「は・・・っぁ、とぉっ・・・まっ、あぁっ・・・っ」
我ながら、媚びたようないやらしい声音だな、と思う。
けれども、このぞくぞくと這い上がる感覚に無反応ではいられない。
もちろん、この行為に後ろめたい気持ちが全くないわけじゃない。
同性同士のこういった関係は、種族を残すという生物本来の生存意義に反していると、
本能が訴えてくるからだ。
でも、人間は、それだけでは片付けられない何かをもって生まれてきている。
僕はそんな風に思うようになった。
もちろんそれが自分に都合のいい考えだってこともわかってる。
ただ、・・・ただ、どうしようもない、そういうこと。
自分を見下ろし、目を細めている相手に、胸が熱くなるのは止めようがない。
全身を撫でる掌に、肌がさざめくのを止める術はない。
相手を跳ね除け、抗う理由もない。
好きだという気持ちに、嘘を吐き続けることは、僕にはできなかった。
消すことはおろか、隠し続けることすらも。
どんなに厚く塗り固めても意味はなかった。
僕の内に存在する事実を、どうしても否定できなかった。
「いい、声だな・・・」
「は・・・っ、ぁっ、誰、の・・・せいで・・・っ」
「『せい』?」
「ぃっぁあっ・・・あんっ」
固く立ち上がった小さな赤い実を摘まれ、弾かれれば、“いい”声も出る。
「俺の・・・『せい』なら、嬉しい、な」
お前以外に誰がいる!
と、本来ならば言ってやるところなんだろうけど、今は・・・、今の僕は、彼に与えられる
感覚を追う事のほうに神経を傾けている。
相手の腕を彷徨っていた右手を彼の項へ伸ばし引き寄せれば、当麻は極上の笑みを僕の
瞼に残して応えた。
不器用だけど繊細、そして細いのに力強いこの男に組み敷かれ、抱かれることには、思って
いたより嫌悪感も屈辱感も湧かなかった。
こういう世界には色々あると、後から知ったが、僕らの流れは自然だった。
それはきっと、年齢によるものが大きい。
僕はまだ若くて、何も知らなかったから、彼に委ねるしかなかった。
とはいえ、いまだもって、僕は、逆の立場になりたいと思った事も、一度もない。
服をまとったままの緩慢な愛撫は、じれったさが募り、いっそう身悶えするような熱を生む。
薄い生地をの上から、先ほどの小さな突起に爪をたてられて、僕の身体は震える。
「ん・・・っぁっ」
あがった声と同時に唇が放れ、彼はそのまま僕の首元に鼻先を埋めた。
僕は彼の、その素直な髪を掻き乱す。
熱い息に、ザラリとぬれた感触が這う。
彼のものが太腿にあたった。
既に硬くなり始めているそこに腿を擦り付けてやると、呻き声が降ってきた。
この声に僕は悦びを覚える。
仕返しとばかりに、目の前の男は、僕の中心に掌を這わせた。
重なった布が邪魔でならない。
直に触って欲しいという欲求が、膨れ上がる。
甘い遊びはそろそろお開きだ。
相手も同意見であることは、その欲情に濡れた目を見ればわかる。
二人ベッドの上で膝立ちになり、激しく舌を絡ませながら、強引に幅を剥ぎ取る。
何をそんなに慌てて、って頭の隅で思わないでもない。でも・・・
半年ぶりだ。
着ていたのもが破けようが、ボタンが千切れて吹っ飛ぼうが、そんなことは気にならない。
むしろ興奮する。
お前の生活も変わっな・・・、と、昔の僕が小さく呟いた。
自分で脱いでるのか、相手のを脱がせるのか、とにかく剥ぎ取った全てを次々に放り投げ、
生まれたままの姿になった。
素肌を味わうように四肢を縺れさせると、二人の腹の間からは、早くも濡れた音が洩れた。
一気に快楽の頂へ昇りつめたい欲求と、苦しみを伴うであろう熱い時間を、あえて引き伸ば
したい欲求。
二つの淫らな欲の渦が雑じり合う。
握り合う彼の手に力が篭り、僕の指は、酸素を求める口と同時に咲き開いた。
と、反り返る喉に歯が当たった。
「ちょ・・・、ぼ、く、明日っ・・・かい、しゃ・・・っ」
こんな時でも割と冷静な部分もあるものだ。
いかにも不満といわんばかりの、声ともつかない息が体に吹きかかった。
それがくすぐったくて、拗ねた子供みたいで、可笑しくて、無償に愛しい。
「みえ、な・・・とこ、な、ら・・・い・・・っ」
