あの日青い空の下で 7
一日目:京都
お天気:晴れのち曇り
新幹線の中ではしゃぎ過ぎたせいか、着いたそばから、皆すでにぐったりモードだ。
今日は、大型バスにクラス毎に分乗して二条城やら清水寺など、お決まりのコースを
2・3回って、明日以降の二日間は、各班ごとに作った工程表に基づいて、市内を巡
ることになっている。
二度目だけれど、古都は好きだ。なんとなくほっとする。
ホテルに戻って食事、そしてお風呂。
大浴場では、好きな人を意識するどころじゃなかった。
時間は決められてるし、まぁ、高校生男子が2・30人同時じゃあ、そりゃあもう、
脱衣所からしてほぼ戦場。わーわーぎゃーぎゃー。そして会話のネタは、ほぼ“シモ”
で。征士はずっとしかめっ面に無言だった。
風呂場に至っては、隣の女湯のほうからの声も混じって、頭が痛くなるほどだった。
そういう意味では、中学の頃と大差ないし、正直、ありがたかったりもした。
二日目:京都
お天気:曇りのち雨
修学旅行で、雨って・・・。
しかも、どしゃぶり、って・・・。
そんなこと天気予報で言ってたっけ?
「んだよぉ〜っ!せっかくの初京都なのによ〜っ」
と、嘆きたくなるのは、秀だけじゃない。
誰しも同じ。
ガッカリのガックリだ。
膝から下は制服のズボンの色も変わり、革靴の中はグっチュグチュ。
雨音がすごくて、外じゃ会話もままならず、なんとなく、皆無口になって、足取りも
重い。
ただただトボトボと、ひたすら目的地から次の目的地へ向かって歩くのみ。
濡れた後、生乾きの制服の臭いを想像するだけで、気持ちも悪くなってくる・・・。
もちろん、公共機関は使っていいけど、タクシーなんてのは、よほどの理由がなければ
使っちゃいけないことになってるし、経済的にも高校生には無理だ。
ちなみに、よほどの理由とは、移動の途中で怪我をした、とか。まぁ、そんなの、そう
そうあることじゃないから、要は使用禁止と言っていいだろう。
僕らは、やっとの思いで寺の階段をあがきると、ほぼそこで力尽きた。
すぐ右手にある土産物店に入り、暫し茫然とした。
ずぶ濡れの学生に、店員さんの目は冷たいが、この天気じゃ仕方ないと諦めてくれている
ようだ。
「なんか、も、寺とか見て回る気分じゃねぇよな・・・」
「何を言うか!雨の京都も風情があ」
「る、って、征士・・・、ほんと、そう思ってる?」
「う・・・っ・・・」
「程度ってもんがあるだろう」
「この雨、マジただの苦行だぜ・・・」
「な、伸、今、何時だ?」
「えっと、3時半回ったとこ」
工程表通りなら、もうそろそろ最後の目的地に向かっているはずの時間。
けれど、僕らは遅れていた。
今日は6か所回るつもりでいたけど、5時までに旅館へ戻るのにあと2か所ってのは、
相当厳しい。
ここのお寺だって、今着いたばかりで、これから境内を見て回って写真を撮って、なんて
してたら、とてもじゃないけど時間が足りない。
いくらレポートを提出しなくちゃいけないったって、この天気じゃあ・・・。
まあ、たぶん、他のグループも似たり寄ったりだ。さっきすれ違ったグループは、もう旅
館に帰るって言ってたし、もっと早く引き上げた連中もいたらしい。僕等は、十分真面目
にやったほうだ。
「俺たちも、ここで終わりにして、戻ろうぜ〜」
「うむ・・・、やむを得んな・・・」
「だね」
「だな」
「ああ・・・」
この豪雨の中に出て行かなければならないことを思うと、出るのはため息ばかりなり、だ。
「じゃあ、適当に写真撮って帰るとするか」
当麻の一声で、僕等は、ぐちゅぐちゅ言う重い靴を再び持ち上げた。
店の入り口がから窺う外の景色は、強い雨脚に、ぼんやりと霞んでいる。
こう、全体的に、なんとなく“ついてない”時って、不思議とその
“ついてないこと”の
集中砲火を浴びる奴というのが、必ず一人はいるもので・・・。
先ず、地下鉄に入る手前、通り過ぎる車が噴き上げた水を、しこたま被ったのは僕だった。
傘で遮ったつもりだったけれど、水たまりから飛び出たうちのおよそ8割が命中した。
次に、その時の急な風にあおられた傘が、おちょこになってしまったのも、当然僕で。
さらにそれから、地下に降りてく階段で滑って・・・。
不幸というか、不運は、突然に、そして一気に押し寄せた。
「なんか伸・・・、今日は踏んだり蹴ったりだったな・・・」
「おう、もう見てて哀れなほどだったぜ・・・」
「僕もそう思ってるよ」
「しっかし、あの落ち方はすごかったなぁ〜」
「うむ、あれはそうそう見られるものではない。貴重な瞬間だった・・・」
「ちょ・・・っ、当麻!征士まで・・・!もうっ、なに、感心してんだよっ、皆して酷いよっ」
擦り剝けた膝に、先生からもらった絆創膏を貼る。おでこと手のひらには、既に貼ってある。
階段で滑った僕は、頭から下へ落ちてった。
自分でも、どうしてあの体勢になったのか、理解できない。
つるっ、といったら、ダダダダダーーーっ!といって、気づけば、ホームだった。
見ていた人のコメントによると、まさに、美しいほどの大の字で落ちていったらしい。
持っていたバッグは、綺麗な弧を描いて飛び、秀がナイスキャッチした。
落ちた僕は、痛いよりも、恥ずかしいが先に立ち、慌てて目の前のドアを開けていた電車に
駆け込んだ。
ところがそれは、お約束通り、旅館へ向かうのとは、逆行きで、しかも、慌てすぎたせいで、
誰も僕についてこれなかった。
さらに、隣の駅から引き返した僕と、僕を追った彼らは、見事にすれ違った。
陳腐なコメディーか、コントかっ!
で、結局、そんなドタバタ劇を繰り広げたせいで、せっかく早めに切り上げたにもかかわらず、
僕等のグループは大幅に時間をロスし、旅館に着いたのは、指定されていた門限=帰還制限時
間をとっくに回った後だった。
とはいえまぁ、事情が事情だし、僕の惨状を目撃した他のグループ奴らも証言してくれたお蔭
で、夕飯抜き、ということにはならなかったけど・・・。
けど、僕の不運は、これで終わりじゃなかった。
その日の晩から、どうやら熱が出てきたらしかった。
実は、前の日の新幹線の中から、既に若干喉がイガイガしていたところに、雨に濡れたことと
か、溜まり水をぶっ掛けられたこととか、駅の階段から落ちたこととか、複数の身体的・精神
的ダメージが重なったせいだろう。
風邪、というほどのことでもないかもしれないけれど、調子は下降線。
翌朝目覚めた時も、だるい感じが残っていた。
でも、さすがにこれ以上皆に迷惑をかけるわけにもいかないし、先生に言うのも面倒で、僕は
そのまま三日目の工程に臨んだ。
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