Go!【中その3編】

「おっ、おいっ、は・・・羽柴っ!」

普段ほとんど話したこともないクラスメイトに、肘を突かれ振り向くと・・・。
奴の向こう、そのまた向こうの廊下に・・・!


伸が、立っていた。


彼の後ろには、お取り巻きと思わしき2・3人の生徒がくっ付いてきていて、奴等はまるで牽制するように辺りにガンを飛ばしている。

(噂にあった、“裏番”て、こっから来てんだろうな・・・)

だが、当の本人は、何所吹く風。
にこやかに俺に手を振ってよこした。

「よっ」

「し・・・っ、伸・・・っ!?!?なっ、なんだよ、どうしたんだ!『よっ』じゃないだろっ、おまっ、自分が・・・っ」

(いや、こいつはきっとわかっている・・・。わかっていて、態とやっているんだ・・・)

慌てて駆け寄った自分が間抜けに思えた。


弁当を持ってきたと彼は言った。

「どうせ、ひもじい食生活を送ってるだろうと思ってさ」

後ろでクスクス笑ってる奴等をひと睨みすると、教室は静かになった。

(なんつー酷い言われよう!こいつは、俺を構いたいのか、陥れたいのか、どっちなんだ?)

だが、なまじ当たっているから言い返せない。

そのうえ、伸の手作り弁当なんて、羨望の的もいいとこ、喉から手が出るほどに欲しい奴が、それこそ五万といるだろう。
それを、こちらから頼まなくても、向こうからわざわざ持って来てくれたのだ。
ありがたいことこのうえない。

「なんでだよ、急にこんなこと」

(だぁああああああっっ!なのに、俺、何でこういう言い方をするんだーーーっ、どアホぉーっ!)

「いや、気になってたんだよねー。ほら、一応、監督責任ってやつがあるし」

(監督責任だぁ?んなもん、あったか?あったとしたら、いつ誰によって発動されたんだっ)

しかし、今の俺に反論の余地はないだろう。
彼の笑顔の下には、どこか、人に有無を言わせない圧力が潜んでいる。

「あ、あー・・・、そう・・・か、そう、だった、な。・・・すまん」

「使い終わった弁当箱は、洗って今日中に返しに来いよ。臭うから」

「あ、ああ、わかった・・・。その・・・、あ、ありがとう・・・」

「よしっ。じゃーな、あと2時限、いい子でいるんだぞ?」

彼はキラっキラの笑顔で、彼より僅かに背の高い俺の頭を撫でた。
室内にどよめきが響き渡った。

「いぃっ?・・・なっ、てめっ、伸っ!」

「皆も、ちゃんと勉強しろよー!」

その後の狂騒はいうまでもない。

(あ・い・つ・めぇ〜〜〜っ)


以後彼は、二日に一度の頻度で弁当を持ってくるようになった。
いつの間にかお取り巻きもついてくるのをやめたようで、彼一人で俺の教室に現れ、俺が移動教室で不在の時には、メモを置いて俺に取りに来させた。

合鍵も貰った。
彼はどうにも、俺が以前話した、偏りまくった食事が気になり、気に入らないらしい。
自分の帰りが遅くなってもいいなら、という条件付で、いつでも訪れてよい、というお許しを頂戴した。
親切なのか、強制なのか、よくわからないが。
どちらにしても、俺にとっては好都合、正に渡りに船だ。
ちょくちょく利用させてもらうことにした。



それは1学期も終わりに近い7月末の、とある日の晩のことだった。
伸の、部屋着の短パンから覗く脚が眩しかった夏の初め。

「当麻ってさぁ・・・」
「ぅん?」

その日は金曜日。俺は泊まりを決めこんで、リビングのソファに寝転びながら気ままに適当な本を捲り、そして彼は、すぐ傍のラグに座ってテーブルの上に生徒会の資料とやらを広げて難しい顔をしていた。

「当麻って、僕といて肩こらない?」
「は?なんだそりゃ。いーや別に。ぜんぜん」
「ふぅーん・・・そっか」
「なんだよ。誰かになんか言われたのか?」
「んー・・・」

書類と睨めっこを続け顔を上げない彼の表情はわからない。
けど・・・

(ははーん、言われたんだな)

彼はほぼ万人から好かれているが、まれに、可愛さ余って憎さ百倍とばかりに目の敵にされることがあり。
それでも普段の伸であれば、何を言われても軽く受け流しているように見える。
しかしその実、あれでなかなか繊細なところがあるのだ。
ただ、常人よりも負けず嫌い、というか、自分の弱い部分を見せない意志が、人一倍どころか二倍も三倍も百万倍も強いだけで。

