Go!【中その2編】 「あんた・・・じゃ、なくて、しっ、えっと、伸・・・は、風呂・・・いいのか?」
「あー・・・、うん。僕は後ででいいよ。せっかくのホカホカごはんだし、せっかく2人いるのに、1人ずつ別々に食べるんじゃ、つまらないだろ?」
彼の笑顔が、俺にとって最高の馳走だと知った瞬間だった。
もちろん、伸の作った食事も絶品で、俺の胃袋は彼の信奉者になった。
これまで生きてきた十数年間分よりも多く「美味い!」を連呼し、伸はそんな俺を面白いと言った。
そのうえ更に、この後の俺には、もしかしたら明日死んじまうんじゃないか?と、思うくらいの超幸運が続けざまに起きた。
時刻は22時半を回っていた。
洗濯も終わり、伸は、アイロンまできっちり掛けてくれた。
紙袋に入れ、手渡され、あー、この楽しいひと時もこれで終わりかぁ・・・と、思った瞬間。
「当麻さぁ、今夜はうちに泊まってけば?」
(えーーーっ?!?!なんですかっ、それっ!!!それってまさか、もしかして、誘ってる・・・とか?!?!なんて大胆ステキ過ぎっっ!さすが俺が惚れただけのことはある!)
「ええっ!?」
「外、見てみろよ」
「・・・え?」
窓に近寄り、外を凝視した。
雨脚はさきほどと変わらないどころか、広いベランダを越えて、ビシバシ窓に当たっていて、全く弱まる気配などまるでなくバンバン降り続け、微かに漏れ聞こえる風の音も、明らかに激しさを増している。
確かに、こんな中帰宅したら、再び俺はぐしょ濡れだ。
(めっちゃくちゃ嬉しい提案だが、だがしかし、いくらなんでもそれは・・・)
いくら非常識と名高い俺でも、遠慮という言葉くらいは知っている。
しかもこの場合、彼に好印象を持ってもらいたい、という腹もあり・・・。
(ほいほい乗ったら、図々しいよな〜・・・)
「あ・・・、いや・・・でも・・・」
なもんで、いっちょまえに躊躇なんてしてみた。
が。
「どうせ、学校に教科書なんて持ってってないんだろう?」
「ああもちろん。・・・って、えっ?な・・・っ」
(あ・・・っ、そうか!あの鞄・・・っ!)
見ると伸は、可笑しくて堪らないのを必死で耐えてます、ってな顔をしている。
「この雨の中帰して、命の恩人に風邪引かれちゃ、後味悪いし。明日は、こっから登校したらいいんじゃない?」
(まさに天使!なんていい奴!んじゃ、お言葉に甘えて・・・)
「あんたさ・・・、いや・・・、伸は、いつもそんなにお人好しなのか?」
(えーっ?!?!違うっ、違うだろ俺っ!何、斜に構えて格好つけてんだ!んなこと言いたいわけじゃないだろっ!あ〜っ、なのに、口が、勝手に〜っっ)
「うーん、まぁそうだね。よく言われる。ただし、人は選んでるつもりだよ」
(じゃあ、俺は“選ばれし者”ってことか!くぅうううっ、よっし!)
「ふぅん・・・。じゃ、その伸様の御眼鏡に適えば、“誰でも”こんな風に気安く泊めるってわけなんだな」
(おいおい俺!違うって!だから、何言ってんだよ〜っっ!ここは素直に“ありがとう”だろがっ!何、いるかいないかも分からない相手に嫉妬しまくってんだよ〜っっ)
「そう。そんなに泊まりたくないんだったら、無理に引きとめたりはしないよ。君の好きにすればいいし」
(あーっっ、馬鹿、俺!ほらみろっ、せっかくのお誘いなのに、怒らしちゃったじゃないか〜っっバカバカバカっ!俺の、大アホタレがーーーっ!!)
「あああああっ、いやっ、ちが・・・っ、そういうつもりじゃ・・・」
焦った俺は、途端にしどろもどろになった。絵に描いたような狼狽っぶり。
自分で掘った穴に自分で落ちた滑稽な奴。
(何やってんだよ・・・俺・・・)
すると伸は、呆れたようにため息をつき、小首を僅かに傾げ言った。
「まったく君は・・・、あれだね」
「あ・れ?」
「確かに、もんのすごい天才なのかもしれないけど、コミュニケーション能力は皆無ってわけなんだね。そんなんじゃ友達いないだろう?」
「うぅっ・・・」
「図星?」
(はいっ、図星です!おっしゃるとおりでございますっ!嗚呼・・・ぐうの音も出ねぇ・・・。それになんだ、この、歯に衣着せぬ物言い!なのに、ちっともムカつかないなんて・・・そんなことあるか?!この俺に限って。ま・・・っ、まさか俺って、隠れMだったのか???)