そう、見えないとこならいくらでも構わない。
彼が僕に執着する証は、その数が多いほど僕を満足させる。
見た目に醜悪だとしても、ひとつひとつに想いを感じるのだ。
ふと体が軽くなったかと思ったら、耳元に唇を寄せた彼が、低く熱く僕の名を囁いた。
その音は、僕の脳髄から、指先までも痺れさせた。
僕は彼に全てを委ね、彼から与えられる刺激全てに応える。
当麻によって呼び覚まされた僕の本能は、彼の忠実な僕(しもべ)だ。
彼は僕の身体を食らい、反応を糧に、その力を増す。
彼が動きを再開した。
頭頂部を鼻先で擽ると、次は額に、瞼に、鼻筋、頬、耳朶、輪郭、顎。
そしてまた唇を啄ばみ、首筋へ。
唇と舌だけでなく、顔全体を擦り付けるようにして下りてゆく。
僕のできることといったら限られている。
辛うじて意思の通じる首を動かすことで、自分の身を下っていく彼の頭髪に顎を擦り付けた。
日本人離れした体躯を持つ当麻からしたら、標準といわれる僕の身体は貧弱に見えるかも
しれない。
以前ほどに自分を卑下する気持ちはない僕だけれど、彼には見惚れずにはいられない。
すらっと長い手足、一見痩せ過ぎに見えるわりに程よく着いた筋肉。
バランスは取れているのに、どこか不安を掻き立てる何かと危うさを孕んでいる。
芸術家でなくとも、誰しもが彼は作品になる、と直感するだろう。
その一級品が夢中になっているのが自分であることは、僕に陶酔にも似た悦びを齎す。
「ぃい・・・っあぁっ!」
ただ、ちょっと意地悪なのが玉に瑕だけど・・・。
いつもというわけではないが、彼には、人の弱いところを徹底的に嬲らなければ気がすまない、
ってとこがある。
たぶんそれは、セックスだけのことじゃない。
仕事でもそうだったのかと思うと、恐ろしい。
さっきまで服の上から執拗に弄ばれた乳首は、感覚の塊と化している。
摘ままれ、押し潰され、突かれ、舐めあげられ、噛まれたら、それだけで身体はその温度を上げ、
先端からは堪え切れない汁が滲み出る。
「やっ、ぁあんっ、は・・・あっ、ぁん、んぅうっ」
あられもない声だな。
自分の中の嘲りか、相手の台詞か。
気づけば、僕は、腰を突き上げ、彼の腹に自分を押し付けて、さらに強い刺激を求めていた。
ベッドに縫い付けられたまま手は、感覚がなくなりつつある。
もっと当麻を抱きしめたい。
すると、思いが通じたのか、僕の手が解放された。
いつもより重く感じる腕を持ち上げ、中指と薬指の裏で、彼の左頬を撫でた。
彼はうっとりと目を閉じ、再び光を取り戻すと、舌なめずりをした。
彼は、大きな手のひらの全体を使って、わざと、ゆっくりと、脇腹を2・3度往復させた。
それから、その手をベッドと僕の間に潜り込ませて、背に触れた。一瞬、その指先に力が加わる。
そしてさらに下方へスライドさせ、双丘を何度か揉みしだき、腿を巡り、膝裏に辿り着くと、
徐に抱え上げた。
それは、もうひとつ上の段階へと進む事を、僕に伝えた。
不自然極まりない体勢で、自分でも見たことのない場所を、彼に晒している。
羞恥心はいまだにある。
僕は、時に微かな喘ぎを溢しつつ、浅い呼吸を繰り返し、訪れる衝撃に備えた。
期待と、僅かな怖れに、鼓動が早まる。
何度性交を重ねても、この瞬間だけはどうにも慣れない。
だが、本人の気持ちと体は別物らしい。
当麻は、口の端を上げて言った。
「もう、ひくついてる」
やらしい体と言われたこともある。
他にも色々。
今はもう否定しない。
たぶん、そうなんだろう。
ただ、全く自覚がなかった分、こんなにも自分が“欲しがる人間”だったということに、当初は、
驚き戸惑ったけど。
当麻は、その『もう、ひくついてる』場所を、しげしげと見つめている。
こちらから見えなくても、そうしているのがわかる。
きっと次の一手を考え、楽しんでいるのだ。
僕は頭上のシーツを手の中に手繰り寄せた。
枕はいつの間にか腰の下だ。
きゅっと目を閉じると、それを合図にしたのか、当麻の指が唇に触れた。
そういうこと、ね。
口を開けて、招き入れた。
ぐるりと口腔内を巡ったそれを舌で追う。
味のない飴を舐めている気分だ。
1本、2本・・・3本、と増やされるうちに、唾液が溢れて、顎を伝う。
