あの日青い空の下で 15


全く予期せぬ再会、彼はそれを運命と言った。

彼が個展を開くことになったのだ。
僕のギャラリーで。


「社長、よろしいですか?」

そう言って、ノックと同時に入ってきたのは、秘書のナスティだった。
彼女は、僕よりいくつか年上(本当は知っているけどあえて伏せておく)
フランス人の祖母を持つクウォーターだ。
父方の祖父が日本の考古学者で、それで日本に興味をもち、来日しそのまま
居ついたのだ。
彼女とは、昔付き合っていた芸術家との繋がりで知り合った。
僕がこれまで出逢った女性の中では、一番馬が合う。
それで起業の時からずっと一緒にやってきている。
会社でも、最も信頼している人。

その彼女が、珍しく僕を『社長』と呼び、改まって入室してきた。
輝く瞳には、絶対にこの話を通すという強い意志がうかがえる。

僕は期待した。
彼女の、芸術に対する目も信用しているからだ。

「何?すごい意気込んでるけど、何かいい話でもあった?」

「あら、察しがいいこと。さすが社長」

「お世辞はいいから。で?本題は?」

「こないだ、言ってた写真のこと、覚えてる?」

「ああ、なんだっけ、ちょろっと雑誌の公告か何かで見かけて、探して
 るって言ってた、あれ?」

「そう!あの後その編集社に電話して、あっちこっちたらい回しにされ
 たけど、今日やっとわかったの!」

「へーっ、よかったじゃないか、それで?」

「この人よ!」

彼女が僕に見せたのは、その編集社とやらが送ってきた画像の荒い
写真のそのまたコピーだった。
けれど、それが誰だか、僕にはすぐわかった。


遼だった。


ナスティが、どこよりも先駆けて、このギャラリーで個展をやりたい、と
話しをもってきた時、彼はアフリカのコンゴにいた。

それでも、この件は、驚くほどとんとん拍子に進んだ。

「伸!!」
「遼!」

実に10年ぶりの再会。

高校卒業後、彼はあの父親について写真を一から学び直した。
たったの1年半で独立し、その後は、文字通り世界を転々としながら、
自分の世界を構築していった。
幼馴染には代表して僕の実家へ、年に1度か2度葉書が届いた。
間が開くときは2年近く音沙汰のないままに、飛び回っていた。
どうやって食いつないでいたのか、彼は言わないけれど、だいたい想像はつく。

そういうわけだから、もちろん彼は、僕のカミングアウトも知らない。

久しぶりに見る彼は、アフリカの太陽をその身に取り込んだみたいに眩しかった。
もともと体育会系でしっかりした体つきだったけれども、益々精悍に引き締まり、
笑顔はその生き様を反映し、内側から自信が溢れていた。


「やあ遼、元気そうでよかった!」
「ああ!これをやるには、何よりも体力だからな」
「ほんと、すごく、逞しくなったねー」
「さんきゅ。そういうお前は・・・、なんていうか、その・・・、すごく・・・綺麗に
 なったな!」
「えっ?・・・あははっ!遼がそんなこと言うなんて、意外〜!」
「え、あ、まっ、まぁな。コレ(写真)やってると、褒め上手になるんだ」
「なるほど、それはいい勉強したね、でも僕は男だよ」
「・・・っ、男でも綺麗なもんは綺麗だっ。なあ?」
「え?ええ、まぁ・・・そうね」

隣でずっと僕らの再会を見ていたナスティは明らかに笑いを堪えていた。
そして、彼女は、そうだわ、お茶お茶、と言いつつ、僕の部屋からそそくさと
出て行った。

僕らは肩をすくめて笑い合った。

スタッフとの打ち合わせ、作品の選定、僕らは純粋な仕事仲間として約1ヶ月を
過ごした。
それは、非常に新鮮で且つ、他では体験したことのない充実感を齎した。

「お前、忙しいんだな」

僅かな休息に屋上にいると、遼がやってきた。
手には、湯気ののぼる紙コップが二つ。

眺めはさほどいいわけじゃない。
でも天気は良かった。

「そりゃあ、これでも社長だからね」
「今、他にいくつ抱えてるんだ?」
「んー、5・6件かな。ありがたいことだよ」
「海外に行くこともあるのか?」
「今はスタッフがいるから以前ほどじゃないけど、たまに行くよ」
「そうか、ほんと大変なんだな」
「でも、好きなことやらせてもらってるわけだからね。楽しいよ」
「そっか、ならよかった」
「遼は?」
「え?」
「こんなに長く日本にいるの、久しぶりなんじゃない?」
「ああ、そうだな。久しぶりだ」
「遼の彼女になるのも大変だね」

結婚していないのは、左手の薬指で確認済だ。

「そうなんだよ、お陰で長続きしたためしがなくて」
「じゃあ一緒だ」
「ほんとに?!お前、マメそうなのに」
「案外ズボラだったんだ」
「へー、意外だな。で?今はフリーか?」
「珍しくね」
「俺もだ、珍しく、な」

「「・・・・・・・・・」」

「「・・・ぷっ」」

大笑いして見上げた空は、随分高くなっていた。

「さーて、仕事だ、仕事っ」
「早く終わらせて、皆で飲みに行こうぜっ」

積乱雲から、いわし雲に変わり、人肌恋しい季節が近づいている。
強い風が吹いて、僕らは屋上を後にした。

展示会は大成功だった。
決して大きくない僕のギャラリーは、オープニングセレモニーでは、人とすれ違う
のも大変なほどの盛況ぶりだった。

刺激的な新人に飢えていた業界は、彼独特の視線で捉えた、生気に溢れた自然と、
生きとし生けるものの美しくそして激しく厳しい世界に飛びついた。
過熱気味なブームは短いかもしれないが、これで終わることはないだろう。
根強いファン(顧客)も獲得できると確信した。

最終日はまた、マスコミの影響もあり、すごい人で。
一般客が帰った後のパーティーも、その雰囲気を踏襲し、招待客、スタッフも含めて
テンションは上がりっぱなしだった。


HeyShin!」

人混みを掻き分けて現れたのは、僕の元カレだった。
 





戻る 続き

目次にモドル
Topにモドル