他人の事


僕は奴に、これまたえらく唐突に、且つ、べらぼうに失礼なことを言われた。




「お前さぁ、女友達いないだろ?」


その日は、なんだかいつもと違っていた。
晩御飯のテーブルにつくと、相変わらずのフォークスプーン(どうやら箸は苦手らしい)で、蛇の丸のみの如くにかっ込むのは変わらないものの、口に食べ物を入れる度に、チロチロと上目遣いでこちらの様子を伺っていて。
ちょっとおかしいな・・・とは思っていたけれど。
ちなみにこれまで、食事中、何か会話があったことは、ほとんどない。
いつも向かい合って座ったまま、二人して黙々と箸を進めるだけだった。
それが、いきなり、この話題。
驚かないほうがおかしい。


僕は危うく口内の野菜炒めを吹き出しそうになった。


「・・・っ!!なっ、なっ、なっ・・・なんだよ、急にっ!」
「ん〜、いやぁ、まー、なんとなく?」
「『なんとなく』って、なんだそれ・・・。それにね、いるよっ、女友達くらい。失敬だなっ」
「ふーん、あ、そう。・・・て、あー、違う違う。えっと、あーん・・・俺が言ってるのは、所謂、ガールフレンドだ、ガールフレンド」
「は?ガ?」
「だからさ、ステディな仲の女ってこと。あー、わかるか?ステ・・・」
「日本の大学生、馬鹿にすんなっ、わかるっつーの、そんぐらい!」
「あ、そ。そら失敬。・・・で?いるのか?」


僕は、咄嗟に知り合いの女の子たちを脳裏に浮かべた。
ところが、だ、残念なことに、その姿はどれもぼんやりと霞がかっていて。
言ってしまえば、みんな同じ顔にしか思えず。


「ぅ・・・・・・・・・・・・っ」


悔しいかな、生まれてこの方およそ20年、確かに彼女と呼べる相手はいなかった。
実際指摘されるまで、彼女がほしいと思ったことすらなかったことに気づいた。
そのうえ、彼女どころか、友人の数だって片手で足りるほどに少ないし。
僕の人生において、最優先されるべきことは、先ず、生きることだった。
生きるためには先立つものは、先ずお金だ。
あの女が滞納していた分を含めての家賃に、食費、光熱費、学費。
高校生が稼げる金なんて高が知れている。
だからといって、あの女みたいな仕事には絶対つきたくない。
だから、安い時給で必死に働いてきた。今だってそれは続いている。
こんな僕にだって好意を寄せてくれた女の子もいたさ。
けど、これまで近寄ってきた女の子は、僕の生活が相当に切り詰められたものだと知るや否や離れていくような娘たちばかりだった。


努めて気にしないようにしてきたわけではないけれども、でも、こうして改めてその現実を突きつけられて、僕は衝撃を受けた。


「ぅぐぐ・・・っ・・・」


「ほ〜ん・・・、ひゃっぱひなはぁ・・・」
プラスチックのスプーンを咥えたまま、腕を組み、一人頷いている当麻。


ムカつく・・・!
受けたショックは、怒りに摩り替わった。


「んだよっ、その“やっぱり”って!!」
口から米が数粒飛んだかもしれないけど、んなことは気にならなかった。


当麻は、咥えてたスプーンを手に持ち変えてプラプラさせつつ、きょろきょろと視線を泳がせつつ言った。
「いやぁ、まぁ、なんつーかなー、これじゃあなぁ・・・」
「“これじゃあ”?“これじゃあなぁ”って!おま・・・っ、なんだそれ!それに、僕に彼女がいようがいまいが、あんたには何にも関係ないだろ!知ってどうすんだよっ」
「え、あ、まぁ、どう、って、いや、別にぃ・・・、ん〜・・・まー、なんだな、親としての心配?」
「お・・・っ・・・はぁあああ?!」


