あの日青い空の下で 28
数週間後
夜10時
仕事机から振り向き様、座ったまま無言で僕の腰に腕を回し、腹に顔を埋めた当麻は、
それはそれは情けない声で言った。
「帰ってこないかと思った・・・」
「そんなわけないだろ」
形の良い額をぐりぐりと押し付けてくる。
「いいや、わからん。相手はあの遼だからな」
「・・・なんだよ『あの遼』って・・・」
僕は呆れて笑った。
「でも、よく我慢したね」
「気が狂いそうだった」
「また大袈裟な」
「ほんとだ」
「まー、確かに、いつ君が乗り込んでくるかって、気が気じゃなかったな」
「だったら電話の一本くらい寄越せよ。俺からは絶対連絡するな、とか言っといて」
「だって遼が、少しくらい君を振り回してやれって言うからさー」
「あっのヤロ〜っ。今までの仕返しかっ?」
「こんぐらいで済んで、有り難く思えってさ」
「〜〜〜〜〜っっ」
声を上げて笑った僕に、漸く彼が顔を上げた。
期待と、不安の混じった瞳が僕を捕える。
「・・・で、・・・それで・・・お前たちは・・・」
僕からの報告を聞いた当麻の目は、これ以上ないくらいに見開かれて。
そこには、はっきりと『信じられん』と書いてある。
こんなオッサンを堪らなく可愛いと思う僕はどうかしてる。
「そんな話・・・・・・まさか、俺を・・・担いでるんじゃないだろうな?」
「なんだよそれ。そんなことして何になんだよ」
「だって・・・っ」
「信じられないかもしれないけど、本当に本当」
「じゃあお前達は・・・」
「別れたよ。それはもうすっきり爽やかにね」
さすがの当麻も、これほどの展開は予想もリサーチもしきれなかったのだ。
相変わらず僕を抱えたまま、薄暗い部屋の壁を見つめて、暫く黙っていた。
僕は、当麻の真っ直ぐな髪を梳いて、彼の頭の天辺に鼻を擦り付け囁いた。
「そういうわけで、今度の週末には、この殺風景な家の中が、少しは人の住処っぽく
なるんじゃない?」
と、彼はその手を掴み。
そうして、自分の唇へと引き寄せて―――。
「・・・伸・・・」
僕の胸は、彼への気持ちで溢れている。
「いいよ当麻。言わなくても・・・わかってる」
今、綴じられたカーテンの向こうには、都会で見える星々が煌めいている。
明日もよく晴れるだろう。
その空は、青くて高い。
遠いあの日、一人で見上げたそれを、明日は・・・これからは、二人で眺めて
生きていくのだ。