混乱し考え込んだ俺を余所に彼は、今度は、クスクスと肩を振るわせ笑いだした。
そして、リビングのソファを指差してから、自分の部屋に向かい。
「そこ、背もたれを倒せばベッドになるから。寝具は今用意する。まさか、枕が変わったら寝られない、なんて言わないよな?」
「い・・・っ、言うかよっ!」
「おっけー、じゃ・・・、はい、これ。さてっ、じゃあ、僕はこれから風呂に入るから、あとは自由にして。・・・おやすみ、当麻」
渡された寝具を抱きしめ、返事も返さず彼の後姿を見送った。
(うはぁ〜っ・・・、なんだこれ・・・。やばい、まずい。俺、も、伸にメロメロでクラクラだ・・・!)
胸が苦しくて、頭がぽぉ〜っとする。
(ああ・・・そうか、なるほどな。これが所謂“本当の恋”ってやつなんだな・・・ふんふんふん)
そんなことを思い、適当にシーツを敷き倒れるように毛布に包まった。
激しい雨音も次第にどこか遠くに聞こえ、伸が浴びるシャワーの音を子守唄に、フワフワと心地よい眠りへと落ちていった。
「当麻?当麻・・・っ」
(あ〜・・・なんて甘い声・・・。好きな奴に呼ばれて目覚める朝は、めっちゃ気持ちい・・・)
「ぃいでででででーーーっっ」
(うぉあっ、な・・・っ、なんだなんだなんだ?!?!)
「あ〜!いいって、やめろっ、無理すんなっ!いいから、今は無理に起きんな!」
(ふぇ?なんだ、どうしたんだ俺?どういうことだ???)
「ごめん、当麻、ほんとごめん・・・っ。・・・あっ、もしもしっ?萩の毛利ですが、ええ、あ、はい、そうです。いえ、いいえ、とんでもない、こちらこそいつもお世話に・・・、あ、それで、あの・・・実は、往診をお願いしたいんですが・・・、ええ、はい、すぐに・・・いえ、僕ではないんですけど・・・はい・・・はい、そうです、はい、はい、すみません、お願いします、はい、有難うございます、では失礼します」
(はて?“オウシン”?)
どうやら俺は、軽い全身打撲のうえに、風邪を引いちまったらしかった。
(情けなや・・・俺・・・。つか、これ、風邪っていうか、興奮しすぎて熱が出たんじゃ・・・。昔から知恵熱とかよく出してたからなぁ・・・)
「ごめん・・・。昨夜うちになんか来させないで、やっぱり病院に直行すればよかった」
心から心配そうに見つめてくる彼の顔は、俺のツボにぎゅんぎゅんきて、熱がさらにあがったように感じた。
俺の具合が悪いと気付いて暫く、伸は反省しきりで、結局、この日は学校を休んで、看病をしてくれることになった。
しかし、こう言ってはなんだが、まぁ、当然と言っちゃ当然のことだろう。
俺がこうなったのは、自分がボヤボヤしていたせいなんだから。
ちなみに、彼には悪いが、俺にとっては正直、学校なんてどうでもいい。
行っても行かなくても同じ。出席日数さえ足りていればいいのだ。
だから、こうして彼が付きっきりでいてくれるほうが、一日の過ごし方としては、よほど幸せで有意義ってもんだ。
そこで俺はふと思い至った。
(そういや、あの雨ん中、熱心に読んでたあの紙切れ、あれはいったい何だったんだ。吹っ飛ばされてぐしゃぐしゃになったのまでちゃんと拾い集めてたよな・・・よほど大事なもの、っつーことか?)
