真剣勝負!

【後編】




これから将軍様を引くのはターゲット以外の、三人のうちの誰かになる。
そして、後は台本どおりに進めるだけだ。


「「「「「将軍様、だーれだ?!」」」」」


「私だ」


「おっ、征士かぁ、久しぶりだなー」(ここだっ、言えよ!征士っ。当麻は1番だ)
「何番にする?」(伸は今、4番を持ってるぞ)
「うむ・・・そうだな・・・」(わかっている、まかせろ)


なお、( )内のやり取りは、事前に決めてあった、サインで行われている。
この短時間に、これを覚えるのに、どれほど苦労したかは、ここでは語らない。
とにかく、今は、会話と同じほどに使いこなせるまでになった。


「では・・・そうだな・・・ふむ・・・ん〜・・・」
「おいおいせぇじぃ〜、なんでもいいから早くしろよ〜」


このもったいぶった征士の言い回しも、秀のツッコミも台本通り。


「でっ、では・・・、4番が1番に・・・真剣に真面目に“好きだ”と言う、ではどうだ?」


「ぎゃはははははっ!なんだぁーそれ!」
「うわーっ、征士、意外なこと言うなーっ!」
「えーーーっっ?!?!」
「まさか征士がそういうネタを振ってくるとは・・・」


遼と秀は、殊更に盛り上げ、他2名が拒否できない空気に持っていく。
他2名は、片方が自分とはわかっていても、もう片方が誰かわからないので、この段階では嫌とも言えない。それに、所詮は遊びなのだから盛り下げたくない、という心理も、意識的・無意識的によらず、働いているのだ。


そして―――


「じゃあ、いくぜっ」

秀の掛け声が掛かった。


「「「「「4番、だーれだっ?」」」」」


「あぁあー、僕だぁ〜・・・」
伸はいかにもがっかりした様子で挙手した。
この段階でも、まだ彼は自分が陥れられているとは露ほどにも疑っていない。
と、いいたいところだが、伸がそんな素直な奴なわけがない。少しは勘ぐっている。
まさか・・・1番て・・・と。
しかし、八方美人の彼は、ここでことを荒げるのはよしとしないので、出かかった言葉はぐっと飲み込むことにした。


また、その向かいでは一瞬のうちに当麻が固まったのだが、あまりよくわからなかったし、スルーしよう。


「おわーっ、伸がー?誰に、告るんだぁ〜???」
「えーっ秀とかだったらやだなー、ぜったい笑う。あぁっどうか、遼でありますようにっっ」
「何、遼限定で逆指名してんだよっっ」
「まーまー秀。伸、嬉しいけど、そこは将軍様の言うとおりにしなきゃなっ」


「では・・・」


「「「「「1番、だーれだっ?」」」」」


「・・・俺、だ・・・」


「ふむ・・・よりによって当麻だったか・・・」
「うへぇー!伸、お前、大丈夫かあ?」
「伸、無理しなくてもいいぞっ、これはただのゲームなんだから!」
この征士、秀、遼のやたら真面目クサった台詞も、当然台本にあるまま。


こんな風に言われてしまった場合、伸が『そお?じゃあ、これは無しってことにしよう!』とは返せない性分であることを重々承知したうえでの前振りだ。


案の定、伸は、彼らが想定したとおりの言葉を口にした。
「いいよ・・・言うよ・・・」


伸は、自分の事情を知っている征士を恨みがましくひと睨みしてから、チラリと当麻を窺った。
しかし、二人の間には何も感じ取れない。
疑ってはいるのだが、確信があるわけではない。
何よりあの征士が、悪意をもってこのゲームをしているとも思えず、伸は小さく息を吐いた。
彼は、あまりにも征士を甘く・・・いや、かなり買いかぶりすぎていた。


一方当麻は、
「何で誰も言われるほうの俺を気遣わない」
と、眉間に思いっきり縦皺が入っている。


「だって、伸に告られるのって、悪くないだろ?」
「まあ、たかがゲームだしな」
「ただ聞くだけじゃねえか、な?」


当麻は、ギロリと秀を睨んだ。
その視線に、秀はワザとらしく、斜め上方を向いて、口笛を吹くという、ベタなパフォーマンスを見せた。
そこで、当麻は、あからさまに大きな息を吐き出し、観念しするように声を絞り出した。


