て、
選びたい放題の僕が君しか眼中にないことを知ってて大満足してるんだ。ん?そうだろ?」
おいおいおいおい
どうだ〜見ろよ〜(見せないけど)
この憎ったらしい台詞っ
それを、こいつは人(俺)の片膝の上で、人(俺)のほっぺたを突っつきながら、
脚を組んで座ったまま、さっらーっと言うんだぞっ!
さ、らーっと!
カラっカラに乾いた砂が、滑り台を落ちるが如くだ。
スんゲーだろ!
堪らんだろ!
羨ましいだろ!!
「はい、おっしゃるとおりでございます・・・」
そうして俺は、彼のシャツの下に手を滑り込ませた。
END
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