と。
また、腹の底の辺りが、じくじくしてきて、俺は気持ちを落ち着かせるために目を瞑った。
で、
「なぁ」
「ん?」
昼過ぎ、飯を食った後、彼は真面目に参考書を開いて勉強を始めた。
俺は、薬が効いてか隣のベッドでうつらうつらしつつ、目覚める都度にその横顔をずっと盗み見ていた。もやもやした気分は、いつの間にか消えていた。
こんな間近に見ても、彼の顔はやっぱり整っている。
シャーペンを握る指先まで美しいし、あのいかにも柔らかそうな髪にはいつか触れてみたいと思った。
医者が来てすぐ、伸は、自らのベッドを提供してくれた。
もちろん遠慮はしてみたが、そのほうが看病もしやすいと言うし、彼はあれでなかなかに頑固で譲らず、医者と二人がかりで半ば押し切られたかたちとなって、俺は格段に寝心地の良い場所へと移らせてもらった。
ただ、俺の体は、一晩でこうもガタガタになるか!というほどで、リビングから彼の寝室への移動も支えて貰わなければならず、図らずも俺は再び彼に密着することができ、そのあまりの嬉しさと興奮で、うっかり怪我してないところまで張り詰めて痛くなりそうだった。
で、さっきの疑問に戻るわけだが・・・聞こうか聞くまいか、一応考えた末、やはり昨晩の事の発端についてという理由をこじつけて、訊ねることにした。
「あの紙、何だったんだ?」
「あの紙?・・・ああ・・・!アレ、ね」
彼はすぐに察した。
そしてシャーペンを置くと、参考書を閉じて体ごと俺に向き直った。
足を組み、椅子の肘掛に腕を置くその姿が、えらい様になっている。
日本人のくせして“王子様”という言葉がピッタリきやがる。
「なんで?」
「なんで、って・・・、そりゃ、俺がこうなった原因だからな」
「・・・ふぅん・・・、なるほど・・・。そっか、後ろから見てたんだもんな。“原因”、ね。そう、確かに、そうとも言える・・・」
「なんだ、言いたくないようなものなのか?」
「どうしてそう思う?」
「そうだな・・・、例えば、学校の配布物なら、あんな雨の中でわざわざ読まないだろうし、大事な生徒会関係の書類だったとしても、別に同じ学校の生徒である俺に隠す必要もないだろう。『生徒会の書類だ』と言えば済むことだしな。俺の質問に対して最初から『なんで?』などとは聞き返さない、だろう?」
「ふふん、病人の割には、さすがいい回転してるね」
「お褒めいただきありがとう。・・・で?」
「そんなに知りたい?」
「そうだな。結果におけるその原因を知りたいと思うのは、いたって自然なことだ。そのうえそんな風に、妙にはぐらかそうされれば尚のこと、ってやつだな」
「人がはぐらかそうとしてる、ってわかってるのに、それでもあえて知りたいと?」
「その人のはぐらかし方にもよる」
「ふーん・・・、じゃあ当麻は、あの紙を何だと思ってるわけ?」
「アレには、あんた・・・失礼、伸の極めてプライベートで且つあまり他人に知られたくない内容が書いてある。当たり、だろ?」
引き攣る頬を動かして作った笑みを向けると、彼は艶やかな笑みを返してきた。
「まぁ、それは至って普通な推察だよね。でも・・・、そうかな?そうとも限らないと思うよ?」
「どうして」
「君がそういう思考回路で物事を考えると見越して、僕が態とこんな言い回しをしてるかもしれない、とは考えない?」
「へぇ・・・、知らなかったな、副会長さんがそんなヘソ曲りな奴だなんて」
「君と僕は知り合ってまだ24時間経ってないんだよ?知らないことのほうが多くて当たり前じゃないか」
「いや、噂さ。噂とは随分違うってこと」
「どんな噂を耳にしてるのか・・・、まぁ凡そ検討はつくけど・・・。でも、そういう噂ほど不確かなものはない、って、君だったら知ってるかと思ったんだけどな」
「なるほど・・・。ふん・・・病人相手に厳しいな」
「あれ?そう?暇つぶしに楽しんでるのかと思った」
「それは、伸のほうだろう?」
「あ、バレた?」
「ラブレターか?」
「今度は直球できたか・・・。男子校で?」
「ないことはないだろう」
「君は?」
「え?」
「『ないことはない』って。なら、当麻は野郎から貰ったことがあるってこと?」
「それは今の主題じゃないな」
「ほら、君だってこういうネタは誤魔化すじゃないか」
「『君だって』?ふふん、じゃあ、やっぱり当たり、だ」
「あ・・・、ちっ、・・・しくじった。あーあ残念!はい、じゃ、正解が出たところで、お茶でもしよっか」
ああは言ったが、おそらくこの流れも計算づくだ。
その証拠に、詳細は一切聞けないままだった。