「わぁったよ、聞いてやるよ・・・っ」
なーんて言って、本当は、伸に『好きだ』なんて言われるのは、めちゃ嬉しい・・・どころか、ずう〜っと、言われたくてしようがなかった当麻である。
素面だったら、「一抜けた」と言って、面々を白けさせてでも退去しないと、逆に自分のキャラ的に不自然だろうが、今は幸い酒が入っている。言い訳が立つのもありがたいことだ。
今この瞬間、腹の中では、ニヤケまくりである。
それを99.9%表に出さないでいられる彼の胆力は褒められるべきかもしれない。


「なんだよそれ、高飛車でムカつくなーっ」
伸の腹立ちはごもっとも。
ぜったい、自分からは『好きだ』なんて言ってやるつもりはなかったのだから。
けれど実は、自分から告白したら、ぜんたい当麻がどんな顔をするのか、見てみたかったりもする。ゲームという大義名分があるからこそ、(まあ、言ってやってもいいか)と、踏ん切りもつくというもので、乙女でもないくせに、微妙な気持ちなのだった。


「まぁまぁ、伸、そこはグッと堪えて」
「げ・・・ゲームだから!なっ?」
「さあ、そろそろ実行してくれんか」
「将軍様の命令だぜっ」
「伸!がんばれっ」
「しっかり、互いの目を見るのだぞ」


「「せえ〜のっ・・・!」」
遼と秀が焦れたと言わんばかりに掛け声を発した。
それに合わせ伸の息を吸い込む音が聞こえて・・・


「とっ」






しばしの間





合コン、飲み会の席であれば、誰かが吹き出すであろうこの状況下。

しかし、ここ柳生邸では、息をするのも憚られるほどに、緊迫した空気が流れていた。


「と、とおま・・・すっ・・・」


伸の少し高めの声だけが、柳生邸のリビングに響く。


(((よしっ!言えっ、伸!!)))
注:この場合の( )内は、3名の心の声である。心の両手は固く握られている。


だが、しかし、予想以上に伸の心の葛藤は並でないらしく、えらく長い沈黙が続いた。


「―――――っ」
はふぅ〜〜〜〜〜っっ


さすがの水滸の伸の息も続かなかった。


(((あああああっっ・・・)))
三人は、見えないこところで、ガックリ頭を落とした。


で、仕切りなおし。


「伸、大丈夫か?」
これは遼のアドリブである。
大人と子供の間で揺れる彼の複雑な心境も、慮ってあげて欲しいところだ。


が、伸は今、自分のことでいっぱいいっぱい。
ゲームだとわかっていたって、本当は自分は当麻のことが好きなのだから、どうしても気持ちが入ってしまう。でも、そんなに甘い顔はしてやりたくない。皆も見てるし恥ずかしい、けど、ゲームを止めるのもいやだし、当麻に告ってみたい気もする。そんなこんなで、もう色んな思いがごちゃごちゃになってきて・・・。
片手を上げて応えるのが、精一杯。
どうにか大丈夫であることを表すと、両の拳を膝の上で握り締め、後は勢いに任せた。
ギン!と、当麻の視線を鷲掴みにして、身を乗り出して一息に言った。


「ぅっし・・・!・・・当麻、好きだっ」


「「「うおおおおおおおおっっ!言ったぁーーーっっ!やったぁーーーっ!ひゅーひゅーひゅー」」」
なんかすごく時代を感じるはしゃぎっぷりの3人である。
心の内ではガンガンハイタッチをかましていた。


「がんばったな、伸!」
「よくぞ言った」
「うは〜っ、俺たちのほうが緊張したぜっ」


「べっ・・・別に、なんてことないよっ、ただのゲームだしさっ」
自分から言うはめになったのが悔しいのか、それともドキドキしすぎたからなのか、若干瞳が潤んでいるくせに、口は減らないところは流石である。


「よし!んじゃ、ひと盛り上がりしたところで、次いこう次!」
「そーだな、じゃあ、時間も時間だし、次で最後ってことにしないか?」
「うむ、よかろう」
「そうだね、なんか、も、どえらい疲れたし・・・」


遼の計画には、もうワンステップある。
とりあえずここまでは順調といえるだろう。
あとは、次のラストステージをクリアすれば、『けしかけ隊』の任務は、大成功のうえに完了し、阿羅醐退治とは別次元の、平穏な日々が訪れるはずなのである。


が。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?


