あの日青い空の下で 11

「・・・え?」

秀のその話を聞いた時、それはいったい誰のことだろう?と思った。

「当麻が!?」

どうやら遼にとっても同じだったらしい。

「ああ、らしいぜ〜」
「『らしい』って・・・!じゃ、まだ、確定じゃないんだなっ?」
「いや、もうそれは決まってる」
「・・・冗談、て、ことは?」
「んなお前、4月1日でもねーのに、こんなことで冗談こいてどーすんだよ〜。
 しかも俺ら相手に」
「だって・・・っ!」

遼がこう言うのもわかる。
何故なら、当麻はたまに、冗談にならない冗談を、かますことがあったから。

「えー、でもよ、すんげ、あいつらしくね?」
「“当麻らしい”って・・・。秀っ!なに、そんなっ、呑気に・・・っ」
「呑気もなんも・・・、ったってよぉ、本人が決めたことなんだから、俺らがどうこう
 言うもんじゃねぇし、あいつのこったから、俺らがどうこう言ったって聞くもんで
 もねぇよ。なぁ?」
「そうだな・・・」

いつもは単純と思われがちな秀だけれど、彼には本質を見抜く力があって、時折怖い
ほどにズバリと核心を突く。それは、征士にも劣らない。

けど今、僕の関心は別の部分に向いていた。

“秀と、征士は、知っていた。”

当麻は、このことを、遼や僕に話すよりも前に、彼等に打ち明けたのだ。
いや、もしかしたら、僕と遼に対しては、最後まで自分から話すつもりがなかったの
かもしれない。

その思いつきは、更なるショックを僕に与えた。

「―――っ、そっ、そりゃ、そうだけど・・・っ」

僕の気持ちを代弁している遼の顔は真っ赤。
怒りによるものだ。
それと、哀しみ。
何故当麻は、自分には直接言ってくれなかったのか、と。
本当は、それをここにいる二人に問い質したいに違いない。
昔だったら、きっと、どうしてなんだ!と泣き喚いていただろう。
そこを我慢できるようになったのは、遼もちゃんと大人になってきている証拠だ。
例の育った境遇からか、健気に生きてきた彼は、友人達との繋がりを人一倍欲する
子供だった。
今は、爆発しそうな感情をぐっと堪えつつ、心の中で、困惑し、憤り、哀しんでいる。


放課後、夕日の差し込む教室には僕等4人しかいなかった。


僕の内は、遼にはない当麻へ対する想いがある分、さらに複雑なんじゃないだろうか。
その証拠に、僕は自分の感情を持て余し、どこか茫然としていた。

肝心の話題の主は不在で、それを意識した途端、胸に風が吹き抜けるように寂しさが
体を包んだ。

一言も発することができないでいる僕の前では、赤い顔をしてむっつりと黙り込む遼を、
秀が呑気と言われた同じ口調で宥めていた。
征士がちらりと視線をこちらに向けた。
僕はそれに苦笑で答えた。
まるで、仕方ない、というように。
征士には、それが遼のこの機嫌のことなのか、それとも、当麻の決断についてのこと
なのか、判っただろうか。


留学


って、それって、つまり、外国へ行く、ってこと、だよ、ね?

馬鹿みたいに、改めてそんなことをぐるぐる考えていた。

「・・・でも、どうして・・・っ」
「こっちの大学は、面白そうじゃねぇんだと。さっすが、天才は言うこと違うよなー。
 ま、まだ先のことだけどよ、空港までは見送ってやろうぜ?な?」

まだごねてる遼に、秀は、この話はもうこの辺で、とばかりに、遼の肩をぽんとひとつ
叩いて、片目を瞑った。
遼の目には、薄っすらと水の膜がはっていた。

・・・・・・知らなかった。
ううん、思ってもみなかった。
てっきり彼は、征士と同じで、国立大に行くんだとばかり・・・。
まさか、この国から出て行くことを考えていたなんて。

高校卒業と同時に、僕ら全員が、散り散りになる覚悟はしていた。
でもそれは国内に限ってのことで。
だから、同じ国内なら・・・、と思ってた。

それなのに・・・、そんな遠くに?

『俺は、俺の行きたいところに行く』

・・・あのセリフは・・・、そういうことだったのか。

でもなぜ僕と遼には黙ってたんだ?
どうして、あの二人には言えて、僕たちには言えなかったんだろうか。

そのことが引っかかって仕方ない。
幼馴染の内2人にだけ秘密にしていた理由がわからない。
僕等の10年て、いったいなんだったんだ?

それとも、こっちから尋ねればよかったのか?
訊いてほしかったのか?

君のその“行きたいところ”って何処なんだよ?

って。

てことはつまり、またもや僕が、当麻への対応を間違ってしまったのか・・・。

ううん。
間違ったとか、そんなことは問題じゃない。
どっちみち、当麻は当麻の道をとっくに決めていたわけで、僕がそれを直接訊こうが、
後から秀達から聞こうが、彼がこの国から出て行くことに変わりはない。

行くことに変わりがないなら、誰から聞こうが一緒、当麻はきっとその程度にしか
考えてなかったのかもしれない。

もちろん、僕らが、常にお互いの、全員の情報を共有しているわけじゃないってことは
わかってる。むしろ、もしそうだったら、いくら幼馴染とはいえ気持ち悪い。
僕と遼しか知らないことや、秀や征士が、僕にだけ打ち明けてくれたことだってある。
だから僕が知らない他のことだって、本当は沢山あるのだ。

そう。だからこれも、そういう話題のひとつにすぎない。

・・・でも、やっぱり僕は、彼に直接言ってほしかった。

当麻は、こっちの高校を中退して、3年の一学期が終わったら渡米する。
日本の高校の卒業資格は、それまでに取得するらしい。(*)

突然の宣言に、驚き、傷つきはしたものの、彼の選択自体については、“あの当麻
だから”という理由のもと、納得はできた。

どのみち僕は、進学についても、あの二人にだけ話したことについても、彼を責める
ことなんてできないとわかっていた。



(*)こういったことが本当に可能かは追及しないでください。 
戻る  続き

目次にモドル
Topにモドル