本当はどこのどいつが、ってとこまで、いや、何を書いて寄越したのかまでだって聞き出したいと思ってたのに。
(しかしまぁ、柔和な顔して、なかなかにしたたかでキツイ性格してんなー。ふんっ、だが、だからと言って、俺の彼に対する気持ちが萎えることはないけどな)
そう、このことで、むしろいっそう燃えてきた、と言ってもいい。
彼の性格は、非常に噛み応えがある。
20分ほどして、出来たてホッカホカのカップケーキと紅茶を持って、伸は現れた。
部屋に充満した甘い香りによって、先ほどまでの、ややピリピリした空気は一掃され、温かくなった気すらした。
(鼻が詰まってなくてよかった〜)
「で、具合はどう?」
「あー・・・、風邪はたいしたことないと思うが、頭とアソコ以外は、ほぼ全身が痛いな」
「・・・。そっか・・・、だよな。人一人抱えて転がったんだもんね。アッチはどうでもいいけど、頭打ってなくてほんとよかった」
「まぁな。俺の脳みそに何かあったら、あちこちの研究機関が困るだろうからなぁ」
「・・・。あー・・・、あのさ、そうじゃなくて、僕が言いたかったのは、君にもしものことがあったら、君のご両親に申し訳ない、ってことだよ?」
「俺の親?」
「普通そうだろ?なんだよその、『あちこちの研究機関』て」
「あー・・・、それはまぁ、そんくらい俺の頭脳は優秀ってことだ」
「ふぅん・・・」
「・・・なんだよ」
「いや、だからかなぁ、と思ってさ」
「『だから』?・・・あー、俺に友達がいない理由か?」
「違う。なんていうか、その、独特の雰囲気っていうのかな・・・」
「他の奴等とは違う、って?」
「んー、まぁ、そういうこと、かな」
「興味がわいた?」
「もちろん、興味はあるよ、最初からね」
彼の澄んだ瞳がキラリと瞬いた気がした。
「・・・えっ?」
「そりゃそうさ。君は知らないかもしれないけど、いち新入生の情報が学年の違う僕等の耳にまで入ってくるなんて、そうそうないんじゃない?だから興味はわいて当然。そのうえ話してみたら、やたら横柄だし、ひねくれてるし」
浮上しかけた俺の気分は、どん底に突き落とされた。
「あ、でも、勘違いすんなよ?当麻って、可愛いよ?」
「へっ?・・・か・・・かーっ?!」
生まれてこの方、そんなことを言われたことはない。
記憶のある限り、親にすら言われたことはない。
伸は、机に片肘をついて頬を乗せていて、もう片方の手で、その吸い付きたくなるような唇へと紅茶を運んだ。
俺は唖然としつつ、その動作に見とれた。
(それに・・・、可愛いのは、断然、伸のほうだっつーのっ!)
「うん。そうだね、例えば・・・、ほら、そうやってビックリして、食べカスをボロボロ溢してるとことか」
「ん?−−−ぅうっ!わっ、わっわっわっ、すっ、すまんっ」
「いいって。わかりやすくて、ほんと可愛いと思うよ?」
毛布の上に落ちたカスを器用に拾い集め、盆に乗せた伸は、本当に可笑しそうに笑い声をたてた。
彼の言うように、俺たちは知り合ってまだ1日も経っていない。
お互い、一方的に少しだけ相手を知っていた、という程度。
俺は彼に一目惚れだったけれど、実のところ、自分がガチホモだとも思っていない、というか、どこかそれを否定したい気持ちがあったことも否めない。
なのに、眠っている以外のたった数時間で、俺は自分でも驚くほど、どうしようもなく、この“毛利伸”という奴に惹かれ、益々彼を好きになった。
見た目はもちろんだが、その話し声、笑い声、表情のひとつひとつ、仕草、全部に、俺が持っていかれるこの感覚は、快感に近い。
男とか女とかそんなのは関係なくて、人として、人を好きになったのだ。
つい二ヶ月前までは、冷めた目で世の中を見下していた自分。そういう自分に、こういった感情が生まれ、膨らんで、実際ちょっと戸惑うほどだ。
「あ、そういえば当麻、さっき医者に、まだ暫くは動かないほうがいいって言われたろ」
「あ?あ、ああ・・・あ、いや、でも・・・っ」
(そうだよな、いくらなんでも連泊は不味いよな・・・)
「実はさ、帰りがけにもうひとつ言われたんだよね」
「もうひとつ?何をだ?」
「君、栄養失調気味だって」
「え、栄養失調ぉっ?!」
「そう。今時の高校生がかよっ!って思ったけど・・・。まぁ、君ならなんとなく納得だよね・・・。でさ、仕方ないから、体が回復するまでうちで預かろうかと思うんだけど・・・」
「仕方ないから?」
「あ・・・、あー、いや・・・、責任をもって預からせていただきたいんですが・・・異議ある?」
(なんか、日本語がおかしくね?)