そこで全員の視線が、当麻へと向いた。
そして全員が呟いた。心の中で。


うっわ・・・


当麻は、先ほど伸に告白()された時の姿勢と目線のままに固まってた。先ほどと違うのは、その顔色が、絵に描いたように耳まで真っ赤になっていることだけだ。


しかし、そのことは誰も口にしない。
伸は、彼がまともに自分の言葉を受け止めたのが恥ずかしかったからだが、他の面々の理由は別のところにあった。


ここで奴をつついたら、100%ヘソを曲げて退出してしまう。
そうなったら、ここまで進めてきた作戦は台無しだ。
だからここは、何事もなかったかのように、事を進めなくてはならない。


若造の、正義の味方なくせに、なかなか姑息な奴等である。


「おいっ、当麻っ!目え開けたまんま寝んなよっ」
「眠いなら、抜けてもいいぞ」
「次、最後だからさ、一緒にやろうぜっ」
「まったく、ゲーム中でも寝汚いんだから・・・っ」


「・・・ほぇあ〜・・・あ〜・・・なんだ?なっ、なんだなんだなんだ?」


秀にどつかれ、やっと意識が戻ってきた当麻である。
いったいどこの宇宙までぶっ飛んで、彷徨っていたのかは、彼のみぞ知る。


「しょーがねえなあ、ったく、ほれ!お前が引く番!」

「あ?あ、ああ!そうか、よしっ」


伸からの告白という衝撃に、当麻の中の何かが壊れてくれたせいで、再開は予想以上にすんなりといった。


「「「「「将軍様、だーれだ?!」」」」」



「俺だっ!」

先を赤く塗った割り箸を、皆が座る円の中心に向けてぐいと突き出した。


「ちぇえー、なんだ、遼かぁ、やっぱ締めは大将なんだなー」
「よし、じゃあ、最後の命令を下してくれ」
「お手柔らかにね、遼」
「頼むから普通のにしてくれ」
「ああ!任せてくれ!・・・じゃあ、言うぞ・・・っ」


遼は、大きく息を吸った。


そして―――


「3番が、5番に・・・・・・・・・キ、」


「「はーーーい!はいはいはいっ、それ、ちょっと待ったぁあああああああああっ!!!」」



命令の言葉を遮るように叫びつつ、同時に手を上げ上半身を乗り出したのは、ターゲットの2名である。



「なんだ?」



「「『なんだ?』じゃなーーーいっっ!」」



「いやっ、遼、君まで、おかしいよっ」

「ああ、おかしいな!おかしすぎるっ」


「君達、さっきから何を企んでるんだ!」

「お前ら、俺たちを嵌めようとしてるだろう?」


「「「『企む』ぅ〜?『嵌める』ぅ〜?What??いったい、なんのことぉ??」」」


もちろんジェスチャーは、3人揃って、ご想像のとおりである。



「俺は、純粋にゲームを楽しみたいだけだ」

「二人して、突然なんなのだ」
「おいおいおい〜、ゲームを途中で止めるなんてよ、どん引きだぜぇ?」


「何、ばっくれてんだっ!最初から変だとは思ってたんだよね!」

「だから俺は最初から嫌だって言っただろう?将軍様ゲーム?はんっ、バカバカしいっ」


「伸も当麻も、何言ってんだよ。俺、まだ最後まで言ってないだろう?」



「「いいや!わかるっ、最後まで聞かなくてもわかるっつーの!」」



「将軍様のお言葉を遮るなど、言語道断!」



「「さっきは、『たかがゲーム』って言ったくせにっ」」



「今更、棄権なんて、なしだかんなっ」



「「さっきは、『無理すんな』って言っただろうがぁっ!」」



これほどまでに二人の息がぴったりあったことがあっただろうか。

いや、ない。
たぶん。
上下する肩の動きまで同じな二人は、お似合いのカップルに見えないこともなくなくない。
ん?