僕は、完全にブチ切れた。


「なぁ〜にが、“親としての心配?”だよ、この野郎ーっっ!!ここに来てこのかた、“親”らしいことのひとつでもしたか?!お?あ〜ん!?」


頭の片隅で、3日前に、お隣さんが引っ越していてよかった、と思った。
僕の部屋は2階建てアパートの2階の角っこで、前は道路、隣の敷地は駐車場、後ろは先日建ったばかりの某有名工務店の新築戸建て住宅だから、だぶん防音もしっかりしているに違いない。
だから今の僕の声が聞こえたのは、下の階の熟年夫婦くらいだけど、あの夫婦もよくやりあってるし、他人ん家のことなんか気にしそうにもない。


とにかく、いまだかつて、これほどに怒りをぶちまけたことはなかった。
ところが、だ。
目前の男には、僕のこの憤怒は全く響いていないらしく。


「ふえっ?“親らしい”こと?・・・あー、ほぉかぁ〜、なるほどねぇ、ん〜・・・“親らしいこと”かぁ。ふんふんふんふん、なるほどなるほど、“親らしいこと”ねー。なるほどなるほど」


そう言ってひとり頷きつつ、あとはまた、何もなかったように食事を再開して、食べ終わったらさっさと風呂に入り、歯を磨いて寝やがった。


その間、僕は怒りに身を震わせて、口をパクパクすることしかできなかった。




事件はその1週間後に起こった。





その日、僕は珍しくバイトのない日で、しかも給料日、そのうえ6時限目の講義が休講になり、足取りも軽く、上機嫌で帰途についていた。
それこそ、鼻歌まで出そうなほどにご機嫌だった。


自宅につくまでは。


まだ明るいうちに帰宅できるなんて、いつ以来だろう。
そんなことを思いながら、鍵穴にキーを差し込み、回した。


がっ、がちゃん、ぎぎぎっ


耳慣れた、立て付けの悪い古ぼけた音を耳にしてドアを開ける。



「ただいまー・・・」



壁に手を着き、靴を脱いで上がろうと視線を上げ・・・。



僕は立ったまま、気絶した。

―――と、思った。


外れた顎が、床に落ちた。

―――と、思った。



だって・・・!

だって、だって、だって!!!


ない・・・
なにも、ない・・・


ないーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!





そう、20年間住み続けた、この部屋にあった物、全てが、

消え失せていた。




しばし瞬きすら出来なかったけれど、真っ白な頭のまま、震える足を動かし、部屋を見渡した。



本当に何もなかった。

まさに一切合財。
茶碗ひとつ、塵ひとつすらも残っていない。
あんなに狭かったかずのこの部屋が、ガランと広く見えて、ここが本当に自分の住処なのかと思うほど。


「やられた・・・」



出てきた言葉はこれだった。



完全に油断していた。

やっぱりあいつは新手の詐欺師だったんだ。
どっかで、あの女の写真を入手して、僕のことをつきとめて、カモにした。


ああっ!

なんでもっと疑わなかったんだろう。
なんで、この家にいることを許してしまったんだろう。
なんで、こんな渇渇生活な僕を狙ったんだろう。


でも、今更そんなことを思っても遅い。



僕は、その場にへたりこんだ。

文字通りガックリと。
悔しいけれど、あまりに悔しすぎてか、涙も出てこない。
『途方に暮れる』って、このことを言うんだな・・・と、ぼんやり思った。


ふと、あの背高のっぽの、のん気な垂れ目が瞼の裏に浮かんできた。



あんの野郎〜〜〜〜〜っっ

今度どっかで見かけたら、殴るだけじゃすませないからなっっ!
ぎゅっと拳を握って決意する。
ものすごくムカっ腹が立つ。
立つんだけれども、それと同じほどに『憎いか』、と言われると、何故かそうでもないところがまたムカつく。


あいつめ、あの容姿と、飄々とした性格で、きっとこれまでさんざ僕みたいにいたいけで善良な市民を騙してきた違いない。

ありきたりな言い回しだけど・・・

畜生めっ、ボッコボッコのギッタギッタにして、警察に突き出してやる!
とは言うものの、『今度どっかで』なんて思ったところで、たぶんもう何処かに高飛びしてるんだ。
あの世界各国のスタンプが押されたパスポートはそういうことだったんだ。