これからこの指の向かう先を考えると、クラクラする。
糸を引きつつ口内から去ったのは、彼の指がふやけてしまうのではないかと、少々心配になり
始めた頃。
その間にも、彼は空いた片手で、僕の体を絶え間なくまさぐっていた。
時に繊細に、時に大胆に、弱まったかと思えば、痛いほどの力を籠めて。
普段の生活ではさほど役に立たないこの道具が、よくもまあ、と感心する。
彼のお陰で、痛みと快楽が極めて近しい存在である事も学習させられた。
反射的に体がこわばり、喉の奥から空気を吸い込む音がする。
違和感と異物感。
僕の入り口は、久しぶりの侵入に、無駄な抵抗をしているみたいだ。
続く快楽も覚えているくせに。
「伸そのものだ」
そう口にした当麻はいかにも嬉しそうだ。
たぶん、この後のことを想像しているに違いない。
その証拠に、先ほどからちらちらと視界に入るそれは、血管を浮かせて黒く起ち上がり、
期待に震えている。
ただそれは僕のほうも同じことで。
二つとも、透明な液体に濡れそぼり、光っている。
上の口にしたのと同じように、指は1本1本増やされていった。
勿論、唾液だけでは、“こと”はそんなにスムーズには運ばない。
そこが女性とは違い厄介な点だ。
当麻は、先走りも活用しつつ、作業を進めた。
もちろんローションを使うこともあるが、今日はその気はないらしい。
体を折りキスを落としながら、当麻は僕を押し広げていく。
いや、それだけじゃない。
それは探索も兼ねていた。
「っぁあっ!」
けれども、僕の体を僕自身よりも知り尽くしている彼は、すぐにそこを見つける。
そして暴かれた後が、僕にとっては、甘くも苦いひと時となるのだ。
曲げた指や、爪で、何度も何度も、その1点を擦られる。
コリコリと体の内側から響くその都度、堪らない疼きが、そこを基点に全身へと走る。
「ア、アっ、はぁっ、っんヤっぁ、ぁあっ、あんっ」
ぐちぐちと卑猥な音が耳に届き、それでもまだ、イクには足りなくて、身を捩ったその時。
それまで僕の片足を掴み持ち上げていた当麻がその手を放した。
そして滴り落ちた液体を塗りこめるように、腹から喉元へと、掌を滑らせてきた。
僕は、片手をシーツから外し、彼の手を取ると、躊躇なく自ら誘い込むように舌を這わせた。
人の体から出た物質特有の臭いがしたが無視した。
二本まとめて舐め上げ、指の股に舌先を遊ばせる。
艶を乗せた息を、聞こえよがしに鼻から出しつつ、先端から根元までをすっぽりと含み、
頭を上下させた。
これは、彼にある行為を思い起こさせるだろう。
彼が感じているのがわかる。
下の口に出入りしていたほうの指がそれを雄弁に語っている。
僕の両脚は、潰れた蛙みたいな恰好で、彼の指の動きにあわせて反応している。
それを自分のものではないな思いで眺め、彼の指をしゃぶりながら視線を移すと、彼の米神から
一筋汗粒が伝い、くっきりと浮き出た喉仏が、大きく動いたのが見えた。
たったそれだけのことに、ぞくりとした。
と、突然−−−
「−−−!ぅうんぅっ、はぁうぅーーーっ」
孔を弄っていた3本の指が引き抜かれ、再度一気に入ってきた。
まるで拳を捻じ込まれたような衝撃をもって。
それは、内側でバラバラに動かされて、内壁を引っかき、僕の脳髄をも掻き乱した。
「んぅうっんぅうっんぅうううっ」
堪えきれず、口の中の彼を吐き出そうとしたが、びくともしない。
悲鳴に近い息音を出しながら、それならば、と、懸命に、できる限りの奉仕を再開すると、
彼はやっと僕を解放した。
そうして濡れそぼった自らの指で、既に力を満たし天を向いたペニスを数度扱くと、わっしと
僕の腰を掴み引き寄せ、先端を埋めた。
「ひ、ぃっぁあああーーーっっ」
彼の亀頭を飲む、僕の入口。
指で解されたとはいえ、その太さは比較にならない。
「・・・っ悪い」
何に対する謝罪なのか。
痛みを与えたことか、性急すぎたことにか、それとも、この先のことに対してか・・・、総べてにか。
掠れた声に、彼は一度喉を払った。
どのみち進むしかないこの状況で、謝罪は無意味だ。
それは彼にもわかっている。
ただ、言わずにはいられない、ってだけのこと。