「征士!正直に言えよっ。僕から当麻に告らせたのも、ワザとだなっ?」



「そのとおりだ」



「秀っ、お前もか?」



「あったりぃ〜」



「「しかも、遼まで巻き込んで!」」



「俺は、自発的に参加したんだ」



「「はいいいいい???」」



「ちなみに、この将軍様ゲーム、俺の発案なんだ」

「脚本は俺っち!」
「大道具・小道具、演出は私だ」


「「なっ・・・なっ・・・なっ・・・!」」

二人とも開いた口が塞がらない。
顔は蒼白、目は白黒。


「『なんでこんなことを?』って言いたいんだろ?」

「けど、お前ら、わかるだろう?」
「もうどうにもウザイのだ」


「あ、征士、それ、台本と違うんじゃね?」

「ここまできたら、もういいではないか」
「そうだな・・・こっからは、台本・進行抜きで、正直に話そう」


そこで彼らは席替えした。

ゲームスタート時には、時計周りに、遼→伸→秀→当麻→征士と座っていたのだが、2:3の向かい座りになった。
その光景はあたかも、担任・学年指導・教頭に呼びつけられて、叱られている生徒二人の図である。
生徒二人は言われるまでもなく正座しており、向かいの先生三人衆は胡坐だ。


「いいか、耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ」

「お前らさ・・・」
「とにかく、あまりにも、」


「「「じれったすぎるんだ!!!」」」



「見てるこっちの身にもなれってんだ!」

「俺たち、お前らのこと、馬鹿にしたり、反対してるわけじゃないんだぞ?ただ、」
「ただ、もっと有効に時間を使いたいのに、貴様らのことで時間を食われるのはもう・・・」


「「「うんっっっっっっっっっざりなんだぁああああああーーーっ!!!」」」



「「申し訳ありません・・・」」

ここまで頭ごなしに言われては、さすがの二人もぐうの音も出ない。
ただひたすら頭を下げるだけである。




「はっはっは〜、反省なんかなっ、猿でもできんだよっっ」

「お前たちに前に進んで欲しいんだ」
「この状況が決してプラスではないことぐらい、わかっているだろう」


「「はい・・・」」



「小学生じゃねえんだからよ」

「もっと大人になろうぜ」
「そんな子供じみたことを続けてどうするのだ」


「「ごもっともで・・・」」



『けしかけ隊』からのお小言は、それからたっぷり小一時間続いた。

普段、ある意味この二人に勝てない面々(征士は別かもしれないが色々言いたいことは溜まっていた)は、ここぞとばかりに説教を垂れまくった。


そうして、時計の針が天辺を回った頃、漸く言葉が尽きた。



「まあ、お前らも反省してるようだし」

「別に、お前たちが好き合ってること自体が悪いわけじゃないんだから」
「とにかく、二人でじっくり話し合え。喧嘩抜きでな」


「「はい・・・わかりました・・・」」



「「「うむっ、行ってよしっ」」」

担任・学年指導・教頭は、書斎を指差し、退出を促した。


「「どうも・・・ありがとうございました」」

生徒二人は、頭を下げ、トボトボと指差された方向へと消えていった。




「「「ふぅ〜〜〜っっ・・・・・・・・・」」」



「やった・・・、やったぜ・・・俺たち」

「ああ、ばっちり、完璧だ」
「これで、奴等も少しは落ち着くだろう」


三人は、その達成感とは裏腹に、疲れきった笑顔を交わし、黙々と片づけを開始した。

律儀な奴等である。


途中、何度か耳をそばだてたが、言い争いは聞こえない。

ほっと胸を撫で下ろし、片づけを終えた三人だった。


彼らはもうクっタクタだった。

ある意味、魔将たちとの戦いよりヘビーだった。
なので、とっとと寝ることにした。


こうして一日限定の即席『けしかけ隊』は、やや時間超過とはなったものの、任務は無事完遂、これにて解散とあいなった。








翌日



「おは・・・・・・・・・っ・・・ぅおっっ」

遼は、階段を下りきる直前、危うく最後の一段を踏み外すところだった。


難を逃れると、彼はダイニングに駆け込んだ。そして・・・



「なっなっ・・・なんなんだ・・・っ、あれ・・・」

「わからん・・・さっぱり意味がわからん・・・」
「俺、ほんとはまだ寝てて、悪夢見てんのかと思ったぜ・・・」


ええ、ええ、さもありなん。



キッチンを出た、ダイニングに向かう途中の廊下では、想像もしていなかった、どえらく妙ちきりんな光景が繰り広げられていた。



「しぃ〜ん〜っっ」

「あーはいはい」


ちゅ



「えへっ、もっかい」

「んもぉ〜しょうがないなぁ」


ちゅっちゅ



「へへへっ」

「ふふふっ」


ちゅっちゅっちゅーーーーーーーっっ



このやたらキモイ二人は、言わずもがな。

ちなみに片方は、朝食(の一部)が乗った盆を持ったままで、もう片方は、後ろから相手の腰に腕を回してへばり付いたままである。




あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――――――っっっっっっ
ぬぅぁあああああああああああああああっっっ
う゛ごぁああああああああああああああ!!!