何故もっと疑わなかったのか、悔やんでも悔やみきれないけれど、後悔先に立たず、後の祭りもいいとこだ。
ぐるぐるこんなことを考えていたって始まらない。


はぁ・・・、とにかく、これからどうしよう。


そうだ、先ず、大家さんに話さなくちゃな。
またすっごい嫌な顔されて、嫌味をダっラダラと聞かされるんだろうなぁ。

今までだって『あのスベタの息子』って、どんだけ言われただろう。
“スベタ”なんて言葉、今時知っている若者どんだけいる?
僕だって辞書で調べたくらいだ。
けど確かにあの女、顔は“スベタ”じゃなかったけど、性格は超ド級の“スベタ”だったもんな。
もしかしたら、ついでにもうここから出て行けくらいのことは言われるかもしれない。
まぁ、所持品は何もないんだから、引越しは簡単だろう。
まさに身一つ。
それから警察に届け出て、とりあえず今日の寝床を確保しなきゃならない。
財布の中身は、まだどうにかゆとりがあるし、幸いバイト代も振り込まれたばかりで、銀行のカードも財布の中だ。


・・・よし!
とにかく、行動しないとな!


僕は、えいっと、膝に手をつき、立ち上がろうとした。




がちゃん、ぎぎぎっ

「・・・おっ?」


「『お?』??」

耳障りなドアの開閉の音の直後、後頭部に聞きなれた声がぶつかって、僕は思わず同じ言葉を反芻した。


もしや、この声・・・!



一気に跳ね上がった心拍数を押さえ込むようにして、ゆっくりと振り向いたその先には・・・



「あ・・・、伸・・・」

パッと見イケメンな、垂れ目野郎が、間抜けな面して立っていた。


「ぉ・・・お、お前・・・っ、よ、よくも・・・っ」

食いしばった歯の隙間から憤怒の息を吐き出しながら、僕は奴に近づいていった。
指先がぶるぶると震える。


「あっりゃーっ、伸、えらい早かったんだな。・・・あ、そうか!今日、バイト休みちゅーてたもんな!いやー、うっかりすかっり忘れてたわ〜。ん?あれ?いや、それにしても早すぎないか?」


わざとらしく腕時計なんかを見る姿に眩暈を覚える。
野郎〜っっ、どこまでもすっとぼけやがって〜っっ!!!


「こっ・・・の・・・っっ」



もう本当に血管がブチ切れそう。



「なんだー、残念だなぁ!せっかく先に待ってて、伸のビックリ顔を見ようと楽しみにしてたのに〜」



へらへらと笑いながら話す声がどこか遠くに感じる。

なんだか足先まで痺れてきた。


どうしてこいつが、既に何もなくなって、用もないはずのこの部屋にわざわざ戻ってきたのか、とか、『先に待ってて』なんてことを言うのか、当麻のやること言うことはツッコミ所満載なのに、僕の脳みそは飽和状態で、カオスで、ビッグバンを起こしたみたいになってて、機能は完全にストップしてしまっていた。



ああ・・・っ、ダメ!

あまりにも怒り狂いすぎて、視界がチカチカして、気持ち悪くなってきた・・・おえっ
・・・うぅっ、目の前が暗くなる〜〜〜・・・


奴ににじり寄る自分のつま先に、け躓いたところで、とうとう目の前は真っ暗になった。





「・・・ん・・・」



「・・・ん?!・・・し・・・っ・・・し、んっ、伸!伸!」



「ん・・・、と・・・ま・・・?」



重い瞼を持ち上げると、間近に人の目が見えた。

垂れ目だ。


嗚呼なんてこった・・・。

恥ずかしい。
あまりのショックに気を失っちゃったのか・・・。
うー・・・まだ頭が朦朧とする・・・。倒れた時にどっかぶつけたのかな・・・。
後で病院に行ったほうがいいかも。
でもこれから住むとこ探さなきゃいけないし、家財道具一式も揃えなきゃいけないのに、病院なんて行ってられないな。
今まで以上に切り詰めなくちゃ。
ああっ!あいつのせいで僕の生活は滅茶苦茶だ!
どうして僕の周りはこんなんばっかなんだ!