(って、俺、ほんと、こと、こいつのことについてなら、恐ろしいほどにわかるんだよなぁ・・・。あ、これって、愛のなせる業ってやつか?きゃっ)

「俺は・・・、俺は、お前といるのは、めっちゃ心地いい」
「・・・そっ・・・か」
「嬉しいか?」
「・・・っ、べーつにぃっ」

(うっわ!何、頬を赤らめてんだよっ!すんげー可愛いじゃないかっっ。ぅおあーーーったまらんっ・・・って、嬉しがっているのは、もっぱら俺のほうなんだよな・・・)

「まぁ、誰に言われたのか知らんが、俺以外の奴に言われたことなんて、気にすんな」

「・・・っぷ、なーに、カッコつけてんだよっ。別に気にしてなんかないね。ただ、この僕にそんなこと言うなんて、随分勇気のある奴もいるもんだなぁ、って思っただけ」

「マジでっ?お前、ほんと怖ぇな・・・」

「君もいつここをおん出されるかわかんないんだからな。気をつけろよ」

「へい。肝に銘じておきやす」

「うむ、よろしい」

俺の言葉で、彼に元気が戻るのは、素直に嬉しい。

(しかし・・・、この状況、客観的に、尚且つ単純に見たならば、俺たちって、お似合いなんじゃね?)

なのにどうして俺は、肝心な言葉を伝えることができないんだろうかと、不思議でならない。
最初の意気込みはどうした!と自分自身に発破をかけても、何故だかどうにも一歩を踏み出せない。
そうしていつも、自己嫌悪に陥るわけで・・・。

(はぁ〜・・・。恋の苦みは、俺にはビターすぎるぜっ)

なーんて、この時の俺は、そういう自分に酔っていた。
とにかく、彼に気持ちを打ち明け、プロポーズ()するためには、何か、爆弾的な切欠が欲しかった。
背後から思いっきり突き飛ばされるような、ドデカイ切欠があれば、前に進めると。

だが、それはなかなか訪れなかった。


そういうわけで、心地よくて、ビターで、ぬる〜い関係が続いて、早数ヶ月。
気づけばもう、10月。
しかも明日は俺の誕生日だ。

伸は、知っているだろうか。

(知ってるよな。前に言ったもんな)

でも、これまでのところ、彼から何がしかのアプローチはない。
祝ってくれる気があるのかないのか、それとも俺からお願いしてくることを待っているのか、さっぱり読めない。

で結局は、俺のほうからお願いすることになるのだ。

夕方俺は、彼がまだいるであろう生徒会室を覗いた。
案の定、彼は一人で書類とにらめっこしていて、俺が姿を見せると、少し疲れた顔を上げ、ふわりと笑みを浮かべた。妙な色気を感じてドギマギしてしまう。
彼は、俺が来ることがわかっていたのかもしれない。

「やあ、どうした?」
「いや・・・、そろそろ帰る頃かなぁ、と思って・・・」

一緒に帰りがてら、話を振る算段だ。
ところが。

「君は?」
「え?」
「当麻はこんな時間まで何してたの?また呼び出し食らった?」
「ちっげーよっ!お前こそ、なんで一人で残ってんだよ。また他の奴等に押し付けられたのか」
「まぁ、そういうこと」
「お人好しも大概にしろよ」
「いいんだよ、自己満足も兼ねてるんだから」
「・・・わっけわかんね」
「だろうね。で?用件は?」
「いや、も、いい」
「なんだよ、わざわざここまで来ておいて」
「いいんだ、別に。じゃあな。ほどほどにして帰れよ」

どことなく気をそがれた俺は、釈然としない気持ちを抱えたまま、彼に背を向けた。

(ほんと、何しに来たんだかな〜、俺・・・)

すると、

「わかった。じゃあ君も気をつけて帰れよ」

(それはお前のほうだろがっ)
と、内心でツッコミを入れたその時、

「そういえば、君、明日誕生日だったよね?」

背面から不意打ちを食らった俺は、思わず立ち止まって振り返った。

「だったよね?違った?」

「・・・ち、が、わない・・・」

「だよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


しかし、ここから先については、どうやら彼は、自分から言う気はないらしい。
俺は、なんだか敗北感たっぷりで言った。

「祝ってくれ・・・る、か・・・?」

「ぅんいいよー、別に」

(『いいよー、別に』って・・・、かっる〜ぅっ!)

なんだか悲しくなってきた俺だった。

「じゃー、なんか、食べたいもんとかある?」
「え!なんでもいいのか?」
「そりゃ、君の誕生日なんだから。ま、限度はあるけどね」


俺のオーダーは、無事彼の了承を得た。



豪勢な夕食の後、片付けも終わり、俺たちは、ぼんやりとテレビを眺めていた。

と・・・

「はい、ではここでなぞなぞです」




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