変なところで律儀というか・・・。
痛いには痛いが、別に裂けたわけではなさそうだ。
動きを止めた彼に言ってやらねばならないだろう。
「だいっ、じょ・・・ぶ、だ」
て、いうか、このままじっとされているのも実は辛い。
「うごい・・・て・・・っ」
僕の中はカラカラだ。
こんなにも当麻に飢えてたなんて。
彼は微苦笑し、もう一度小さく謝ると、互いを満たすことにその意識を切り替えた。
上から少しずつ体重をかけ、めり込んでくる。
「は・・・っ、あ・・・っ、あっ、んぅううーっ、ぁあぅっ、はぁっ、はっ、はっ、あぁっ」
内壁をじりじりと擦り、押し広げ。
全てを収めた彼は、いったん動きを止めほっとしたように息を吐くと、キスを求めてきた。
唇を合わせ、お互いの水を混ぜ嚥下する。
合わせて、ゆっくりと抽挿が始まった。
狭い僕の道が、ともすると退く彼に連れてかれそうになるのを、食い止めなければ。
ただそんな気がするだけなのか、実際気を緩めたらそうなってしまうのか。
甘美な責め苦に、僕は暫し翻弄される。
抜かれ、そして刺される。
押されて、引かれて。
掻き回され、突かれる。
それでも自分の口から出るのは、悦びの喘ぎのみだ。
呼応して、彼の猛ったものはさらに熱く要を増す。
疼きはいや強まり、脳みそは、単純化していく。
もっと!
もっと悦いところを!
もっと奥を!
もっと激しく!
もっともっと突いて!
欲にまみれた僕に変貌してゆく。
のた打ち回る、快楽という名のケダモノを、止める術を僕は知らない。
知りたくもない。
当麻は、角度を変え、勢いを変え、僕の内側を使って、己を扱くことに没頭する。
二人の結合部は、燃えて、融けそうなほどだ。
どうにもならない業火から逃げたいのか、それとも、まかれてしまいたいのか、僕にもわからない。
今にも弾け飛んでしまう!
そんなギリギリのところを、繰り返し繰り返し行き来する。
ああっ!もうたまらない・・・・・・っ!!
「し・・・っ、ん、き・・・っつ・・・っ」
「と、まっ・・・、も、ダメ・・・っ、ぃ、イ、クっ、イキ・・・ったい・・・っっ」
放ったらかしのペニスの先からは、止め処なく涙が流れ、腹を伝っている。
挿入の痛みは既にない。
当然彼のほうも限界は近い。
後孔が、彼の動きに合わせ、グチャグチャぐちゅぐちゅと泡立つような音を立て、その行為を
耳へも知らしめる。
シーツには、少なからず、そして小さくない染みができていることだろう。
「ーーーっ、しん・・・っ、いっ・・・しょに・・・ぃっ」
荒い息遣いの合間に、当麻は言い、暴れる淫欲に任せ、最後の追い込みにかかった。
僕は、滅茶苦茶に首を振った。
気が狂いそう!
あぁあああーーーっ!
ソコっ、いいっ、イイっ、イイ・・・っ!ソコ、・・・もっと!
はぁんっ、やっ、あ・・・っ、ぃうっ、あ、あ、あ、あ、あ、ぁあああっ、はんっ、ンっやぁっ!
だめっ、も、ダメっ、ダメっ、イクっ、イクっ、イっっクうぅーーーっっ
喉を過ぎる言葉は最早意味をなさない。
軽薄で、卑猥な音でしかない。
彼も僕も、この瞬間、頭にあるのは、真っ直ぐに、ただただ昇りつめて、溜まったものを吐き出す
ことだけ。
爆発する瞬間だけを求めて一気に猛スピードで駆けあがる。
当麻の咆哮と共に、これまでで最大級の力が加わり、僕の最奥に彼が到達し、僕の後孔が収縮した。
二人同時に、白い液体を噴いた。
ぶるりぶるりっと体を震わせて。
それは僕の内を何度も叩き、彼と自分の腹をしとどに濡らした。
ひと際高い嬌声。
そして時が止まったかのような沈黙の瞬間の後、激しい運動をした時特有の息遣いが、部屋に響く。
二人の身体から噴き出たあらゆるものの臭いが充満する。
それは、不快でありながら、この上ない幸せを齎すものでもある。
僕の右に倒れこんでいた当麻が、腰に腕をまわしながら耳の下にキスしてきた。
甘える子供みたいで、愛しさがこみ上げる。
「このまま2Rに突入していいか?」
内容はちっとも子供じゃないけど。
僕は少しだけ考えるふりをする。
答えは決まってる。
「ダメ。明日は会社だし、それにまだ昼間だろ」
二人でいられる時間は、まだまだ沢山あるし、ね。