殊勝なんだか、高飛車なんだか・・・。
しかし・・・
(異議なんて・・・っ!んなもんっ、あろうはずがないだろうっっ!!なんだこの幸運続きは!恐ろしいなおいっ!やべっ、鳥肌立つわ。よしっ、いいか俺!今度は変な嫌味なんか言うなよっ)
「あ・・・えっと・・・ええっとぉ・・・異議・異論など、とんでもございません!ご面倒をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いします」
「よしっ、お互い上手く言えました、と、いうことで・・・じゃ、当分よろしく」
伸は、カップケーキ最後の欠片を口に放り込み、俺に向かってひとニコリして、勉強を再会した。
切り替えの早い彼に対し、俺は、でれんでれんに緩みそうになる頬に気合を入れた。
そして、再びこぼして彼に笑われないよう気をつけながら残りのケーキを咀嚼して、独り腹の内で力強くガッツポーズをきめた。
(これは、あれだな!“運命”ってやつだ。間違いない!嗚呼っ、俺、この高校に入学して、マジよかったっっ!今更だけど、礼を言うっ、クソ親父&お袋!)
あとは・・・、そう、いつ、俺の本心・本音を打ち明けるかだった。
この時、少なくとも、彼が俺を嫌っている気配はなく、どちらかといえば気に入られているに違いないとも推測できた。
まだ、命の恩人且つ、近所の可愛い弟分、くらいにしか思われていないこともわかっていた。
だが、んなのは一足飛びに越えてやる!、そんな強気な気持ちになっていた。
(運は俺に味方している!ならばあとは、前進あるのみ!突き進むのみだ!)
と。
翌日から伸は学校へ行った。しかし俺は、その後3日間学校を休み、彼の家には2週間も滞在した。
彼は本当に真面目だった。
朝もしっかり朝食をとるし、生徒会や部活で遅くなっても夕飯を作り、時間を見つけてはまめに掃除をし、洗濯をし、そして勉強も毎晩欠かさない。
更に、そこに俺という存在が加わっても、それを苦にしている風もなく。
むしろいい気分転換になるとまで言ってくれた。
何事も効率よくこなし、時間の使い方が天才的に上手かった。
そんな彼に俺はほとほと感心し、と、同時に、得体の知れない、不安のようなものも感じていた。
それは、一種の畏怖なのかもしれないが、彼は、あまりに出来すぎている。
だからなのか、およそ自ら何かをする、なんてことをしなかった俺が、彼のために、何でもいい、役に立ちたい、そう思うようになった。
そこである日、俺は、言ってみた。
「あー・・・あのさ、なんか、手伝うことあれば言ってくれ」
ところがどっこい、というか、案の定、言ってはみたものの、非常に残念なことに、俺が彼に必要とされることはなく。
「そうだなぁ・・・、じゃあ、僕一人じゃどうしようもないことは、お願いするよ」
と、にこやかに、爽やかぁ〜に、返された。
(伸一人じゃどうしようもないこと???・・・んなもん、お前にあるわけなかろうがっ!)
それは暗に、『おめーじゃ、ネコの手よりも使えねぇんだよっ』と言っているようなもんだ。
結果俺はすごすご引き下がり、定位置となったソファで不貞寝するしかなかった。
そうして、俺が彼の家を退院して、1週間。
あの夢のような生活、充実した食生活に別れを告げ、元の暮らしに戻りかけた頃。
1コ前にモドル
つづき
目次にモドル
リビングにモドル