ちなみに上記は、3人同時の心の絶叫。


全身、チキンスキンたちまくり。



「あっ、遼っ、これ以上あれは見ねえほうがいい」

「ああ、やめておけ。目の毒以外の何モノでもない」
「そ、そうだな・・・。なんか俺・・・俺・・・っ。・・・朝ごはん、できたら呼んでくれ・・・っ」
「おう」
「わかった」


「「お大事にな・・・」」

征士と秀には、それ以上遼に掛けてやる言葉が見つからなかった。


これで遼が、本当の大人の男になれるだろうか。

可哀想だがたぶん無理。


そしてこの調子では、いつ全ての朝食がテーブルに並ぶのか、皆目見当がつかない。

たかだかキッチンからダイニングへの僅かな距離すらも、二人はまるで一人かのごとくにベッタリんこ。
昔、田んぼで見た、とある生物も、春にこんな感じだった。

昨晩あれから二人の間にどんな展開があったのか、知らないが、・・・というか、これっぽっちだって知りたくもない。が、それでもまぁ、お互いの気持ちを初めて真剣にきっちり確かめ合っただろうことは、あの様子を見れば一目瞭然。
でもって、晴れて正式にお付き合いを始めたばかりの(ような)お二人(のよう)ですから、そらもうイッチャイッチャしまくりたい気持ちはわかる。具体的にはわかりたくないけど。


だったら、これまでのあの険悪なムード&アホくさい意地の張り合いは、いったい何だったのだろうかと思うわけで。

それに、そんなバカバカしいことにヤキモキまでしてやって、あんなに頑張った自分たちの努力と気持ちはいったい・・・と、考えてしまうわけで。
なのに、あんなに疲れたのに、すんごく疲れたのに、ヘットヘトのクッタクタになったのに、ちっともまったくさっぱり気分は晴れないし、スッキリもしやしない!
それどころか、心の中はモヤモヤとムカムカでパンパンぷーっだっっ!


もう、わけがわからない・・・。



「なあ、征士よぉ・・・」

秀は、まだ目玉焼き一皿しか乗っていないテーブルの上に両手を伸ばして突っ伏した。


「なんだ」

征士は、いつも通りに新聞を広げている。しかし、先ほどからちっとも頁が捲られる音はしない。


「俺たちさぁ、間違ってたのか?」

「・・・そうとは思いたくない」


「けど・・・っ、けどよぉ〜」

「泣くな、秀・・・っ」


ずびっ



「「ふぅ〜・・・」」



「なんつーか・・・」

「どうにも・・・」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」



「「ぅがぁあああっーーーっ、余計ウザくなったじゃないかぁあああ〜〜〜っっ」」



こちらでどれほど叫ぼうが、椅子をガタつかせようが、新聞をグシャグシャに丸めようが、今のキッチンの二人には、ま〜るで聞こえていないだろう。

きっと、“てんとう虫のサンバ”あたりが流れているに違いない。


そう思うのも、むちゃくちゃ腹立たしく腸煮えくり返るダイニングの二人である。



尚のこと悔しいのは、二人をあんな風にしてしまったのは、自分たちにも責任があるという、居た堪れないこの事実。

だから、今更彼らを責めることもできず。


そこで二人は閃いた。



ということは、だ。



こうなったらもう、自分たちが、あのバカップルぶりだだ漏れの二人と離れるしかない!



そのためには、ここはひとつ、未だ体力不足が甚だ心配ではあるが、遼に、もうひと頑張り、・・・いや、ふた頑張りも、み頑張りもしてもらって、&、不本意ではあるが、あの二人とも協力し、一致団結して、とにかく何が何でも、この戦い自体をちょっぱやで終わらせるのだ。



そして、この、一変してラブラブ愛の巣と化してしまった恐怖の館から、一刻も早く出て行くのだ!!



征士と秀は、ガッチリと手を握り、深く真剣に頷き合った。





かくして、彼らの対阿羅醐戦は、当初の想定よりも、かなり早いタイミングで終結を迎えるに至った。





その裏で、こんな涙ぐましい事情があったことは、あまり知られていない。








おわり



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