王様ゲーム改め、女王様げぇむ


それから数週間後のこと。


「・・・んっ、ちょっ・・・と、も・・・、とぉ、まっ・・・ぅんんんっ」
「だ、・・・まれ、よ・・・っ」


ちゅくちゅくと濡れた音が響くこの場所は、離れの書庫である。


「は・・・ぅんっ・・・ふ、ぅん・・・んんっ!・・・っと、も、も・・・んーっ・・・んふ・・・っ、も、も・・・っ、い、いいだろ・・・っ・・・はっ、ふ、ふ・・・」


伸は、渾身の力を込めて、当麻を引き剥がした。
深く長いキスに慣れていないせいか、主導権を握られた側の伸は、息が上がっている。


「はっ・・・もう降参か?」
「こ・・・って、そ、そういう問題じゃないだろ・・・っ」


舌なめずりしつつ不敵な笑みを浮かべる当麻に対し、伸は顔を顰め半歩分の距離をとった。


ゾクリと背があわ立つ。
しかし不思議と、この感覚を嫌だとは思わない伸だった。
怖いとか、嫌悪とかより、あえて危険なことに足を突っ込む時の、スリルを味わっているような、そんな感じだ。


ちなみに、これほど高慢ちきに言う当麻だって、実のところ、経験は浅い。・・・どころか、彼もまだ伸一人しか知らないのであるが。
しかも、ファーストキスは、件の王様ゲームでのことだ。
そういう意味では、ポッキーゲームのお陰()で、伸のほうがキスした相手は当麻よりも多い。
しかし何故か、あの日以降、唇を合わせる都度、リードするのは当麻で、翻弄されるのは伸だった。
そのことが、伸をむきにさせ、チキショー今度こそは!と、思わせる原因にもなっていて、こんな行為を続けてしまっているのだけれど、そのことに当人達が気付いているかどうかは、この時点では伏せておこう。


とにかく、そう、あの晩、酒盛りと変なゲームが展開されて以降、彼らは人目を盗んでは、こうしたことを繰り返していた。
視線が合い、二人だけになると、互いに近づき、奪い合うように舌を絡ませる。


いったい何故か?


・・・なんてのは、いかなトルーパーなぞというものをやっているとはいえ、そこはお年頃の少年である、欲求だってそれなりに溜まっている。
あのゲームでの唇と舌の感触は、彼らにとって、思いもよらぬ刺激となって、いい捌け口の発見に繋がってしまった、と、まぁそういうこと。
事実、こんなことをしているくせに、この二人、仲良くなったわけでは、決してない。
それが証拠に、いまだ甘い雰囲気なんて、これっぽっちもない。


「このキス魔・・・っ、いつも長すぎんだよ!」
口元を拭いつつ、ギラリと睨みつけて伸が言う。
先ほどまで、目の前の男と舌を絡ませ鼻の奥からいやらしい声を漏らしていたとは思えない口調だ。


「ふんっ、とか言って、お前だって、嫌いじゃないんだろ?」
一方の当麻もこれまたいつもと変わらぬ、上から目線の高飛車っぷり。
つい今しがたまでは、対峙する相手の柔らかな舌を、必死こいて追いかけてたくせに。


「はぁ?!」
「随分と積極的に感じるけどな。エッロい声出してさ」
「・・・っ」
「それに、本当に嫌なら・・・、お前がこんなこと続けるわけない。だろう?」


当麻の言うことは尤もだ。
憎らしいけど言い返せない。
それに当麻とのキスは、確かに嫌いじゃなかったから。


自分が離れた半歩以上の間合いを詰めて、迫る当麻の双眸が蒼く煌めき、伸の心臓がひとつ跳ねた。


「・・・・・・嫌な奴・・・!」


(ほぞ)を噛みつつ背をぶつけた棚が、キシリと音をたてた。


当麻は、追い詰めた獲物を前にした肉食獣になった気分だった。
薄暗い室内に、白い伸の肌が淡く浮き上がっている。
灯りに群がる蛾のように吸い寄せられる。
今にも飛び掛りたい衝動に駆られる。
壊したいほどに綺麗だと思った。
けれど、今はまだそうしない。今はその時ではない、と本能が告げている。
この、伸と対峙する瞬間、ぴんと張り詰めた空気を、手放したくないと感じていた。


「じゃ、その“嫌な奴”と、毎日こうしてキスしてるお前はなんなわけ?」


相変わらずの、人を小馬鹿にした気に障る物言い。
けれど、かえって伸は、この言葉の応酬の間に冷静さを取り戻していた。
冴え冴えとした空気を纏い、片方の口角をあげて答える。


「・・・そう、だね・・・君だったら、後腐れがないと思ったから。・・・かな?」


こんな貌、遼などには決して見せないだろうと、当麻は思った。

それは、形容し難い微かな優越感を彼に齎した。


「ふん・・・なるほどな。そりゃ確かにそのとおりだ」


言うそばから、再び伸の頬に手をやり、耳の下を指の間で挟み強引なほどの力で引き寄せた。


「じゃあさ、後腐れはないんだから、もっと遊ぼうぜ」
寄せた耳に低く囁く。


「は・・・っ、僕に溺れんなよ」
触れ合わんばかりの距離で唇が動く。


「面白いな、お前」
「君ほどじゃないけどね」


次の瞬間には、もう言葉を発することはできない。


夜の11時。
他の住人がこの場所を訪れることはなく、二人のお遊びの時間はまだまだ十分にある。


戦い抜き、生き残れば、このゲームをずっと続けられる。
二人は、ぼんやりとそんなことを思った。


当時の彼らは、その程度にしかこの関係のことを考えていなかった。


だがしかし、こうしてふざけ半分で続けていたことが、エスカレートし、徐々に深みに嵌り、熱を増し、後々切っても切れない関係へと発展することになるのだ。
そして、生涯を懸けた恋になってゆくとは、この時の二人はもちろん、ゲームの仕掛け人である女王様ですら、知る由もなかった。







END






前にモドル

もいっこのENDを読む
目次に
モドル

Topにモドル