と、思った所で、はた、と気づいた。



・・・て、いうか、なんで、こいつ、まだここにいるんだ?

なんで逃げてない??


「とぉ、ま・・・、なんで・・・」


「ああっ、いいって!無理に話すな。お前、よほど疲れが溜まってたんだな・・・悪かった、気付いてやれなくて・・・。さっき、医者が言ってったぞ。過労だって」


へ?

か、家老?刈ろう?
いや違うか、過労だって?!
いやいやいや!
そうじゃなくて、そういうことじゃなくて!
お前、犯罪者だろう?詐欺師だろう?泥棒なんだろう?
これから僕にボッコボコにされて、警察に突き出されるんだぞ?


それなのに、なんで僕を医者に診せたりしただよ?



「そ・・・、な・・・っ」

あーもーっ、ダメだ!まだ、パニクってて、上手く言葉が出てこない。


「ん?どうした?気持ち悪いか?喉渇いたか?腹減ったか?」



違う!そうじゃないよっ!


僕は、精一杯首を横に振った。


すると、当麻は、ポーンと手を打ちひとつ大きく頷くと、再び驚くべきことを口にした。





「あー!ここか?ここは、“俺たちの新しいうち”だ!」





・・・・・・・・・・・・・・。


あ、やばい・・・、また気持ち悪くなってきた・・・。



ダメダメダメっ!

気を確かに持つんだ、僕!
お前、こんなに弱かったか?そんなことないだろう?
これまでだって独りでなんでも乗り越えてきたじゃないか!
しっかりしなきゃダメだ!


そう自分に喝を入れなおし、僕は一度目を閉じ、改めて見開いて、そして順に視線を巡らせた。

真上は見慣れない天井だ、それから心配そうな当麻の顔、その向こうには見たことのない壁紙、そのまた向こうに見えるのは明るい部屋とレザーソファの一部。
反対側に目を移すと、見慣れたカーテン、その下にはいつも使っている机と椅子がある。
で、今、自分が寝ているのは・・・フッカフカのベッド・・・?


「ど・・・ゆ・・・こと・・・?」

片手を雲みたいにフワフワのベッドについて、もう片方を額に当てつつ、上半身を起こそうとすると、当麻が横から支えてくれた。


もちろんまだ僕の中の混乱は治まりきらない。

それでも、少しずつではあるけれど、先ほどからの当麻の言動と現状が、繋がり始めていた。


「先週、伸に言われただろう?『親らしいことひとつもしてないくせに』って」



言った。確かに言った。

で?


僕は、小さく頷き、問いかけの視線を当麻に投げた。



「でさぁ、考えたわけだ。“親らしいこと”ってなんだろう、ってな」



「それ、で・・・、こ、れ?」



「ああ!どうだ?いいとこだろう?ここ!」



なるほど、つまり、そういうことらしい。

もう説明するまでもないだろう。


僕はまるで何か別世界の“お話”を聴くようにして、当麻の紡ぐ言葉を耳にした。



「実はちょうど、大家のばーちゃんも、隠居を考えてたらしくてさ。あそこ引き払って、これまでの貯えとアパート売っ払った金で老人ホームに入るつもりだって言うんだ。けど、他の住人はどうとでもなるけど、お前はずっとあそこに住んでるだろ?それに苦学生だから、なかなか話せないんだって言うから・・・」



「それ、で・・・?」


『じゃあ、出て行きますよ』・・・って?



