あの日青い空の下で 21
遼も、俺も、子供の頃からお前が好きだった。
ただ、俺がそのことを自覚したのは、遼に比べたらずっと後のことで。
だから、あいつに牽制された時ですら、まだわかっていなかった。
「遼・・・に?牽制?」
ああ。最初は、小6の時だった。後にも何度も、な。直接だったり、それとなく
だったりはしたが。だが俺は、その都度、あいつに言った。『うるせぇな。俺は
伸のことなんか好きでもなんでもない。クソ気持ち悪いこと言うな』ってな。
だが、それでも、あいつ・・・遼は、俺を疑っていた。
ことあるごとに、俺に対抗心剥き出しで突っ掛かってきて。
煩わしくてしかたなかった。
けど・・・、一方で、羨ましくて妬ましかった。
だから態とあいつの前でお前にちょっかい出したり、逆にお前に冷たくしたりも
した。
その度に、奴が、やきもきするのが面白かったし、お前が喜んだり、怒ったり、
ベソかいたりするのを見るのも楽しかったんだ。
「ひっど・・・」
つい口を突いて出た僕の言葉に、当麻は、微苦笑を向けた。
確かに思い当たる節はいくらでもあった。
そんな小さな頃から、遼も僕も、彼に振り回されていたなんて。
・・・だよな。
それで、征士にも、秀にもよく叱られた。
でも、俺は、そういうことひっくるめて全部、お前たちといることが楽しかった。
僕は彼の育った境遇を思い起こした。
家では寂しかったに違いない当麻・・・。
「君も、うちに来ればよかったのに・・・」
んなの、嫌に決まってんだろ。遼と同じなんて・・・。ムカつく。男のプライドってやつ?
「プライド・・・ね・・・」
どんなプライドなんだか・・・、と思わずにはいられない。
子供だったのだから、プライドというより、意地に近かったのだろう。
暫く間をおいて、自分の手元を見つめていた当麻が、次に発した台詞は予想だにしない
ものだった。
俺・・・お前の寝顔が好きなんだ。
「え?」
だからさっきの、『寝顔で一杯』は、マジ。本気。
お前、俺のことアホだと思ってるだろう?
「・・・うん・・・」
まー俺もそう思うけど、さ、でも、一度やってみたかったんだ。
・・・お前のおやじさんの葬式、覚えてるか?俺のじいさんとこでやった、あの盛大な。
「ぁあ・・・うん・・・覚えてる」
まさか・・・
大人はいっぱいいんのに、あん時、お前、放ったらかされててさ。
でかい和室で、たった一人で寝てたんだ。
今思えば、たぶんあの時だな。初めてお前を意識したのって。
ほっぺたがふくふくしてて、めっちゃウマそうだなー、って思ったんだ。
それから、あのいけすかない親戚のじじぃやばばぁ共の中で、泣きもせずにいる姿を見て、
ガキながらも胸が痛くなった。
「そ・・・そう、だった、んだ・・・」
でもさ、まさかそれが初恋だなんて、これからの自分を左右する気持ちになるだなんて、
わかるはずないだろう?まだ幼稚園児だぜ?
わかる。それはすごくよくわかる。僕も同じだったから。
あの時当麻が握ってくれた手の感触を、今でも忘れていない。
本当は心細くてしかたのなかった僕に、どれほどの力になったことか。
「いつ?」
え?
「じゃあ、僕が好きだって気付いたのはいつだったんだ?」
あー・・・・・・それは・・・・・・高校の・・・
「高校?」
そうだ。
高校の・・・
―――お前を、振った時、だ・・・。
これにはさすがに驚いた。
僕が呆気にとられていることを察した当麻が先を続けた。
ずっと、気持ち悪い、って思ってたんだ。
遼がお前を好きだって知って。
あいつは何度も俺に言った。
『伸はお前にはもったいない』『お前にだけは渡さない』
って。
男が男を、なんて、気色悪い、って俺は思ってた。
本心からそう思ってた。
・・・なのに、お前に告られて、俺は・・・、俺は、目茶目茶嬉しかったんだ。
びっくりしたさ。
だから、この嬉しさは、お前に惚れ抜いてる遼の奴を出し抜いてやった喜びなんだって
思うことにしたんだ。
それからお前に腹を立てた。
当時の俺は、とにかく日本から離れたかった。
あの親から独立したくてたまらなかった。
放任のくせして、突然干渉してきたりするあいつ等に、心底うんざりしていたんだ。
もちろん、お前たちと離れるのは辛かったが、もうそろそろいい頃だろうとも思ってた。
なのに、急に告白してきて、気付かないでいた、目を背けてきた俺の感情を掘り起こし
やがって。
俺の計画をぶっ潰す気なのかよ!ってな。
だから、思いっきり振って、このまま日本を出れば、全部なかったことにできるんじゃ
ないかって思った。
俺は新しい世界で一から初めて楽しめばいいし、お前らはお前らでどうとでも好きに
すればいいって。
まったく酷いよな。酷すぎてヘドが出る。
あの頃の俺をぶん殴ってやりたいよ。
「・・・本当に。そうだね」
今度は当麻が口を開ける番だ。
「知ってたら殴ってやったのに」
ははっ、じゃあ、今殴るか?いいぞ?
「生憎、今はその気分じゃない」
よかった。
向こうに渡った俺は、予定通り、成功を収めた。
親を忘れ、日本を忘れ、お前のことも・・・、俺の中から追い出して・・・。
仕事もプライベートも、何の問題もなかった。
これ以上ないくらに、人生を謳歌していた。
ところが、ある日突然、俺は思い出さされた。
遼に、会ったんだ。
「遼に・・・っ?いつ?」
そんなこと、彼は一言も・・・!
約ひと月半前だ。
遼が、今回の撮影に出発した直後・・・。
あれは偶然だった。
ダラスの、乗り継ぎのための空港で、ばったり出くわした。
行先は別々だったが、二人とも飛行機が遅れていて、時間を持て余していた。
それで、少し話でも・・・、ってことになって・・・。
そこで、当麻は、遼が僕と暮らしていることを知った。
しかも、“恋人”として。
あれほどのショックを受けたことはなかった。
表現のしようがないほどの衝撃だった。
今まで自分が築き上げてきたものが、急に無意味なものに思えた。
だが、あの場での俺は、それはあくまで、事実を告げられたことによるものなんだと、
考えた。
いや、思い込むことにした、が、正しいな・・・。
なのに、遼と別れた後も、何日経っても、俺は・・・立ち直れなかった。
どれほど自分に腹を立てても、お前が・・・、あの、高校の時のお前が、ガキの頃からの
お前が、甦って、頭から離れなくなって・・・。
それで、どうしようもなくなって、彼は帰ってきた。
今の僕を見て、それで終わらせるつもりだった。
ところが彼は失敗した。
そのうえ、また失敗に失敗を重ねて・・・。
更に僕も失敗した。
結果、現状、事態は、いっそう“どうしようもない”ことになった、というわけだ。