「ああ!ばーちゃんもさぁ、お前にはそれなりに気ぃ遣ってくれてたんだな」



「そう、なんだ・・・」



確かに意外だ。あのいつも苦虫を噛み潰したようなシワシワ顔で、嫌味と愚痴ばっかり言ってきてたばーさんが、僕に気を遣ってくれてたなんて。



に、しても、どうだろ、この嬉々とした表情。

さも、自分は良い事をした、素晴らしい行いをした!と、言わんばかりの、浮かれっぷり。


「な、どうだ?いい部屋だろう?ここなら伸の学校にも近いし、コンシェルジュのおっさんも良い人だし・・・ん?おっ・・・どうした?」



僕はキラキラペラペラと話し続ける当麻を押しのけて立ち上がった。



あ・・・裸足なのにあったかい。

・・・床暖かよ。


「あっ・・・、おいっ、大丈夫か?トイレか?トイレは、出て左のドア向こうだ」



今いるこの場所は、どうやら僕個人用の部屋らしい。

ここだけでも、いままで住んでたあのアパートの部屋の風呂もトイレも台所も全部収まってしまいそうなほどだ。
なのに、部屋はこれだけじゃない。
と、すると、向こうに見えてるのは・・・。


何故かいまだにふらつく足で部屋から出て、僕はまた言葉を失い立ち尽くした。

これで今日二度目だ。人生そうそう一日に二度も立ち尽くすことなんてないだろう。
それに言葉を失うったって、そもそもさっきからほとんど何もしゃべれてないし。


とにもかくにも、それほどに大衝撃だった。

目ん玉が飛び出るかと思った。




ひ・・・ひ・・・

広ぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!





もう唖然とするしかない。


「そうそう!ここ、眺めがまたいいんだよ!なかなか絶景だろう?」



すぐ後ろに立つ当麻が言った。



・・・本当に、天国からの眺めみたいだ。



11
月の夕方、5時ぐらいだろうか。
沈みゆくオレンジ色の太陽が、横になびく雲を艶やかなピンク色に染めている。
上空には早、夜の兆しが訪れ、紫から群青へとその色彩を変化させつつあり、一番星が小さく、宝石のように瞬いていて。
地上にはちらほらと電気の明かりが灯りはじめているけれど、ここから見るとどこか現実味がなく、まるでおもちゃ箱を眺めているようだ。


「ここ・・・賃貸・・・?」

「いや、買った」
「ふぅん・・・」
「伸?」
「ど・・・して・・・」
「へ?」


またふつふつと怒りに似た感情が胃のあたりから滲み出てきた。



「どう、して・・・?」

「え、どうして、って・・・」
「どうして、赤の他人に、こんなこと・・・っ」
「そりゃ、だって・・・」
「“親”じゃ、ない」
「え?」
「あんたは、僕の“親”なんかじゃない!他人だ。そうだろう?」
「伸・・・」
「なのに、なんで、こんなことするんだよ!」
「伸・・・ここ・・・、気に食わなかったか?」
「違う!そうじゃないっ、そういうことじゃなくて・・・っ」
「えっと、じゃあ・・・」
「・・・話せよ」
「えっ?」
「どうして、赤の他人のあんたが、こんなことするんだ?・・・あの女と、何があったんだよ」


もう訳がわからなかった。



あの女と知り合って僕の父親になったと言った当麻。

何故独りきりでここに来たか。
それはわかる。母が、自ら捨てた僕と会いたいわけがない。
旦那が僕に会いたがるのだって嫌がるに違いない。
なら、そんな彼女を説得までして、結婚相手の息子である僕に挨拶する必要はあるか?
ない。
それに、たかが挨拶だったら、一晩で帰れば済むことだ。
僕にだって歓迎されないだろうことも分かっていたはずだし。
じゃあ、何故こんな長逗留をしているのか。
僕があまりに貧乏すぎて心配になったから?
違う。
ならば、自分はどこかホテルにでも泊まればいい。
こんな高級マンションを即買いできるほどの金持ちなんだから、そんなの痛くも痒くもないだろう。
一緒に暮らして、親子体験してみたかったとか?
これも違う。
僕が指摘しなきゃ、“親”だということすら意識してなかったじゃないか。
それに、妻であるはずのあの女を一人にして、もうおよそひと月だ。
あの我侭で独占欲の塊みたいな女が、そんなの許すはずない。
じゃあ、彼女はいったい、今どこでどうしてるんだ?


そもそも本当に、当麻は、あんな女と結婚したのか?





謎は、この夜に解き明かされた。





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続く





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